余滴あれこれ(後篇)

前篇から続く)

本記事の前半ではオープンレターについて、後半では「日本文明」研究フォーラムとことのはについて、それぞれ取り上げます。

OLの問題認識

すでに知っている読者も多いだろうが、呉座の鍵垢解錠と大炎上から2週間後の今年4月4日付で、研究者や編集者など18人はオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」(以下、"OL"と略す)を公表した。

差出人は当初18人だったが、1か月ほど前に1人の名前が消えて17人になったようだ。
(20211029日)https://archive.ph/tLAKS
(2021115日)https://archive.ph/iJjmm

賛同署名は本記事執筆時現在も1316筆のまま。
ただし、賛同するためにはGoogleフォームから氏名と肩書きを入力して送信するだけでよく、
本人確認がないどころかメールアドレスの入力すらも任意だった。
https://sites.google.com/view/againstm/%E8%B3%9B%E5%90%8C%E3%81%99%E3%82%8B
なので、本当に賛同者名簿の1316人が賛同したのかは誰にも分からない。

この差出人18人には呉座からの被害者も含まれているので言いづらいが、実にクソみたいなOLだなと私は思っている。
その理由は少なくとも3つある(以下、OLからの原文ママ引用には(OL)と註記する)。

第1に、このOLはやたらと取り止めがなく、(言っていることが正しいかどうか以前に)何を言いたいのかよく分からないところがある

こう書くと「お前のnote記事だってやたらと取り止めがなく、何を言いたいのかよく分からない
ところがあるじゃないか」と言われてしまいそうだが、私だって公開書簡を書くなら
もっと書き方を工夫するだろう。

例えば、悪しき文化から脱却しようと主張しているが、その悪しき文化とは何なのかについての説明が明瞭でない。
題目は「女性差別的な文化を脱するために」(OL)だが、本文では女性差別だけでなくマイノリティ差別全般も問題にされており、その差別にしても単体でなく繰り返し「中傷差別的発言」「中傷差別的言動」(OL)というように中傷と並列され、最後は「女性差別的な文化」でなくより広い「中傷や差別的言動を生み出す文化」(OL)から脱しようという一文で締め括られている。
また、中傷と差別が並列されているのだから両者は別個のもののようだが、しかし中傷は差別の一部であるかのような「中傷を含む性差別的な発言」(OL)という表現もあって、やはりよく分からない。

先日来、OLが何を言って何を言わなかったのかについて、ああでもないこうでもないと意見が飛び交わされている。
そういう混乱が生じている原因は、読んだ人たちの読解力以前に、公表された文章にあったと考えるべきだろう

OLの差出人には名立たる研究者や編集者など18人が名を連ねていた。
差出人全員でOLを起草したわけではないらしいが、しかし関係者が多ければ多いほど
意思の疎通と統一は困難になる。
呉座の鍵垢解錠と大炎上からのたった2週間で、どこまで意思統一できていたのだろうか。

第2に、このOLは女性などマイノリティへの中傷や差別だけを問題としている
もちろん、私も今年4月の記事「呉座界隈問題と私のTwitter夜逃げ(その2)」で書いたように、女性蔑視は深刻な問題だ。
女性は全人口の半数を占めているが、「日本のアカデミア」(OL)では今なおマイノリティであることが多い、などについても異論はない。

だが呉座たちは、有名大学教授や政治家、資産家などのことも、自分たちの気に食わなければ男性だろうと手当たり次第に、「フォロワーたちとのあいだで交わされる「会話」やパターン化された「かけあい」の中で」「「お決まりの遊び」として仲間うちで」(OL)誹謗中傷揶揄罵倒していた。
呉座はOLが出る前にystk氏北守氏に謝罪しており、男性被害者が複数いることは明らかだった

OLはわざわざ「このような呼びかけに対しては、発言の萎縮を招き言論の自由を脅かすものであるいう懸念を持つ方もいるかもしれません」(OL、「あるいう」ママ)と言及してそのような懸念の払拭に努めたのだから、男性被害者の存在にも言及するとか、マイノリティ差別だけが問題でないと表明するとかのことはあってよかっただろう
率直に言って、私がこのOLを読んだ時、「私のような男性被害者のことはどうでもいいんですか」という疑問が浮かばなかったと言えば嘘になる。

