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シンガーソングライターになりたい♫

 私がそのように思っているという訳ではないけれど、世の中には自分の思いを詞にして自分で創った曲にのせて歌うことを実践している人が実はたくさんいる。ライブハウスの中には、そのようなアマチュアのシンガーソングライターに門戸を開いてオープンマイクや対バンライブという形で活動の場を提供している店もけっこうあるようだ(もちろん出演者の出費)。

 とは言っても、それは私がたまたま東京に住んでいるから見聞する機会があるということだろう。首都圏や京阪神、名古屋あたりには、アマチュアが活動できるライブハウスがありそうな気がするけれど、その他の地域では見つけるのが難しそうな気がする。

 だからなのかも知れないが、地方から機会を求めて東京に出てくるアマチュアのシンガーソングライターも意外にいるらしい。私が時々クラシックギターの練習に使わせてもらっているライブハウスがあるのだが、そこにも出演したことがあるIさんという男性がいる。

 知人からの又聞きだが、この方は京阪神ではないけれど近畿地方からプロのシンガーソングライターになることを目指して東京に出てきたそうだ。アコースティックギターの弾き語りだが、なるほど声に艶があり、歌詞も曲もよく練られていると思った。さすがはプロを目指しただけのことはある。

 だが、先日、会社を定年でリタイアしたのを機に親御さんも歳だからと故郷に帰っていった。親にはさんざん迷惑をかけたから頭が上がらないと言っていたIさんは独身で、もしかすると人生をシンガーソングライターとしての活動に捧げたのかも知れない。

 もう一人、そのライブハウスに出演したことがある三十代半ばの女性であるUさんも東北地方から、やはり自分で創った曲を歌う機会を得るために上京したのだそうだ。彼女がプロを目指しているのかどうかは知らないが、オリジナリティのある歌をギターの弾き語りで力強く歌う人である。

 そのライブハウスは鷹揚で出演者自身がSNSで告知するなど集客に努力することくらいしか縛りがないが、一般的には前もって一定額のノルマを店に支払う場合が多い。店がお客にどなたを聴きに来ましたかと尋ねるのは、出演者にノルマをペイバックするためである。ノルマを支払うとチケットを渡されて、自分でそれを売って集客して下さいという店もある。

 そのためライブハウスの出演者はお客どころか、会場で知り合った出演者同士にも声をかけて、こんどここに出ますから聴きに来てください、などとお互いに宣伝することが当たり前だと聞いたこともある。プロでなければ趣味でやっているということになってしまうかも知れないが、やはり大人の嗜みにはお金がかかるものである。

 ライブハウスのマスターにIさんや、Uさんはなかなかのものですね、と言うとマスターも、そうですね、と応じる。だが、続けて佳い曲が書けたり、上手く歌えても、人気が出ることとは別なんですよね、とも言う。それが現実というものだろう。

 私にはプロになれる人とそうではない人との分岐点がどのへんにあるのかはわからない。ただ、なんとなく自分の思いを超えて何か普遍性のあるメッセージであったり、詞が詩的に優れていたり、曲が音楽的に優れていたり、あるいは時代の空気に乗っていたり、何か違いがあるのだろうとは思う。

 IさんやUさんはアマチュアとは言え、シンガーソングライターだと思うけれど、敷居の低いライブハウスに出演する人の中には、自分の家でお友だち相手に歌って下さいと言いたくなるような素人もいる。言葉は悪いが玉石混淆なのが、もう一つの現実である。

 私の知人で三十歳になったかどうかという若い女性がいる。Eちゃんとしておく。彼女は名のしれた音大の学生の頃から、某ライブハウスのフロアスタッフのアルバイトをしていたが、シンガーソングライターとしての活動もしていた。

 音大を卒業した後も、店のアルバイトもシンガーソングライターの活動も続けて来たが、そのうち、テレビのCMに彼女の歌が採用されるまでになった。最初に採用されたのは某清涼飲料水だったと思うが、テレビから流れる歌声に、これEちゃんに違いないとすぐわかったくらいである。

 彼女の創る曲は、歌詞および曲が表現する世界観が彼女固有のもので音楽性が高い。ピアノを演奏しながら歌うのだが、さすがに音大を出た人のピアノである。今は店のアルバイトを辞めて音楽を本業として頑張っているはずだ。メジャーではなく知る人ぞ知る存在だが、プロの音楽家として着実に歩みを進めているところである。

 Eちゃんは三鷹にある某ライブハウスで何度か対バンライブを行ったことがある。その前からCDを自主制作していたが、その三鷹の店はインディーズ・レーベルを持っていて、そのレーベルからCDを出すに至った。おそらく、そういう店には業界人が人材を発掘しにお忍びで演奏を聴きに来るのではなかろうか。私は彼女がそのような経緯で世に出たものと憶測している。

 自分が創った曲、歌いたい歌を、業界人が認めてくれて音楽を仕事にすることができたEちゃんは幸せ者である。彼女は高い音楽教育を受けてきて、それだけの力の裏付けがあったのだが、業界人でなければわからない、彼女の音楽を需要する市場があることが必要な条件である。

 プロにはなれず故郷に帰ったIさんや、今のところアマチュアのUさんには、業界人に発掘される機会はこれまで無かったわけだが、本業にならなくても音楽を通じた表現という活動を続けることには意味があると思う。二人とも平凡なサラリーマンだった私とは異なる世界を見ているのだなぁ、と思うのである。

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