呉座界隈問題と私のTwitter夜逃げ(その3)

>>必読事項<<
ここを読み飛ばしたい方は以降の文章も読まないでください

この記事は急いで書きましたので、誤字脱字や説明不足、不適切な表現、リンクの張り間違い、時系列の混乱、事実の見落とし、誤解などがあるかも知れません。
それらは見付け次第、修正していくつもりです。
文章が何度か変化していくだろうということです。
こういうことをすると、分野に関係なく物書きとしての信用が地に墜ちそうですが、それでも今回ばかりは仕方ないと思っています。

文章を比較検証したい方は、お好きにスクショを取るなどしてください。
ですが、そのスクショを拡散したり魚拓を取ったりすることについては、くれぐれも慎重になってください
あなたのその行為によって、文章を公開した私こと森新之介だけが不利益を受けるのであれば、それは仕方のないことかも知れません。
ですが、もしその拡散されたスクショや取られた魚拓によって他の人が不利益を受けるようなことがあれば、あなたは私の加害行為に加担することになってしまうかも知れません
そういう危険を、どうか深く重く受け止めてください。

読んで、よく考えて、URLなど最小限の情報を拡散してくだされば、ただそれだけで結構です
それ以上のことは何も求めていません。
何もです。

この記事の読者には、私のメールアドレスや住所を知っている人もいるでしょうが、そっとしておいてください。
一つ一つに「今後とも宜しくお願いいたします」などと返信することも、私にとって負担になるでしょう(かと言って、無視するのもそれはそれで心苦しくなるでしょう)。
疫禍のため、誰と次にいつどこで対面できるようになるか分かりませんが、その時に一言「何だか大変だったみたいだね」くらい言ってくれればそれで十分有り難いです。
何事もなかったかのように、今まで通り接してくれても有り難いです。

ただし、このページ末尾のGoogleフォームからでなら、誹謗中傷でも罵詈雑言でもお好きにどうぞ。
すべてに目を通すつもりはないと明言しており、見なかったことにしたい内容は見なかったことにできますので。

凡例

前々回記事参照)

前回までのあらすじ

いろいろあった。

東専房氏とダフネのえせ千種氏への攻撃

呉座は、私のような界隈外の垢だけでなく、界隈内の垢までも攻撃するようになる
もしかしたら前々からそういうことをしていたのかも知れないが、私が確認できたのは2019年後半以降の次の2例だけだ(以下、垢名は当時のもの)。

2019年11月5日、呉座は研究者と研究業績の問題について、こう鍵引用RTと自己リプをした。

魚拓

魚拓

これを承けてだろう、半日後の同日昼、呉座界隈の若手研究者である東専房氏が以下のTWを連投した。
なお、当時の東専房氏と呉座の議論は非常に錯綜したため、ここでは必要最小限のTWだけを引用する。
それでもかなり多めになってしまったので、読み飛ばしたいならせめて東専房氏の一連のTWの最後のもの(2019年11月5日 午後8:00)以降を読んでほしい。

この最後のTWを呉座が引用RTし、議論は歴史研究とジェンダーとの関係に移行する

魚拓

魚拓

魚拓

魚拓

率直に言って、私にとって東専房氏の意見には当時も今も理解しづらいところがある。
ヒでは字数制限があり、しかも繊細で説明しづらい問題だからだろうか(もともと私は具体例のない話を理解するのが苦手だ)。

だが何れにせよ、呉座の「論文出してから言えや」「ちょろっと研究ノートみたいなの出した程度で論客気取りか」は明らかな暴言だった
博論を提出したばかりの若手研究者であれば業績が少なくて当然であり、呉座のTWは「若手は黙ってろ」と言ったも同然だ。
これが呉座の言う「マウンティング」でなくて何なのか。

2019年当時の東専房氏が博論を「最近出したばかり」だったかどうかは、
その人の時間感覚によるため問わないこととする。

この直後からつい先日まで、東専房氏はヒ垢のbioを「「論客気取り」。」にしていた。

魚拓(何故かあった)

私は2019年11月上旬当時、東専房氏が歴史研究とジェンダーとの関係について呉座と議論しており、意見が対立しているらしいことは把握できたが、何故あのようにbioを変更したのかは理解できなかった。
しかし、呉座の鍵TWを閲覧できるようになった現在では、その意味は一目瞭然だろう。
呉座は八幡和郎から吐かれた「たかが助教」という暴言をbioにした、だから自分も呉座から吐かれた「論客気取り」という暴言をbioにした、と。