OLの再発防止策

以上の2つは、文章に少し言葉足らずなところがあったというだけのことで、あまりとやかく言うべきではないのかも知れない。
私がOLを実にクソだと思う理由は、何よりもその的外れな再発防止策にある。

このオープンレターは、この問題について背景にある仕組みをより深く考え、同様の問題が繰り返されぬよう行動することを、広く研究・教育・言論・メディアにかかわる人びとに呼びかけるものです。
私たちは、研究・教育・言論・メディアにかかわる者として、同じ営みにかかわるすべての人に向け、中傷や差別的言動を生み出す文化から距離を取ることを呼びかけます。

いくら「距離を取ろう」と呼び掛けたところで、取る人は取るが取らない人はどうせ取らない。
どうしてこんな呼び掛けで再発を防止できると思ってしまうのだろうか

日文研が今年10月15日付で公表した「国際日本文化研究センター研究教育職員に対する懲戒処分等について」にしてもそうだ。
全教職員に教育プログラムを受講させ、本センターの所信を周知徹底させると言っているだけで、日文研はあれだけの大事件があったのに未だ教職員の鍵垢利用について規制を設けておらず、通報窓口すら見当たらないままだ。

こう言っては何だが、もっと被害者の身になって考えてほしい
仮に今も呉座のような有力研究者から鍵垢で誹謗中傷揶揄罵倒され、悩み苦しんでいる学生がいたら、一体どう声を掛けるつもりなのだろうか。
もしかして、「多くの人が何らかの形で「距離を取る」ことを表明し実践するようになると、いつかこういうこともなくなるよね」だろうか。
それではただ泣き寝入りしろと言っているだけだ。

鍵垢で不適切なTWを繰り返すような教員はどこの大学、どこの研究機関にいてもおかしくない。
なので私は、今年4月の記事「呉座界隈問題と私のTwitter夜逃げ(その2)」と「同(その3)」でこう書いた。

何れにせよ、今回の件から大学業界が得るべき教訓は、教員に非公開のSNS垢を利用させるべきでない、ということだろう
百歩譲って非公開のSNS垢を利用させるにしても、勤務先大学の垢(公式垢でなく匿名垢でもよい)にフォローさせておくべきだ。
そうしておかないと、たとえ内外から通報があったとしても勤務先大学は調査しようがない(前回記事で書いたように、調査の動きを見せれば証拠隠滅されてしまう)。

陰湿な陰口などというものは、人類が言葉を得た昔から存在していただろう。
だから、教員による非公開SNS垢の利用を禁止したところで、メールなど別の媒体を用いて陰湿な陰口は存続するだろう。
しかしこのまま何もしなければ、第2、第3の呉座界隈問題が起こってもよいと言っているも同然になる
これは言論の自由とも関連する極めて繊細な問題だが、私としてはこのように言わざるを得ない。
私の知る限り、呉座界隈からのネットリンチで自殺者は出なかったようだが、出てもおかしくはなかった
そして、誰も自殺しなかったんだからそれでいいじゃないか、というような話ではもちろんない。

私は、このままではいつか第2、第3の呉座界隈問題が起こるだろうと思っている。
その時、もし誰かが「どうしてあのOLを出したのに同じような問題が繰り返されてしまうんだ」と嘆いたら、私は「どうしてって、そりゃああのOLを出すくらいしかしなかったからでしょ」と思うだろう。

「日本文明」研究フォーラムの概要

ここからの後半では、苅部直(東京大学教授)や河野有理(法政大学教授)が参加している団体「日本文明」研究フォーラムとことのはについて取り上げる(苅部と河野については記事「河野有理のSNSにおける裏と表」参照)。
これら団体は呉座本人とは関係ないようだが、呉座界隈問題とは関係ある。

