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ホロコースト修正主義者、ロベール・フォーリソンは図面が読めなかった。

ジャン・クロード・プレサックの『アウシュヴィッツ ガス室の技術と操作』(AUSCHWITZ:Technique and Operation of the Gas Chambers)の翻訳もあと10ページ、やっと終わりに近づいてきているのですが、

これが最終章の「著者の後書き」が、思いのほか長文が続いており、なかなか難渋しております。全部で564ページなのですが、この本は30㎝×40㎝、多少分かりやすく用紙サイズで言うと、およそA3サイズの大きさの本でして、ですので感覚的にはその倍、普通の書籍で言えば1000ページくらいの分量はある気がします。なんでこんな膨大な量の本を翻訳しようなどと、無謀なことをしているなぁと我ながら頭抱えてます。相変わらず、翻訳作業にはメインでDeepLを使用していますが、この機械翻訳は「優秀そうに見えて実は結構扱いづらい」のでして、結局のところ、機械翻訳を使わない翻訳作業でのキーボードタイピング時間を減らしている、くらいの速度しか出ないのです。実際には結構修正などでタイプしてますしね。

さて、今回の記事は本内容は短いのですけど、このプレサック本をプレサックが書くまでに至ったのは、元々、プレサックはアウシュヴィッツを小説を書くために調べるために、アウシュヴィッツ博物館を訪れていたのです。そのうちに、修正主義者の重鎮であるロベール・フォーリソンと連絡を取り合うようになり、同じフランス人だったこともあり、他のフランス人の修正主義者なんかと仲間的に行動するようになっていったのです。ところが、徹底的に調べるうちに、アウシュヴィッツ博物館のアーキビストと割と仲良くなったりして、それでたくさんの資料に触れているうちに、どうも本当に殺人ガス室はあったみたいだな、との感触を得ていくようになったのです。

で、この本では何度もフォーリソンの名前が出てくるのですが、実質的には1981年頃にフォーリソンと決別した後は、フォーリソンに悪態ばっかりつくようになったようです。このプレサック本でも本当に完全に見下されています。私自身は、フォーリソンが何を語っていたかをあまり知らない時期から、修正主義者だと言う理由だけで、半ば決めつけ的にフォーリソンなんて単なるバカだろう、くらいに考えていました。これは私自身が過去、日本の歴史問題(南京事件)に取り組んで、それらの修正主義者の主張を見てきたからですが、とは言え、ホロコースト否定の世界では重鎮ですから、知識量だけでは私なんかゴミクズレベルでしかありません。

ただまぁ、それなりに少しづつフォーリソンの主張に接するようになると、少しづつその「バカさ」が見えてくるようになりました。そんな折、一年か二年かほど前、ネットにアップロードされていた日本語翻訳付きの古いフォーリソンの動画を見たのですね。その頃には、ホロコースト否定論の細かい内容も少しずつ知るようになってましたから、その動画の内容の半分ほどはよくわからなかったのですけど、ある部分で目が点になったのです。て言うか思わず声に出ました。

「は? あなたそれ、今あなたが示した図面で自分が言ってる主張がおかしいことがわからないの?」

と。フォーリソンはその動画の中で、アウシュヴィッツの第一ガス室はおかしい、とばかりに図面を示したりして語っていたのです。一応その図面を以下に示しましょう。

1941年9月付のクレマトリウムⅠの図面ー右下がガス室
1944年9月付のクレマトリウムⅠの図面ー防空壕に改修されたもの

この二つの図面と、戦後に復元されたクレマトリウムの状態を比較すれば、戦後〜現在の状態は1941年の状態とは色々と異なることがわかるはずなのです。その詳しい解説は以下を見てもらうとして、

こちらの論文の14ページにあるような、フォーリソンの主張は本当に馬鹿げています。なんのことかと言うとこれです。

フォーリソンが大好きな左側のアメリカの死刑ガス室はここではどうでもいいのですが、右に掲載されている写真のドアの話です。そのドアは、ガス室に設置されていたガス気密ドアではありません

上の「ガス室のドアがペラペラ?」の解説を読めば分かりますが、そのドアが現在の公開されているガス室に面しているように見えるのは、戦後の復元工事の時に、防空壕だった時の壁を一枚多く取り除いてしまったからです。

フォーリソンは、アウシュヴィッツ博物館から親切にも、クレマトリウム1の当時の図面を貰っているのですから、それをよく見比べれば、戦後の復元が間違っていることくらい簡単に気づけたはずなのです。これほどに、フォーリソンは図面が読めないのです。

しかも、驚くべきことに、フォーリソンのこの主張を鵜呑みにした修正主義者は後々にも続出していたようです。オーストラリアの修正主義者、フレデリック・トーベンもその一人だったことを確認してます。なぜ彼らはちゃんと確かめようとしないのでしょうね?

で、プレサック本の中でも、プレサックはきっちり「フォーリソンは図面が読めない」とこき下ろしています。

そーゆーわけで、もし現在これを読んでるあなたがフォーリソン説を信じているのであれば、フォーリソンってそのレベルの人だったのだと少しは認識したほうがいいと思います(笑)

今回は短い記事ですが、以上です。たったの2100文字程度。プレサック本の「著者の後書き」は多分10万文字くらい行きそうです・・・


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