東専房氏は翌7日にこうTWしていた(bio変更がこの前だったか後だったかは記憶にない)。

この予見というか現状認識は正しかっただろう
だが、呉座界隈の有力ほぼ実名垢だった研究者の木村幹は、このTWをこう引用RTした。

そして呉座はこのTWを公式RTした(魚拓)。

呉座界隈の一部研究者たちは、自分(たち)が業績の質や量を棍棒にして他の研究者を殴っていることを自覚していなかったようだ
しかも、業績の質が低く量が少ない研究者を一律に棍棒で殴るわけでなく、自分(たち)と意見が対立する時のみ業績の質や量を問題にしていたように見えてならない。
これは、前回記事で述べた「呉座界隈とは反老害の(研究者)界隈だった」という私の推測が最初から間違っていたか、またはどんなに遅くともこの時期までに呉座たちは当初自分たちが嫌悪していた存在に成り下がったか、その何れかだろう。

なお、私は東専房氏の実名を把握しているが、私との接点はない。
もしかしたらどこかの学会で知らず識らず同席していたことがあるかも、という程度だ。
この業界は広いようでいて狭く、狭いようでいて広い。

東専房氏は、以前は呉座と鳴門で親しく会話する仲だったが、この2019年11月6日を最後に呉座に鳴門を送らなくなったらしい。
しかしだからと言って、東専房氏は呉座をブロックしなかったようだ。
以後も呉座は翌2020年7月12日などに東専房氏のTWを公式RTしていることから、そう推測できる(ブロックされている相手のTWを公式RTすることは不可能)。

魚拓

東専房氏が2019年11月当時、呉座鍵垢のフォローを解除したかどうかまでは確認できないが、解除せずそのまま呉座界隈に留まったのでないだろうか。
何故なら、それが自衛策として賢明だからだ。

もし東専房氏が呉座鍵垢のフォローを解除したらどうなるかは、目に見えていた
その場合、呉座は恐らく鍵垢で「東専房が私の垢のフォローを解除しやがった。所詮はあいつも百田尚樹や井沢元彦と同類の、エセ歴史学者だったか」などと悪罵し、その鍵TWにイイネが20や30、40も付いただろう。
当然、もしフォロー解除していれば東専房氏は自分が呉座鍵垢で悪罵されていることを認知すらできない。
それが一度だけでなく何度も繰り返され蒸し返され、しかも東専房氏が呉座のファンネルたちに攻撃されるおそれもあった。
だから東専房氏は自衛のため、呉座鍵垢のフォローを継続せざるを得なかったのでないだろうか。
前々回の記事でも書いたように、若手研究者56すにゃ刃物はいらぬ、悪評の一つもあればいい

(2021年4月11日 午前1:30ごろ追記)
東専房氏によれば、この一件でフォロー解除していたという。
私の推測は誤っていたらしい。

(追記ここまで)

(2021年4月12日 午後8:30ごろ追記)
「その鍵TWにイイネが20や30、40も付いただろう」という
私の読みは完全に甘かった。
曝されているスクショだけで、最大80は付いている。

(追記ここまで)

また東専房氏への攻撃から2か月後の翌2020年1月19日、呉座は界隈のダフネのえせ千種氏を悪罵するようになる。
事の発端は、ダフネのえせ千種氏が朝日新聞に掲載された呉座の書評を読み、「呉座先生の書評を読んだけど、これはああなんじゃないかなぁ」というような何気ない無害なTWをしたことにあったと記憶している(同氏は当時、公開垢だった)。
記憶が明瞭でないが、呉座の引用RTから推測して川上操六がどうのというTWだったのだろう。
ちなみに、その書評とは恐らく同月11日付「「天皇と軍隊の近代史」書評 更新続ける通説 なお残る難題」だろう。

とにかく、呉座はダフネのえせ千種氏のその何気ないTWを引用RTし、悪質な追及を畳み掛けていった。

魚拓

魚拓

魚拓

魚拓

魚拓

魚拓

呉座をフォローしていた者であれば誰もが認めることだろうが、呉座はエゴサの鬼だった。
界隈の垢による「呉座先生についてした5分前のTWがもう先生にRTされた!! 流石は呉座先生だ!!」
みたいなTWを見たこともある。
「呉座」という極めて珍しい姓が、呉座のエゴサを極めて容易にしてしまった。