結論から言うと、両団体とも私の知る限り法を犯してはおらず、どこかの反社会勢力と通じてもいない。
ただ、私から見てどうかしている人がやたら多く参加しており、活動内容もどうかしている、という印象は受ける。
なので、以下は告発でなく、ただ調べてみて分かったことや自分の考えを書くだけだ。

「日本文明」研究フォーラム(以下、「フォーラム」と略す)は、新元号の発表された2019年4月1日付で設立された小規模団体で、代表は思想史と道徳教育が専門の川久保剛(麗澤大学教授)。
同研究室にフォーラム事務局がある。

(旧URL: https://nihonbunmeikenkyu.mystrikingly.com/

フォーラムの主な活動は年数回のコロキアム開催で、今夏からはオンラインシンポジウムも開催している。
ただ、記念すべき初回の2019年度第1回書評コロキアムはジェイソン・モーガン『リベラルに支配されたアメリカの末路――日本人愛国者への警告――』(ワニブックス)の書評会であり、翌2020年度第3回書評コロキアムもクライブ・ハミルトン『目に見えぬ侵略――中国のオーストラリア支配計画――』(飛鳥新社)の書評会であり、一体「日本文明」とは何なのか考えさせられる
「日本文明」研究フォーラム年報』なるものも刊行されたらしいが、詳細は不明。

フォーラムは設立以来毎年2回、一般社団法人今井光郎文化道徳歴史教育研究会から助成金を受給しており、その使途は毎回少しずつ変わっている。

2019年3月)「『日本文明』理解促進」のための学術貢献プロジェクト
2019年8月)次世代の日本の学術を支える若手・中堅研究者のネットワーク構築プロジェクト
2020年3月)「日本的価値」再評価に向けた若手・中堅研究者の学術協働ネットワークの基盤構築
2020年8月)自由で開かれた若手・中堅研究者の学術交流ネットワークの構築
2021年3月)立場と領域を超えた若手・中堅研究者の学術協働ネットワークの基盤構築
2021年8月)自由で開かれた若手・中堅研究者の学術協働ネットワークの基盤構築

使途に「日本文明」が明記されているのは最初の2019年3月分だけで、以後はやたらと「若手・中堅研究者」が強調されている。
ただ、この助成金の金額や毎年の支出額は公表されていないので、フォーラムの会計がどうなっているのかは不明。

「日本文明」研究フォーラムの人脈

フォーラム代表の川久保は、2016年に『叢書新文明学』全4巻(北樹出版)の第3巻『方法としての国学――江戸後期・近代・戦後――』を星山京子などとの共著で刊行した。
同叢書を監修した佐伯啓思と同巻の帯に推薦文を書いた苅部の2人が、フォーラムの顧問となっている。
第2巻の共著者である先崎彰容と第4巻の帯に推薦文を書いた施光恒の2人もフォーラムの役員となっていることから、『叢書新文明学』での人脈から「日本文明」研究フォーラムが設立されたと推測できる

なお、顧問の苅部は2015-17年の連載「「文明」との遭遇」(『考える人』)を集成加筆し、
2017年に新潮選書『「維新革命」への道――「文明」を求めた十九世紀日本――』を刊行している。
https://www.shinchosha.co.jp/book/603803/

『叢書新文明学』関係者以外で、何人かの教育研究者もフォーラムに参加している。
これは、川久保が思想史とともに道徳教育も専門としているからだろう。

私がフォーラムの存在を知ったのは、今年4月上旬、同会の役員名簿にマーク・ラムザイヤー(ハーバード大学教授)の名が載っている、という韓国メディアの報道を見た時だったように記憶している。

役員名簿(魚拓

私はラムザイヤーやその論文についてよく知らないので、その名前がフォーラムの役員名簿にあったことについて、(「日本文明」とどう関係するのか分からないなと思うけれど)とやかく言うつもりはない。
『ハンギョレ新聞』の「日本の右翼系の研究団体」という評価を鵜呑みにする必要もない。

だがフォーラムは、これら報道の直前に公式サイトから顧問名簿だけを残して役員名簿を消している魚拓)。
公開していた役員名簿を非公開にし、現在の役員が誰なのか分からないようにするというのは、まともな学術団体のやることでない。

