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「じぶんの街の、本屋を育てる」 / 本屋の二階で、本をつくる(1)

執筆 株式会社三輪舎 代表取締役・編集者 中岡祐介

好きな本屋が身近にない

 ぼくは東急東横線の菊名に住んでいる。にぎやかな駅の構内とは打って変わって、外へ出ると街はいつも静かだ。そんな街が気に入って住んだ、……わけではないのだけれど、住んでいるうちに、この街での暮らしを気に入ってしまった。居心地のよい喫茶店が欲しいと思っていたら、駅の反対側にあったマクドナルドが閉店し、その跡地にドトールがオープンした。安い八百屋があったらと思っていたところ、これでもかという破格の値段で野菜を売りさばく「鈴木青果」がオープンした。まだまだ不足はあるけれど、多少の不便はあっても、だいたいのことは満足している。

 しかし、ひとつだけ満足できていないことがある。この街には、好きだといえる本屋がないことだった。

 ぼくには、好きな本屋がいくつかある。ここ数年の書店開業ブームもあって、その数はますます増えている。まるで、ぼくのために仕入れをしてくれているのでは、と錯覚するほどに、そこへ行くと、たくさんの本を手にとってしまって、ほとばしる購買意欲を抑えきれなくなる。

 しかしながら、それらの本屋を訪れるには、電車を乗り継いで1時間以上かかる。出不精で、人混みが苦手なぼくには、好きな本屋へ行くのは、気軽なことではなく、大きな決断である。また、好きな作家さんのイベントを開催していれば、ぜひ行きたいなぁと思うのだが、夜に出かけるのは気後れする。家族のこともある。

 近くに、せめて東横線の沿線、多摩川よりこっち側に、選書がすばらしく、定期的にイベントなんかもやっている、いい本屋があればいいのにと思った。できることなら徒歩圏、スープが冷めない距離がベスト。でも、せめて自転車で行ける距離にあったら。本好き、本屋好きなら、誰もが思い描くだろう、夢。実際、そんな暮らし環境を積極的に実現しようと、自分の側から本屋の多い街、例えば吉祥寺や西荻窪、「谷根千」などに移り住むひとは多い。自分はすでに菊名に根を張ってしまっているから、それは当面、実現しない無理な夢である。

なくなってもらっては困る本屋

 その頃、隣街・妙蓮寺にある石堂書店と少しずつ関係ができ始めていた。三代目である石堂智之店長は同世代で、子どもの年齢もだいたい同じぐらい。そういうこともあって、三輪舎の経営理念や出版物に興味を持ってくれていた。妙蓮寺にはマイ・ベスト・スーパーである「オーケー妙蓮寺店」があって、週に2回はこの街に足を運ぶ。妙蓮寺駅から徒歩3分のところにある菊名池公園には流れるプールがあって、毎夏子どもを連れて毎週末遊びに行く。妙蓮寺は、ぼくにとって隣町どころか、いわば生活圏だった。

 保育園へ迎えに行く前に時間があれば石堂書店に立ち寄った。注文を受ければ問屋を介さず直接納品しにいったし、そのついでに本を購入した。お世辞にも、すばらしい選書をしているわけではない。しかし、一度行ったら忘れられないぐらい親しみやすい本屋だ。智之さんのお父さんである邦彦さんに、本屋の昔話をしてもらったら面白くなって、保育園へ迎えに行くのを忘れてしまったことが何度もある。関係が深まっていくなかで、こういう本屋がなくなっては困ると思うようになった。もちろん以前から、少しはそう思ってはいたけど、街の本屋が消えていくことに誰も抗することはできない、避けられないことであると思って諦めていた感があった。石堂書店に通っているうち、自分にできることはなんだろうかと思い始めたのだった。

 試しにやってみたのは、インターネット書店「Amazon」で本を買う代わりに、石堂書店で注文することだった。それまでは、ほしい本はいつもAmazonアプリを立ち上げて「ポチ」っていたが、そうと決めてからは、AmazonのURLを、Facebookのメッセージアプリ「Messenger」を使って石堂さんに直接送って、本を注文するようにした。石堂さんがすぐに手配してくれるので、早ければ二、三日で、遅くとも2週間程度で届く。多少遅くても、いますぐ読まなければいけない本はほとんどない。結果、石堂書店での年間購入金額は、積もり積もって10万円以上になった。全体からすると大した金額ではない。しかし、いまAmazonで「ポチ」っているひとの1割でもいいから、街の本屋をつかって購入すれば、本屋をめぐる状況はこれ以上悪くならないと思う。

 こういうことをしながら、気づいたことがある。石堂書店の棚は、少しずつではあるが、ぼくが好きになりそうな本を置き始めていた。ぼくが注文した本を2冊仕入れて、もう1冊は棚に指してあったり、直接言及したわけではないのに、ほしい本が並んでいたりもした。これはぼくの勝手な思い違いかもしれない。あるいは石堂さんが意識的にしたことではない、偶然のようなものかもしれない。いずれにしても、棚の様子が変わり始めたのである。もっと直接的な表現で、しかも、かなり高慢な言い方であることを承知で言うが、「本屋が育って」いったのだった。

本屋を育てる

 このことを機に、ぼくは心に決めたことがある。

 ぼくは出版社であるから、日常的にいろいろな情報や知識を集めているし、人との繋がりもある。それらを使って、売り場づくりやイベント企画に反映できないだろうか。会社員として8年間、本屋業界の隅っこにいた経験もあるし、多少特殊ながら本屋での勤務経験もある。何より、本と本屋と、そしてこの街を愛している。だから、いい本屋を求めてこの場所を離れることをせず、いい本屋がないことを悲嘆することもせず、ぼくは、この街にいまある本屋、石堂書店を「いい本屋」にするお手伝いをするのだ。そのために、自分ができることを何でもやろうと思った。

 そんなことを考えていると、妙蓮寺の不動産屋「住まいの松栄」の社長である酒井さんから連絡が入った。石堂書店の運営について相談があるという。石堂書店の二階で、打ち合わせをすることになった。酒井さんはひととおりの雑談を終えると、こう切り出した。

「三輪舎さんの事務所を、石堂書店の二階に移しませんか」


〈次回へ続く〉





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まちの本屋リノベーションプロジェクトは、2019年8月よりクラウドファンディング、ブックファンディングを開始いたします。 サポートは当プロジェクトの活動費に充てさせていただきます。

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【クラウドファンディング実施中 2019/09/30 23:59:59まで】 昭和24年に妙蓮寺で創業した石堂書店は、これからの「まちの本屋」の役割を見直し、新しい店へと生まれ変わるためのプロジェクトとして、「まちの本屋リノベーションプロジェクト」を起ち上げることにしました。
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