ダフネのえせ千種氏は呉座に「難癖をつけ」たのでなく、「学者に意見した」のですらなく、ただ呉座の書評を読んで思ったことを何気なくTWしただけだった。
呉座への鳴門(@goza_u1)を付けていたわけでもない。
そのTWを呉座は「雑魚が偉そうなことぬかすな」「ド素人が何様のつもりなのか」などと攻撃した。
呉座は自分を何様だと思っていたのだろうか
前2019年8月の「私は〔…〕「専門家以外は黙っていろ」と主張しているわけではない」とは何だったのだろうか。

呉座のこれら鍵TWの一部は当時、界隈からスクショが流出した(以下2つのリンク先の画像左上に"January 19 2020"あり)。

私もこれら流出したスクショを発見して、同月22日にTWした(魚拓)。
なお、当時ダフネのえせ千種氏もスクショ流出に驚いていたようなので、流出させたのは本人でないようだった。

なお、ダフネのえせ千種氏が呉座をスパッとブロックできたのは、
同氏が自称「研究見習い志望」であり後腐れの心配がなかったこととも関係しているだろう。

私から見ると完全にどうかしている鍵TWのスクショが流出したものの、呉座界隈が炎上することはなかった。
そのため私は当時、これ以上どうすればいいのかと頭を抱えた。

(2022年10月16日 14時ごろ追記)

ダフネのえせ千種氏のヒ垢がいつの間にか解錠されていたので、当時のTWとリプを引用しておく。

このTWに呉座が
「率直に言って意味が分からない。〔…〕川上操六の研究が進むまで
黙っていろと言うのか??」と引用RT(前掲)し、ダフネのえせ千種氏がリプ。
このTWに呉座が「〔…〕馬鹿に配慮しろという難癖をつけられても困ります」と
リプ(前掲)し、ダフネのえせ千種氏がリプ。
このTWに呉座が「はい、難癖です。他人の足を引っ張るだけで
自分が賢い気分になるという、実にくだらない所行です」とリプ(前掲)し、
ダフネのえせ千種氏がリプ。
このTWに呉座が
「木村幹先生とかも苦しんだようだが、教育普及活動をやっていない研究者に
限って揚げ足取りばかりに精を出す」と引用RT(前掲)し、
ダフネのえせ千種氏がリプ。
このTWに呉座が
「院生ですらないのに「研究見習い志望」と称して説教してきたのか。
井沢・八幡以下の雑魚が偉そうなことぬかすな。〔…〕」とリプ(前掲)し、
ダフネのえせ千種氏がリプ。
そして呉座が「ほんといい加減にしろよ。私は「たかが助教」とか
「たかが院生」みたいなのは嫌いなので、院生の批判も真摯に受け止めようと
思ったが、院生ですらないのか。ド素人が何様のつもりなのか」
と引用RT(前掲)。

以下のTWとリプは、ダフネのえせ千種氏が呉座をブロックした後のものだろう。

(追記ここまで)

亀田俊和と東洋史の院生bot(読み飛ばし可)

呉座界隈に東洋史の院生bot(@Toyoshi_Toyoshi。以下、「院生bot」と略す)という垢がいた。
国内某大学大学院で東洋史を専攻する院生2、3人が共同で運用している垢らしく、研究関連の有益な情報をTWすることもあったが、私はその軽薄でやたらとイキる(ように見える)ノリが好きでなかった。
前回記事で紹介したように、同界隈の平林緑萌が望月うさぎ氏に醜悪なレスバを展開していた時、匿名の質問にこう回答していた(垢名は「某大某学部某洋史」となっているがIDはヒと同じ"Toyoshi_Toyoshi")。

魚拓

この院生botの中の人は呉座とオフでも親しかったようで、2019年のことだったろうか、居酒屋の個室らしきところでご機嫌そうにしている呉座の画像に「今日は呉座先生と食事してきました」みたいなことを書き添えてTWしていた記憶がある。
また、同界隈の有力実名垢だった亀田俊和の中公新書『観応の擾乱――室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い――』(2017)の内表紙に呉座に大きく「呉座勇一」とサインしてもらいその画像をTWする、というわけの分からないムーブをし、何故か界隈で大受けしていた記憶もある。

