呉座界隈問題と私のTwitter夜逃げ(反応への応答)

これまでに寄せられた反応の一部に、ここでお答えします。
ちなみに予告通り、そもそも寄せられた反応の全部には目を通していないので、今後とも全部に応答することはありません。
また、以下の取り上げる順序は必ずしも寄せられた順などではありません。

1

「その1」の記事について、このような質問がありました。

「密告と困難、報復計画」の部分で、どのような形・状況・(「密告者」の)自己開示・タイミング(?)であれば、密告者が「密告者」ではなく協力者になりえたかを知りたく思っています。
というのは、私自身は今回の事件を「自分だったらどう振る舞おう」という目で見ているのですが、自分が、こうした状況に巻き込まれる(あるいは部分的には自ら巻き込まれに行く)当事者、という立場だけでなく、「界隈から密告DM」を送る立場にもなると思ったからです。

真剣な質問であることは理解しましたが、その答えは自分で考えてください
正解は一つでない、というか本当の意味での正解なんてものは多分ないからです。
「その1」の記事で「正解」という言葉を使いましたが、あれは私にとっての正解というだけで、万人共通の正解ではありません。

研究にしたって教育にしたって、人の数だけやり方がある。
人によって、出来ることと出来ないことがある。
密告にしてもそうでしょう。

ただ、「今回の事件を「自分だったらどう振る舞おう」という目で見ている」のは非常に素晴らしいことだと思います。
どうもこの事件を他人事、対岸の火事としか思っていない研究者が少なくないようです。
「もし自分が若手研究者だった時に森や東専房氏の立場だったらどうしていたか」や「もし自分の(若手研究者である)後輩や教え子が森や東専房氏の立場だったらどうしていたか」について、もっと考えてもらいたいものです。

2

大学教員の公募方法について、このような反応がありました。
貴重なものですので、かなり長くなりますがほぼ全文を引用します(改行引用者)。

西村さんおよび呉座さんの問題がジェンダーの側面に限定されるのものではないというのは同感ですが、公募課程でジェンダーによる不利益はやはり存在します。
例えば結婚しても研究上は旧姓を使用している女性は多いですが、公募書類では旧姓を書かせるのが一般的です。
つまり研究者として研究界で通用している名前とは異なるので、例え優れた業績である程度知名度のある研究者でも、名前によって審査側の目をすり抜ける可能性があります。
しかも、旧姓の書き方もまちまちで、旧姓と通称を併記するか、旧姓のみか、また旧姓を主として通称をカッコに入れるか(「旧姓・(通称)・名」)、その逆かなどが混在しています。
この点、どの書き方をすべきか、大部分の大学の公募要項に明記されていないことに、気づかれたことがありますか?
審査側が圧倒的に男性で占められているため、このような問題に意識が行かないのでしょう。
そのため、既婚の女性研究者は、どの書き方をすれば良いか、いちいち大学に電話やメールで確認しなければなりません。
分かっていただけると思いますが、応募者側としては、ヘマをしたくないし、悪目立ちしたくないので、このようなアクションを取らされるだけでも相当なストレスです。
もちろん、この問題は女性のみならず、妻側の姓に改めた男性にも言えることでしょう。

最初にお答えしておきたいのは、「応募者側としては、ヘマをしたくないし、悪目立ちしたくないので、このようなアクションを取らされるだけでも相当なストレスです」という箇所には(「分かっていただけると思いますが」とあるように)完全に共感します、ということです。
同じ趣旨のことは記事「その2」の「大学の理不尽な教員公募方法(読み飛ばし可)」で書きました。
その上で、いくつか付け足したいこともあります。

まず、私の記事「その2」では、セックス/ジェンダーに関係なくすべての応募者が直面する理不尽について書きました。
また、「このように理不尽な教員公募への憤懣は、書けば切りがなくなる」と書きましたように、すべての理不尽について書いたわけではありません。
大学教員の公募でセックス/ジェンダーによる不利益が存在しない、などということは書いていませんし、思ってもいません

