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ライブ鑑賞が趣味のオジサマたち


ライブ鑑賞のために働き続ける?

 仕事をリタイアして2年経ったけれど、仕事をしていた頃は余暇ができると、じゃあミュージシャンのライブ(主にジャズ)を聴きに行こうかという感じだった。でも、新型コロナ禍で一時期はライブ演奏そのものが出来なくなり、その渦中で仕事をリタイアしてからは読書とクラシックギターを弾いて過ごすことが多くなって、ライブを聴きに出かけることがかなり減った。

 しかし、これは人それぞれであり、ライブで知り合って仲良くしてもらっている皆さん(ライブ友だちと言おうか、飲み友だちといおうか…)の多くは引き続きライブに出かけているし、長年勤めた会社をリタイアした後も自分で仕事を見つけて働いている人が多い。というか、年金生活でゴロゴロしているのは自分くらいかも知れない。

 中には尊敬するしかない猛者もいて、コロナ禍前のことではあるが年間で340のライブを聴きに行ったそうだ。今はそんなハイペースではなかろうが神出鬼没、時には飛行機に乗って津々浦々まで足を伸ばし、週末ともなればダブルヘッダー、トリプルヘッダーも辞さないようなお方である。彼がSNSに昨日はこういうライブに行きましたと写真とともに投稿すると、ミュージシャンから「いつもありがとうございます❤」と返事が来る。

 当然ながら、ライブを聴きに行くとなるとミュージックチャージの他に飲食代や交通費もかかるから、とかく大人の嗜みにはお金がかる。仲間の皆さんが永い会社勤めを終えた後も、仕事を続けるのには仕事を通じて社会とつながっていようという考えだけではなく、趣味を続けるための軍資金という理由もあるだろうと拝察している。

オジサマたちの謎の生態

 私のお仲間には玄人はだしのサックス奏者や、ヴォーカリストに師事して歌のレッスンを受けている人もいる。そうでなくても、皆さん、名の知れた大きな会社を勤め上げた教養ある紳士なので、音楽を聴いて耳が肥えている方々である。しかし、視野を私が直に知っている人たち以外にも広げるとライブ鑑賞という大人の嗜みは面白い民俗としての一面もあると思われる。

 私は都下の多摩地域に住んでいて主に同地域のライブハウスに演奏を聴きに行く。ちなみにジャズなどのライブハウスというのはバーやレストランという業態の店にミュージシャンを呼んで演奏を行う形が多い。飲食店という業態でなくても何かしらドリンクや軽食の提供を行う店がほとんどで、テーブルも椅子もないフロアに人を多く容れて賑やかしいステージを鑑賞する体のライブハウスとは異なる。

 多摩チックな私でも時には都内や横浜あるいは埼玉県方面に足を伸ばすこともある。それでも、前述のライブ友だちというか飲み友だちというかの仲間の皆さんは多摩地域の某店で知り合った方々である。しかし、ライブ鑑賞を嗜みとしておられる紳士諸兄はふだんから行動範囲が広い。私がたまにしか行かない広域を日常的に周遊し、各地各店でできたライブ友だちがいる。

 私がホームグラウンドにしている多摩の店でも、紳士の皆さんの間で会話が交わされる。「こないだは、どうも」という挨拶から始まって、遠くの店で聴いたライブの感想やら、お気に入りのミュージシャンの今後のスケジュールやら、どこどこの店は接客がよろしくないとか、いろいろ充実した情報交換をされている。ほんと皆さん友だちが多い。

 こういう方々のバックグラウンド(収入源・家族構成・音楽の嗜好や経験・音楽以外の嗜好、ついでに好きな女性のタイプなど)のデータがあれば統計処理して有意義な知見を得ることが出来るかもしれないが、それは適わない。ただ、自由に使える時間とお金が一定程度あることは確かだし、ご自分の好きなジャンルの音楽についての知見もお持ちのはずである。

アイドルに会いに来た人もいる?