院生botは博士号未取得の若手でありながら、呉座界隈で上手く立ち回り、安定した地位を築いているように見えた。
だが昨2020年9月、ふとしたことから亀田を激怒させてしまう

魚拓これだけ何故か当時のものがあった

結論から言うと、当時亀田は本当に精神状態がよくなかったようで、そのことをこう明言したが、院生botは誇張表現と誤解していつも通りのウザ絡みを続けたらしかった。
これが亀田を激怒させた。
しかし亀田は、(対面ではどうなのか私は知らないが)ヒではもともと口調が荒々しかったこともあってか、その激怒はなかなか院生botに伝わらなかったようだ。
複数人による共同運用垢だった院生botは意思疎通が滞り、状況を理解して平謝りするようになった時にはもう手遅れだった。
なお私から見れば、いくら精神状態がよくなかったとはいえ、激怒しながら文末に「w」を生やすなどする亀田もどうかしていた。

このように猛烈な追及が畳み掛けられた。
ただし、この頃には亀田も少し頭を冷やしたらしい。

当時の界隈では、亀田先生に無神経なことをした院生botが悪い、どうして大学院生にもなってこんなに無神経なんだ、という意見でほぼ一致していた。
ただし私は当時、院生botが無神経なのは前々からのことなのに随分と今更だな、と思っていた。

そして、院生botは亀田だけでなく全体に謝罪TWした。
この垢は院生複数人で運営しており、今回、亀田先生に無礼なことをしてしまった。
深く反省しており、今後のヒ垢の運営方法については中の人たちで協議したい、というような趣旨だったと記憶している。
僅か7か月前のことなので、私より明瞭に記憶している人はきっといるだろう。

2週間ほど後の同9月下旬、院生botは予告なしに垢消しした

亀田が垢消しを命じたわけではないらしく、院生botがその決断に至った理由は分からない。
界隈でかつての地位を回復することはもう不可能だ、と思ったのだろうか。

呉座はこの一件に関与しなかったように見えるが、何れにせよ、呉座界隈が如何に厄介で如何に殺伐としていたかを象徴する事件として、記憶されるべきだろう。

(2021年4月11日 午後3:45ごろ追記)

(追記ここまで)

呉座鍵垢解錠の前後

読者も流石にそろそろ退屈してきただろうから、昔話はこのくらいにして、先日の呉座鍵垢解錠の前後に話を進めよう。

呉座が鍵垢を解錠する前、界隈の研究者たち何人かが「北村さんはこれ以上呉座さんを追及すべきでない」という趣旨の、呉座を擁護するTWをしていた。
ただ無神経だから呉座を擁護しただけの研究者もいただろうが、明確な理由があって擁護した研究者もいただろう。

呉座の鍵垢は、暗黒経済組織ソウカイヤの裏帳簿のようなものだった
もしそれが公開されれば、ソウカイヤが暗黒経済組織だということだけでなく、オムラ・インダストリやヨロシサン製薬などの名立たる大企業各社もソウカイヤとともに暗黒経済活動をしていたことが発覚してしまう。
同じように、呉座が垢消ししてすべての証拠を抹消してくれれば問題ないが、万々が一にでも鍵垢を解錠すれば自分たちも炎上してしまうと危惧して、北村氏を制止しようとしたのだろう。
実際、呉座鍵垢の解錠によって、炎上どころでない地鳴らしが発生した

「地鳴らし」の出典は某人気漫画。
ググるとネタバレを食らうだろうから要注意。

呉座鍵垢の解錠後、界隈の研究者たち何人かが「何故呉座を制止しなかったのか」と追及され、「呉座の鍵垢をフォローしてはいたがあれほど悪質なTWをしていることに気付かなかった」などの釈明をしていた。
本当に気付かなかった研究者もいるだろうが、呉座からのネットリンチを恐れて制止しなかったと認めたくなくて、ああ釈明した研究者もいるだろう。
もしそれを認めれば、自分は呉座のネットリンチを傍観または助長していたと認めることになってしまう。