姓の表記法について「どの書き方をすべきか、大部分の大学の公募要項に明記されていないこと」には、私も気付いていました(「大部分」かどうかは把握していませんが、少なくないことは確かです)。
有益な提言にはならないかも知れませんが、仮に私が「木林」に改姓して公募要領に姓の表記法について指定がなければ、次の表記法2つの何れかを取ると思います(実際の履歴書では記入欄の大きさが固定されていることが多いので、少し手こずるでしょうが)。

姓の表記

もちろん、こうした表記法について何の説明もしない公募要領には問題がありますし、(私の記事「その2」で書いた「査読の有無」と同じように)「書けと指示していないことを書いた」として減点されるおそれもなくはありません。
ですが、仮に私の場合であれば上掲画像のように記入すると思います。
どうせ公募を出す大学は応募者の旧姓も戸籍上の姓も(もしかしたら「査読の有無」以上に)知りたがるでしょうから、これらの表記法で心象を害してしまうおそれは少ないと思いますが、如何でしょうか。

旧姓や戸籍上の姓などは繊細な個人情報なので履歴書に記入したくない、という人もいるかも知れませんが、しかし採用が内定すれば結局は申告することになるのでないかと思います。
もし私の思慮が浅いようでしたら、後学のためにご指摘くださると有り難いです。

「履歴書の姓名欄には旧姓/戸籍上の姓だけを書け」と指定している公募の場合は、
大学側も「履歴書の先頭にある姓名と研究活動で使っている姓名は違うかも知れない」
という可能性を考慮すると思います(研究活動で使っている姓名は業績一覧を見れば明らか)。
私は公募を出す大学に良識をほとんど期待していませんが、しかし流石にそのくらいの
可能性は考慮すると思います。
それとも、「書類審査で落とした後になって応募者が実は有名な研究者であることに気付いた」
というような実例(裏話)があるのでしょうか。

以下は余談です。
私は生物学上も戸籍上も性自認も男性ですが、複数の理由があって、昔から性自認などの問題にはかなり関心がありました。
なので履歴書の性別欄についても、女性限定公募の問題などとも関連して関心があります。

昨今は、国内の女子大学で、入学を希望するトランスジェンダー学生(戸籍上は男性でも性自認は女性)を受け入れるところが出てきています。
仮に、ある大学の女性限定公募についてある研究者が「生物学上と戸籍上では女性であるものの性自認は男性である私は、この女性限定公募に応募できますか」と問い合わせた時、大学はどう回答するのか気になっています。
まさか「あなたの性自認は本学にとって無意味ですから、どうぞこの女性限定公募に応募してください」とでも回答するのでしょうか。
逆に、仮に「生物学上と戸籍上では男性であるものの性自認は女性である研究者」から問い合わせがあった時、どう回答するのでしょうか。
こういう問題は難しいので考えてもなかなか答えが出ないかも知れませんが、ほとんどの大学は考えてすらいないように見えます。

3

かなり長くて詳しい、抗議のような反応がありました。
そのまま引用すると誰についてのことなのか分かってしまいますので、私なりに要約して紹介します。

(大意)
あなた(森)が記事で被害者だとしている某氏は、もともとヒでの言動に問題が多く、悪質だった。
確かに某氏に攻撃した側にも問題はあったが、だからと言って某氏が悪質だったことへの言及がないのは不公平だ。

私は、某氏(だけでなく記事で言及した私を含む被害者全員)のそれ以前のヒでの言動に全く問題がなかった、とかいうことは言っていません。
たとえその人がどんなに悪質だろうとああいう攻撃をしてはならない、というだけの話です

あなたは、もしかして「森の記事で被害者だとされたことで、某氏が増長してヒでの言動がますます悪質になってしまいそうだ」くらいのことまで懸念しているのではないでしょうか。
だとしても、某氏が悪質だったことへの言及を私の記事に要求するのは不当です。