 とは言え、個別に見るとなんだかな〜と思うような微笑ましいオジサマたちもいる。例えば、一年くらい前に、M.S.さんという美人フルート奏者がリーダーのライブを埼玉県のW市のOという店に聴きに行った時のことだが、アイドルを応援しに来たお兄ちゃんたちとあんまり変わらない人がけっこういたと思う。

 いちばん印象的だったオジサマは、ミュージシャンのほぼ真横に位置した席を店にあてがわれたのだが、演奏中はリズムに合わせてご機嫌で両手をふりふりしておられた。う〜ん、ご自分が指揮者にでもなったつもりだったのだろうか?よくわからない。

 そして、ミュージシャンの真横の席だからミュージシャンには見えないはずなのだが、”So Sweet"とか"Bravo!"とか書かれた(垂れ幕ならぬ)A4の紙を一所懸命にアピールしておられた。ミュージシャンを応援するハートウォーミングな光景であった。

 私の勝手な憶測だが、もしかすると、この方は演奏中に”So Sweet"とか"Bravo!"とか声援を送ったことがあって、出入り禁止寸前になったのではなかろうか。以後、身を慎んで声を出さずに紙で応援するようにしたけれど、それでもミュージシャンから見えない場所の席を用意したのなら、オーナーのSさん、やるな✨。(ジャズ通の方には演奏中にイエー!とかヤッ!とか声を掛ける方もいるが店が認めた人だけにしてほしいものだ)

 さらに演奏の合間のミュージシャン同士のトーク(MC)で、M.S.さんが小椋佳を知らないことが判明したのだが、まあ、彼女のご両親が若い頃に活躍した人だから仕方ない。しかし、わざわざ帰り際にそれをネタにしてM.S.さんをからかっていたオジサマもいらした。よほど、かまって欲しかったのだろう。

 もちろん、そういう方々だけではなかった。おそらく、いろいろなライブハウスを巡ってたくさん生演奏を聴いている音楽通らしい方もいらした。ただ、演奏の後、客席を挨拶して回ってきたM.S.さんに、別のミュージシャンの演奏を聴いて感動したと熱く語り出したのだった。喩えが拙いことはわかっていて書くが、二郎系のラーメン店に入って、こないだの横浜家系の店は最高だったよ、なんて熱く語る勇気は私にはない。

 これもオジサマあるあるなのだそうだが、某店のマスターに言わせると、女性ミュージシャンに対しては上から目線でアドヴァイスやお説教みたいなことを申し上げる人がけっこういるらしい。まあ、鼻の下を伸ばすにしろ、からかって注意を惹きつけるにしろ、マウントをとるにしろ、若い女性ミュージシャンに対峙して老いても青春を謳歌する姿勢は素晴らしい。 

ライブ鑑賞の将来

 だが、老いても青春を謳歌して恥じることなくいられるのは、そこに本物の若者がいないからではないだろうか。実際のところ、ジャズなどのライブを聴きに来るお客は若くても40代後半、ボリュームゾーンは60代後半のような気がするのである。

 世の中にジャズ・ミュージシャンを目指す若者はいる。国立音大や昭和音大、尚美学園と行った音楽大学にはジャズを学ぶ学科ないしコースがあるし、専門学校でジャズを学ぶ若者もいる。だが、ライブを聴きに来る客は高齢化しており、新陳代謝が見られない気がするのだが…。

 そもそも前述したように大人の嗜みには、それなりにお金がかかる。20代や30代の若い人がライブハウスにちょくちょく足を運んでライブを鑑賞できるかというと、そうは行かないだろう。さらに、日本レコード協会による「音楽メディアユーザー実態調査」でも、年々CDやデジタル音源の有料聴取者層が減り、音楽に無関心な層が増えているそうだ。

 つまり少子高齢化と音楽への無関心層の増大というダブルパンチで音楽市場そのものが縮小しているらしいのである。このままだとプロのミュージシャンは稀少になり、音大を出て会社勤めしているアマチュアが余暇に自ら出費してオープンマイクや対バンライブ、あるいはセッションで腕を競い合うのが主流になるなんて少し寒い未来を想像してしまうのであった。

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