ただし、界隈の研究者であるほぼ実名垢の伊藤俊一は解錠後にこうTWした。

ただ呉座氏は全方位に切りかかっていたから、こちらも切られかねないし

1980年生まれの日文研助教(任期付き)だった呉座は、1958年生まれの大学教授をもたじろがせる存在になっていた
もっとも、ここまで何の恥じらいもなさそうに「こちらも切られかねないし」と認められると、かえって同情したくなくなるのは私の性格がひねくれているからだろうか。

呉座の勤務先である日文研への抗議電話を予防しようとする研究者もいた。
私も、そんなことはすべきでないと強く思う。
5分応対するだけでも負担になるだろうに、きっと1時間ずっと怒鳴り続けるような悪質な人もいるだろう。
応対する職員があまりに気の毒だ。
ただ、呉座界隈の研究者が呉座の勤務先への抗議電話を予防しようとするのを見ると、「そりゃあ明日は我が身だからね」と思わずにいられなかった

余談だが、「電凸」の原義は素人電話取材であって抗議電話でなかったように記憶している。
いつ頃から意味が変わってしまったのだろうか。

呉座鍵垢の解錠後、我関せずとばかりに日常ゆるふわTW/RTを繰り返している界隈の研究者もいた。
あれら研究者の一部は、無関係無関心を装いながら陰で証拠隠滅に手を尽くしていたのでないだろうか
かくいう私も、陰で必死に夜逃げとnote記事執筆の準備をしながらそれを悟られないようにいつも通りのTW/RTをしていたので、有り得ない話でない。

呉座は近日中に垢消しするという

魚拓

魚拓

だが、「問題のあるツイートを含む過去ツイートすべてが多数の方の目に触れる状態も不適当です」というのは、垢消しの理由として不自然すぎる。
ひねくれた見方をすれば、界隈の研究者から脅迫されたのかも知れない
呉座のことだから、鍵垢でTWすることもできないような醜悪な話を、DMやメール、対面で界隈の研究者にしたこともあっただろう。
その研究者から、呉座のヒ垢が公開されたままだと自分の裏の顔までも明らかになりそうだから、秘密を曝露されたくなければ垢消ししろと言われたのでないだろうか。

闇の裏にはさらなる闇が広がっている。

呉座鍵TWへのイイネ

先日の呉座解錠時、私はすぐさま2年前の密告DMにあったURLに飛び、魚拓を取った。
その他、私を悪罵するTWをいくつも見付けた(前々回記事参照)。

20年くらい前だろうか、落語家の桂歌丸が日テレの人気番組『笑点』で、「一度でいいから見てみたい、女房がへそくり隠すとこ。歌丸です」と挨拶していた記憶がある。
私も一度でいいから、盗聴や盗撮でなく正々堂々と、研究者(たち)が同業者についての不当な悪評を拡散している証拠を押さえたいと思っていた。
そういった意味でも、私の念願は成就した。

私を悪罵する呉座のそれらTWを見ると、20や30のイイネが付いていた。
「まぁこいつはイイネするだろうな」「やっぱりこいつも呉座界隈だったか」と思わされる見覚えのあるアイコンが多く並んでいたが、別の意味で見覚えのあるアイコンもいくつか並んでいた
ここでは垢名や実名を伏せつつ、3人だけ挙げよう。

1人目は、私より年長の任期なし大学教員だった。
それほど親しかったわけでないが、何度か面識があり、数人で小さなテーブル2、3を囲んで酒を酌み交わしたことも2度ほどあった。
私の垢も長年フォローしていた。
何より私への好悪以前に、私なんかよりよほど良識があると思っていた。
その人も、呉座の私への悪罵TWにイイネしていた。

2人目は、やはり私の垢を長年フォローしていて、「いつも先生の刺激的な論考に学恩を賜っております一学徒です」云々というDMを送ってきたこともある、若手研究者だった。
実名などは知らないが、大体の居住地は分かる。
その人も、呉座の私への悪罵TWにイイネしていた。

3人目は、(これは元教員として、そしてもし叶うならばまた教壇に立ちたいと願っている者として公言すべきでないかも知れないが)その時までに私の授業を履修していた学生だった。
私はその学生の垢を、その学生が私の授業を履修する前から認知していた。
その垢は後に匿名になったが当初は実名で、私はたまたまそれを見付けて「ふーん、こういう学生もいるのか」と思っていた。
その後、私の授業の履修者名簿でその名前を見付けて「あぁ、あの垢の学生か」と思ったが、別に気に留めていなかった。
その学生も、呉座の私への悪罵TWにイイネしていた。