4

このような反応がありました(改行引用者)。

げんなりしましたが、驚きは無いです。
自分も「〔…〕」とか「〔…〕」とかそういう類の、いかにもイイ感じの看板(言ってて自分で恥ずかしくならないのかなと思いますが)を掲げている〔…〕教授から、ひどいセクハラ・アカハラされたことあるんで。
絶妙なタイミングで晒してやろうと思わなくもないけど、関わりたくないので我慢してます。
あとTwitterやってる研究者は基本信用してません。
自分の知る限り、自分の分野でまともな研究者は、誰もTwitterなんかやってません。
自分もやってません。
Twitterやる時点でどこかイタい人なのだろうと思っています。
すみません。
でも森さんはまだ全然若いので希望を持ってほしいです。

私はもうこれでヒから足を洗います。
ですが、これまで10年間もヒをやっており、しかも(研究者としてはギリギリ若手でも)人としては「まだ全然若い」ということもないだろうと自分では思っていますので、もう手遅れかも知れません。

5

このような反応がありました(改行引用者)。

理不尽な教員公募フォーム(業績一覧等)ですが、文科省の「大学教員個人調書」が出所ではないでしょうか?
これは新大学、あるいは新学科や専攻などを新しく設置申請する際に、採用予定の教員が提出することになっている書類です。

下記の文科省サイトの上から5番目、
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ninka/shinsei.htm
エクセルファイル「大学の設置等の認可申請・届出に係る提出書類の様式(令和4年度開設用) (Excel:248KB)」のシート4-1, 4-2, 4-2(2)です。

「AC教員審査」と呼ばれるもので、過去に私も書いたことがあるのですが、「教育研究業績書」だけで30ページほどになりました。
記事に書かれていたのと同じく、英語論文も海外学会発表も全て和暦の出版年で示す必要があり、日本語の要約も必要(論文に要旨がついている場合もそれをそのまま転記ではダメですし、英語abstractも同様です)。
この書類だけで二週間ほどかかりました。

今回の記事を読んで、あの時と同じフォーマットだ、と気づいたのですが、ネットで調べてみると「形式自由ならこれにしろ(間違いがない)」と勧めているブログもあり、
〔URL省略…引用者註〕
官僚主義・形式主義の具現化したものなのだろうなと思いました。

貴重な体験談をありがとうございました。
私も、いくつもの大学の教員公募の書式(特に業績一覧)がほぼ全く同じであることには気付いていました。
ですので、調べはしませんでしたが、きっとそういう新設申請時に文科省に提出する書類に由来するのだろうなと思っていました。

私も「官僚主義・形式主義の具現化したもの」だと思います
そもそも、ほとんどの教員公募は既存大学の既存箇所のものですから、新設申請時の書式にする必要がありません。
たとえ新設申請中の大学や箇所の教員公募だったとしても、そういう書類は採用内定後に書かせればよいはずで、一次の書類選考で書かせる必要はないでしょう。

何だか、文科省にいびられている大学が応募者をいびっている構図のようにも見えてしまいます。

6

「その1」に「この記事の読者には、私のメールアドレスや住所を知っている人もいるだろうが、そっとしておいてほしい」と明記しているのに、何故か私のメールアドレスにこのようなメールを送ってきた研究者がいました(改行引用者)。

「界隈と夜逃げ」レポート、まことに興味深く拝見しました。
呉座氏・故西村氏、そして貴兄と、それぞれ行動・言動は違いますが、通底するのは「こんなに業績があるのになぜ就職できないのか」という古典的命題でありました。

私は「こんなに業績があるのになぜ就職できないのか」なんてことは考えていません
西村氏や呉座も、きっとそこまで単純には考えていなかった/いないでしょう。
大学教員公募が業績コンテストでないことは分かり切っているからです。