当時役員だったモーガンは後に役員でなくなったようなので、ラムザイヤーなどが
現在も役員かは不明。

また、小規模な団体でありながら元呉座界隈の若手研究者が3人以上もフォーラムに深く関わっている(招待されて1回登壇した程度でない)ことも目に着く。
うち1人の若手研究者は、前々から北村紗衣氏を誹謗中傷し今年3月以降も執拗に二次加害している匿名公開垢の中の人で、今年10月に開設された河野の表垢(@konoy541)と相互フォローになっている。

その河野は、今年4月上旬当時「これから登場される方々」の一人だった(魚拓)が、翌5月22日に2021年度第1回書評コロキアムでコメンテーターを務め、同月下旬までにフォーラムの役員になった(魚拓)。
多分、苅部あたりから声を掛けられてコメンテーターを引き受けた後、役員としてフォーラムに深く関わるようになり、元呉座界隈の若手研究者たちとも交流するようになったのだろう。

ことのはと炎上の超克

そして今年8月、川久保はフォーラムを母体として学術支援会社「株式会社ことのは」(東京都中央区)を設立し、同社の事業として「「日本文明」研究フォーラム放送事業部」ことのはを開設した。

ややこしいことに、母体であるフォーラムも現在は同社の事業だという。
フォーラムとことのはの関係がちゃんと整理されているかどうか、よく分からない。

ことのはは今年10月に開始したCAMPFIREでのクラファン(11月末終了)で、「炎上の時代を超克し、開かれた「文明」を探究する動画配信プラットフォームを創りたい」と標榜した。

その「文明」については「「文明」=「私たちが共に生きるための共同的な価値の地盤」」という説明が一応あるが、「文明」が炎上とどう関係するのかは繰り返し読んでもよく分からない。
8月に公開されたYouTube動画「川久保剛クラウドファンディングご挨拶」では、「炎上」の「え」の字も出てこない。

私は、今夏新設されたことのはが炎上の超克を打ち出したのは、2019年4月以来のフォーラム古参メンバーでなく、新参の河野の考えによるものでないかと思っている。
今年11月の記事「河野有理のSNSにおける裏と表」で紹介したように、河野は2018年12月にFB第1記事

単に「事おこれかし」の怠惰な野次馬が、笹倉氏すら主張していない「盗用」や「剽窃」という強い言葉を使って本件を炎上させようとしていることについては、本当に残念な人々だなあという気持ちになります。

と書いていた。
また、今年10月21日に公開された苅部とのYouTube対談動画「苅部直×河野有理「「道徳」(≒ポリコレ)の時代の保守主義の可能性?」 論壇チャンネルことのは開局記念対談第3弾③」でも、河野は近年の炎上について苦々しそうに話を振り、ヒの表垢でも炎上について何度かTWしている。

炎上の超克は、(フォーラムには関与していないようだが)ことのはで番組「リハビリする歴史」を担当する與那覇潤(無所属)も志向しているようだ。

3月28日付「呉座勇一氏のNHK大河ドラマ降板を憂う――「実証史学ブーム」滅亡の意味――」(『論座』)
7月29日付「炎上」と「論争」の違いとは? 実際に“キャンセル・カルチャー”を経験した歴史学者が斬る」(『AERA dot.』)
11月3日付「「言い逃げ」的なネット文化を脱するために――呉座勇一氏の日文研「解職」訴訟から考える①――」(『アゴラ』)
(連載「呉座勇一氏の日文研「解職」訴訟から考える」は継続中)

……だからどうした、と言われてしまえばそれまでだ。
ただ、ことのはの母体である「日本文明」研究フォーラムやその人脈についてはあまり知られていないようなので、調べてみて分かったことや自分の考えを書いた。
あまりオチらしいオチはない。

今後の予定

書き残したことはまだまだあるが、もう書くのが疲れた。
切りがない気もするので、しばらくはnote記事の執筆から離れたい。
次に記事を書くのは、呉座の訴訟が決着した時になるだろうか。

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