流石の私も当初、これは何かの間違いでないかと思いたかった
つまり、呉座が解錠した後に「これは酷い」と思ってブクマ代わりにイイネしたのでないか、などと。
だが、どうもそういうことではないらしかった。

ヒ垢のイイネ一覧を開くと、その垢がそれまでにイイネしたTWがイイネした順で表示される
例えば次の画像のように(以下3つのTWは数日前、あくまで例示のためにイイネした)。

イイネ

私は3月の1日、15日、31日のTWをイイネしたが、それらを15日のTW、1日のTW、そして31日のTWという順でイイネしたため、その順で表示されている。
上記3人の垢は毎日何かしらの新しいTWをイイネしており、イイネ一覧はほぼ完全に時系列順になっていた。
呉座が解錠したのは3月20日なので、念のため同月1日あたりまで遡ってみたが、呉座TWへのイイネは見付けられなかった。
まさか3月20日の解錠後に呉座TWにイイネして、その後で何故か同月1日まで遡ってほぼ完全に時系列順にイイネしていった、ということもないだろう。
3人とも2021年2月以前、つまり呉座が施錠していた時期に呉座界隈にいて、私への悪罵TWにイイネしていたことがほぼ確定した

私はもともと人間不信気味のところがあるものの、この検証結果が出た時、心が微動だにしなかったと言えば嘘になる。
私が前々回記事で「名指しされていなくとも、何かやましさを覚える人も出てくるだろうが、誰からも釈明されたくない」と書いたのはこのためだ(伏線回収)。

ただし立証できるのは、これら垢が呉座界隈に属しており呉座の私への悪罵TWにイイネしていた、ということまでだ。
何故それらにイイネしたかは、論証しようがない
本人に問い詰めたところで、「もう2年も前のことなので覚えていないが、きっと就寝直前か起床直後の朦朧とした意識のままスマホでヒをスクロールしていたら、指の腹がそのTWのイイネボタンに触ってしまったのだろう」などと答えるに決まっている。
そして、それが嘘だと立証することもできない。
疑わしきは何とやらだ。

もっとも、片っ端から問い詰めていけば
「イイネと思ったからイイネしましたけど、それがどうかしましたか」
とケロッと答える研究者もいそうな気はする。
だが、そんな研究者を見付けるために片っ端から問い詰めていくのはやはり不毛だ。

ただし、看過できないイイネもあった

魚拓

この呉座が「あなたも何が楽しくて粘着してるの? アカポス求職中なら、ちゃんと研究やったら?😓」と私を揶揄したTWに、界隈のほぼ実名垢だった研究者の田野大輔(@tanosensei)がイイネしたことが魚拓からも確認できる。
田野の専門はナチス・ドイツなどであり、勤務先大学で受講者に「ファシズムの体験学習」をさせていることでも著名だ。

(2018年7月6日付)田野大輔「私が大学で「ナチスを体験する」授業を続ける理由 人はいとも簡単にファシズムになびく

また、呉座がダフネのえせ千種氏の何気ないTWにいきなり殴り掛かった時(前述)、呉座のTWに界隈のほぼ実名垢だった研究者の富永京子(@nomikaishiyouze)がイイネしたことが魚拓からも確認できる。

魚拓
イイネ魚拓

富永は自称「社会運動しない社会運動研究者」(垢bio)であり、「意見を言うことは自分だけの「わがまま」ではなくて、誰かの問題を解決することにつながります」などと意見表明を勧励していた。

(2019年7月19日付)「「寒いから、冷房止めて」って会社で言える? 社会学者の富永京子さん「みんなの『わがまま』入門」

これら2人のこれらイイネがただのうっかりか故意か、もし故意であれば何が理由かなどを私は知らず、本人たちからの説明を聞きたいとも思わない。
しかし1つ確かなことは、これらイイネが結果として界隈の一部の垢たちに「これだけファシズムや同調圧力の問題に敏感な研究者たちもイイネしているのだから、これは正しい行為なのだろう」と思わせて鼓舞したか、あるいは逆に一部の垢たちに「呉座は完全にどうかしているのに、これだけファシズムや同調圧力の問題に敏感な研究者たちもイイネしているのだから、もう界隈の誰に助けを求めたらいいか分からない」と思わせて萎縮させただろう、ということだ。

