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マーカス的音楽分析〜ハンガリー舞曲第1番 ブラームス

音数学」...音楽は概して数学であり、そのほとんどは数学のようにシステマチックに説明できるという信条に基づいて音楽を分析すること。

今回分析したのが、ブラームス作曲のハンガリー舞曲第1番である。この曲はとてもわかりやすく聴きやすい曲である。元はジプシーの民族音楽ということもあって、他のクラシック曲とは一線を画しているが、1850年代に作曲されたこともあって和声的にはクラシックの基本を外してはいない。
ここに音源と楽譜を貼っておく。

上に示した通り、とてもシンプルな作りになっている。

Hungarian dance no.1 Brahms_ページ_01

編成は基本的な2管編成になっているが、トロンボーンがない。

P1では、メロディは1st, 2nd Vlが、そのオクターブ下をバスーンがユニゾンで補っている。コードに書いたG24とはg, a, cの和音を表したもの。

P2 0:27~ カウンターメロディ

Hungarian dance no.1 Brahms_ページ_02

リハーサル番号Aからの2nd Vlを見てもらいたい。今までは主メロのリズムと完全に一致していたが、Aの3小節からは単なる4分音符になっており、主メロとタイミングがズラしてある。これが筆者にはある一種のもう一つのメロディ、すなわちカウンターメロディに聴こえるのである。このページでは単なるドミナントコードであるD7の3rdを弾いてるだけなので、あまり独立したラインに聴こえないかもしれないが、次のページ↓5小節目からは、

Hungarian dance no.1 Brahms_ページ_03

2nd VlがEb-A-B-F-Ebというラインがはっきりと聴こえるのだ。動画では、0:35〜といったところか。これは恐らくタイミングがズラされているからこそ一つの独立したメロディに聴こえるのだと思う。そしてこれは2段目の3小節間でも聴こえる。

P4 0:58~ カウンターメロディ

Hungarian dance no.1 Brahms_ページ_04

リハーサル番号Cの部分、緑で塗ったところは、明らかなカウンターメロディである。Gm-G7-C(m)というマイナーからドミナントへ変わる進行においては、ジャズでもクラシックでも、半音階で形成されるBb-B-Cというラインは広く多用される。

P5 1:08~ 転調

Hungarian dance no.1 Brahms_ページ_05

リハーサル番号Dでは以前までになかった新しいセクションが展開される。ここでは、4小節間においてV-iという解決が繰り返されるが、その後は、VのVであるA7が多用され、調がGmからDmへと転調し、DmのV-iであるA7-Dmが使用されている。最後の和音がGmのVであるDでなく、Dmで終わっているのは、恐らくこの後の和音がiであるGmではないからだろう。もしこの後にGmが続くのであれば、ドミナントで終わる半終止を作りたいのでA7をDに解決させることは、必至である。しかし下記のように次の和音はF7である。

Hungarian dance no.1 Brahms_ページ_06

ここでも転調が為されており、クラシックでは超基本的とも言える、平行調への転調だ。調はBbメジャーへと転調され、そのVである、F7、そして後にIであるBbへと解決する。ここからの解釈は人それぞれだが、後のEbの和音は、私はBbメジャーのIVと解釈する。IV-iiiへ、すなわちEb-Gmへコードは移動して、フェルマータを迎える。そしてこのiiiは、元のキーであるGmのiである。Gmへ戻るためにドミナントVであるD7を次のコードとすることで、元の調へ回帰しようとするベクトルを強めることに成功している。

追記として、2小節目にある、1st Vlが弾くゴーストノートはあまり効果的だとは思わない。これは経験則だが、これぐらいのBPMでのストリングスのゴーストノートは楽譜にあるにも関わらず強調された試しがない。後のトリルは十分な時間があるのと、パッセージ上、弱起であってもアクセントつく場所であるため容易に聴こえるのだと思う。しかしこの2小節にあるパッセージは、指揮者が注意をもって指摘しない限り効果的にならないように思える。

残りの展開は、ほぼ繰り返しと言ってよい。ある程度の違い見せるために楽器がさらに足されている程度であり、新しいカウンターメロディがあるわけでも、新しい和声進行があるわけでもないので割愛する。

P10 3:00~ エンディング

Hungarian dance no.1 Brahms_ページ_10

リハーサル番号Kからは、一応コードをふっては見たもの、恐らくあまりコードを意識して作ってないように感じる。これはいわゆるまだ理解の外側である対位法と呼ばれる書法だと推測される(対位法のまとめについて後日じっくりしたい)。というのも、和音の基本である3和音がどこにも出現しないからである。恐らく、最初に作ったのはベースであり、ベースはGmナチュラルスケールをただ単にGから3度ずつ下降しているだけである。他の楽器で弾かれるアルペジオもただの3度であり、ベース同様平行して下がっている。それに便宜的な16部音符のパッセージを1st Vlなどに任せて色をつけただけである。
ここでは和声に機能が求められるという性質は薄くなり、So Whatというモードジャズの性質に近いと思われる。このKから5小節間は、ただ単にGmナチュラルスケールが弾かれるだけでドミナントだのトニックなどの機能はない。

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モード・ジャズとしてジャズ界に革命を起こしたこのSo Whatは、コードが2つしか存在しない。しかしこれを弾く者には誰一人してコードを意識して演奏することはない。なぜならクラシックで培われてきた機能和声という概念がここには存在せず、ただスケールが存在するだけである。極端に言えば、最初のDmのところはDドリアンの構成音であれば何を弾いてもいいという音楽なのだ。だから書かれている和音も決してDmの構成音ではないし、ましてや、トニックやドミナントという性質もないのである。

話を戻して、このリハーサル番号Kから6小節目のCmに行くまでの間は、ただただGmナチュラルスケールが弾かれているだけであるように思われる。

話はモード音楽から外れるが、このエンディングにベースが対位法的に3度で移動するのはなんとなくオーソドックスな書法だと思われる。

この音楽は、元はジプシーの民族音楽ということもあってか、ジャズと相性がいい。youtubeでたまたま見つけたこのジャズアレンジはいいと思う。


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