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アガサ・クリスティー関連書籍 紹介と感想 『殺人は容易ではない アガサ・クリスティーの法科学』

カーラ・ヴァレンタイン/久保美代子 訳『殺人は容易ではない アガサ・クリスティーの法科学』化学同人, 2023

イギリスの解剖病理技師でアガサ・クリスティーの大ファン、現在はロンドンの聖バーソロミュー病院の博物館で解剖学的試料を管理している著者が記す、法科学分野における基礎知識と歴史の解説、クリスティー作品でどのように扱われているかを解説している本になります。

本書では、「指紋」「微細証拠」「法弾道学」「文書と筆跡」「痕跡、凶器、傷」「血痕の分析」「検視」「法医毒物学」の8つに分けて解説を行っています。
一般読者を想定して書かれているため、基本的な所から説明してくれており、文体もエッセイ風になっているため、専門的な内容を扱っているにも関わらず、非常に読みやすいものとなっていました。

本書を読む事で、アガサ・クリスティーが毒についての知識だけでなく、その他の法科学的な知識についても勉強を怠らず、当時の最新知識を学んでいたということが分かります。


クリスティーは活動期間が長く、その期間が法科学の歴史においても大きな変化があった時期と被っているため、その作品を読んでいくだけで、法科学の進化の歴史を辿れると言う事を著者は教えてくれます。
自分は、法科学的な知識はミステリー関連の創作で触れる程度しかないため、読んでいて非常に勉強になりました。

クリスティーの時代だけでなく、それぞれの分野の歴史的な流れや現在の捜査ではどのような検査がなされているのかにも触れられており、様々な時代・舞台のミステリーに触れる際にも役に立つ内容でした。


知識的な部分だけでなく、事実は小説より奇なりと思ってしまうほど、様々な手段で行われた歴史上有名な殺人と、それを暴いた法科学の事例の紹介も多岐にわたっており、ミステリー的な興味で楽しめました。

中には、「毒入りサンドイッチ事件」ことハーン事件など、クリスティーが執筆の際に参考にしたのではと著者が考える、特徴的な事件の紹介もあるため、ややネタバレと言える記述がある点には注意が必要かもしれません。
もちろん、犯人を明かすような決定的なネタバレはありませんが、解説書の側面がある本のため、作品の構造や殺害の方法についてのネタバレ的な部分はありました。


クリスティーには、「殺人なのかどうか?」「どんな手段を使用したのか?」が物語の謎として重要になっている作品もあるため、「法医毒物学」の章は特に注意が必要かもしれません。
巻末に、原作毎にどのページで触れているかの索引があるため、未読の原作でまっさらな状態で読みたい作品がある際には、先に原作を読むか、そのページを避けると良いと思います。

記憶に残ってるだけでも、『オリエント急行の殺人』『ABC殺人事件』『物言えぬ証人』『書斎の死体』『蒼ざめた馬』あたりは、個人的に未読の人にとっては際どいネタバレがあるかなと思いました。


著者が楽しんで書いていることが文章から伝わり、読んでいる読者にも法科学への熱がいつの間にか伝染している。

法科学的な視点で書かれたエッセイとしても楽しめ、本書で知った知識を意識して原作を再読もしたくなる。専門知識を扱った入門書としても、リーダビリティの高い良い本でした。

 わたしは法科学の歴史が大好きだし、熱烈なミステリファンでもある。アガサ・クリスティーの作品は、このふたつの要素がみごとに融合している。捜査手順を正確に記述したいと願う作家が、作品のなかに盛りこんだ犯罪学や法医学的な科学の変遷をみれば、いまや研究分野のひとつになった法科学の進化がよくわかるだろう。

カーラ・ヴァレンタイン/久保美代子 訳『殺人は容易ではない アガサ・クリスティーの法科学』化学同人, 2023, p.4

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