そしてこのようなイイネは、2人によるもの以外にもいくらでもあっただろう。
呉座の垢消しによって検証できなくなってしまうことは残念だ。

恥ずべきは誰か、省みるべきは誰か

前々回の記事を読んだ人たちの一部は、私が呉座から受けた仕打ちを「アカハラ」と表現していた。
同情してくれてのことだったのだろうが、しかしあれは「アカハラ」だったのだろうか
「アカハラ」をどう定義するかにもよるだろうが、あれを「アカハラ」と表現することは、「数人が一人を殴る蹴るしましたが、加害者たちも被害者も学生なのであれは暴行事件でなくただのイジメです」という話と同じような、何とも釈然としないものを感じる。

私の知る限り、呉座界隈からのネットリンチで自殺者は出なかったようだが、出てもおかしくはなかった
そして、誰も自殺しなかったんだからそれでいいじゃないか、というような話ではもちろんない。

私は、呉座界隈にいた若手研究者たちを一律に責める気にならない
ネットリンチに加担しなかった垢や、むしろネットリンチの標的になっていた垢もいただろうからだ(ただし、「ネットリンチ」も「加担」も厳密には定義できない)。
呉座たちの言動をどうかしていると思いながら、どうすればいいのか分からず、フォロー解除することも恐ろしくてできなかった若手研究者もいただろう。
未だ任期なし研究職を得ていなければ、ただ傍観するしかなかったとしても理解できる。

だが、すでに任期なし研究職を得ていた研究者たちは別だ
あんたらは一体何なんだ。
定年まで給料などが保証されていて、自分の人事権を呉座に握られていたわけでもないだろう。
任期なし専任教員ともなれば、(上司から「やれ」と言われて嫌々やっただけかも知れないが)学生相手に「SNSの使い方には気を付けなさい」だの「危険な人たちには関わらないようにしなさい」だの注意したこともあるだろう。
それでいて自分たちはネットリンチを傍観したり助長したりしていたって、一体どういうことなんだ。
恥を知ってほしい

呉座の垢をフォローしたもののすぐにミュートしたので、または呉座の垢以外にも何百、何千と
垢をフォローしていたので、呉座界隈にいたがその実態を本当に全く把握していなかった、
という任期なし専任教員もいるかも知れない。
だがそれでも、せめて自分の不明くらいは恥じてほしい。

ところで、日本歴史学協会が今月2日付で声明を出したという。

私は同会の会員でなく同会についてよく知りもしないが、呉座界隈みたいなものの温床になったのはそういうところだぞ、とは言いたい。

今般、日本中世史を専攻する男性研究者による、ソーシャルメディア(SNS)を通じた、女性をはじめ、あらゆる社会的弱者に対する、長年の性差別・ハラスメント行為が広く知られることとなりました。

日本歴史学協会は、本当に文字通りありとあらゆる「社会的弱者」への「性差別・ハラスメント行為」の証拠や証言をすでに押さえている、ということなのだろうか。
「広く知られることとなりました」というあたりが、どうにも曖昧で疑わしい。
まさか、ただ雑な言葉を使っただけなどということはないと思いたいが、どうなのだろうか。
そもそも、「日本歴史学協会」名義での声明を出すために、ちゃんと総会の議を経ているのだろうか。

私は、自分を呉座の被害者だと思っている。
だが、もし私の加入している学会が総会の議を経ずに学会名義での呉座非難声明などを出したら、
その学会を退会するつもりでいる。

こういう声明に、「文面がおかしいのでないか」とか「手続きとしてどうなのか」とか疑義を呈すると、「お前はあいつらを擁護するのか」と言われてしまいそうだ。
そうやって本音を公言しづらくする息苦しさが呉座界隈のようなものを形成維持させてしまったのでないか、と自省すべきだろう(前回記事参照)。

もう本当に、いい加減にしてほしい。

おまけ

(2021年4月12日 午後6時15分ごろ追記)
ここにあった文章は「呉座界隈問題と私のTwitter夜逃げ(反応への応答)」に移動させて加筆しました。

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何かあれば以下のGoogleフォームからどうぞ。
多分、送信された内容すべてに目を通すことはないでしょうが。

最後まで読んでくださりありがとうございました。
次回、私のヒ夜逃げについて短い記事を書いて、それで終わりにするつもりです。