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観察日記

「助けて! 今すぐ、来て」
 真夜中。ベッドでスマホをいじっていたら、突然、友人から電話でSOSされた。事情を聞いても、彼女はひどく取り乱していて会話にならない。どうも、ただごとではなさそうだ。終電はなかったので、彼女のマンションまでタクシーで急行した。
「お願い。朝まで、ずっと一緒にいて」
 部屋に入り、二人掛けのソファに密着して座る。友人は玄関を開けてからずっと私の手を握りしめていた。
「いったい、何があったの」
「警察に連絡したんだけど、まともに相手されなくて。親に電話しても繋がらなくて。私、怖くて。一人でいるのが耐えられなくて……」
 よしよし、と背中をさする。十分後、彼女のしゃっくりが収まるのを待ってから同じ質問をする。
「これ、見て」
 虫の死骸でも扱うように、彼女は自分のスマホを指でつまんでテーブルの上に置いた。画面にはブログとおぼしきサイトが表示されている。
「これを読めばいいの?」
 彼女が無言で頷く。スマホを手にすると、『女子大生ミカの日常』という見方によってはいかがわしい感じのするタイトルが目を引いた。ミカとは、彼女の名前である。一覧をざっとスクロールするかぎりあたりさわりのない記事が並んでいたが、過激な内容のブログを書いて小遣い稼ぎでもしていたのだろうか。とりあえず、三か月前の「はじめまして」という記事をタップする。

『はじめまして(2018年5月23日 17:07)
 こんにちは! 大学2年生のミカです。
 このまえ二十歳になって、何か新しいこと始めたいなーって思ったので、今日から、このブログで日々の出来事を書くことにしました!
 なんてことない、普通の毎日ですけど。。。
 女子大生のリアルな日常を覗く感覚で見てもらえたら嬉しいです!

 まず、かんたんに自己紹介します。

 名前:ミカ
 職業:大学生
 専攻:栄養科学
 出身:神奈川
 趣味:ディズニー(月二回は行ってます)、園芸(観葉植物たくさん育ててます)
 好きな食べ物:塩らーめん
 嫌いな食べ物:トマト
 特技:ダンス

 将来は管理栄養士になるべく、日々、大学で励んでいます。
 けっこう飽きっぽい性格なのでどれくらい続くか分かりませんけど、、、三日坊主にならないように頑張ります!
 よろしくお願いします!』

「あんた、こんなの書いてたんだね」
 私は冷やかし気味に笑ったが、彼女は顔面蒼白でうんともすんとも言わない。その普通ではない反応に胸騒ぎがしてくる。別の記事に、何かとてもショッキングな出来事が書かれているのだろうか。おそるおそる「次へ」を押す。

『早起き(2018年5月24日 20:50)
 今日は朝6時に起きました!
 1限の授業がない日はだいたい9時くらいに起きてバタバタ支度するんですけど、近所の公園を散歩したり、朝ごはんをゆっくり食べたり、たまには早起きするのも気持ちいいですね。
 大学に着いたあともまだ時間があったから、構内のカフェで課題をやっつけました。えらいぞ、今日の私。周りが静かすぎるより、少しくらいざわざわしてる方が集中できるから、勉強は図書館よりもカフェ派です。二年になってから授業はどんどん難しくなってきたけど、、まだついていけてます!
 お昼は、空いてる教室でユキちゃんとご飯。学食は人多いし、あんまり美味しくないからめったに利用しません。てか、栄養学部があるのに、学食が美味しくないってどういう。。。』

『ぐんぐん成長(2006年5月25日 21:53)
 一ヵ月前にお迎えしたモンステラに新しい葉がどんどん出てきました!
 先月が
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 で、いまが
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 です。
 すごい成長スピードじゃないですか!
 まだ根詰まりとかは起きてなかったけど、4号鉢だとちょっと窮屈な感じがしたので大きい鉢に植え替えしました。
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 ちなみに、他にはパキラやガジュマルも育てています。
 【画像】
 【画像】

 どの子もかわいくて、日々の成長が楽しみです。これからも、定期的に近況報告していきます!』
 
 ブログに掲載された画像をじっと見る。
 どれも、この部屋にある観葉植物を正面から撮影した写真だ。どこかに幽霊でも写りこんでるのかとドキドキしたが、特におかしな点はない。内容もこれといって気になるところはない。ブログではキャラを変えているのか、ミカっぽくない淡々とした文章だなと思うくらいだ。次へ進む。

『デート(2018年5月27日 22:01)
 今日は銀座でママとデートしました!
 成人のお祝いはもうしてもらったんですけど、誕生日プレゼントをさらに買ってくれるというのです。太っ腹!
 というわけで、前々から欲しいなあと思っていたミュウミュウのバッグを買ってもらいました。 
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 ランチも、高そうなお寿司に連れてってもらって、至れり尽くせりです。
 一人暮らしだけど、学費も生活費もぜんぶ出してもらってるし、いままでバイトもしたことないんですよね。。こんなに甘やかされて、社会でひとり立ちできるのか、、、最近、ちょっと不安』

 そういえば、そんなことをボヤいていたな。
 奨学金で大学に通い、フルコマの日も夜にバイトを入れている私からすればなんて贅沢な悩みなんだろうと、ムッとしたのを思い出す。
 それ以降の記事もタイトルだけ目を通す。更新は二、三日に一回くらいの頻度で続いており、どれもテイストは同じに見える。最新の投稿だけ本文を読んだが、二日前に私と二人でディズニーで遊んだことが書かれているだけだった。
「なによ。ただの、あんたの日記じゃん」
 肩の力が抜ける。でっきり、泥棒に入られたとか、夜道を追いかけられたとか、一人暮らしの女にとって背筋が凍るような事件が記されているのかと思ったが、ただの日常が綴られているだけだった。
「ぜんぶ、事実なのよ……」
 いまにも泣き出しそうな声で彼女が言う。
「嘘なんか吐いてないのに、コメントで叩かれたってこと?」
 そういえば、コメント欄まで確認していなかった。私が首をかしげると彼女は声を荒げた。
「知らない人が書いているの!」

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