百合小説「絵里と紗耶の帰り道」

 友達だと、思っていた。

 半袖だと少し涼しく感じられる季節の境目。いつもと同じ下校中の、私と紗耶の分かれ道の曲がり角で、紗耶は振り返って私を見つめた。いつもなら「また明日」と別れるところなのに、紗耶は私を見つめたまま黙っている。
「どうしたの、紗耶?」
真剣な眼差しで見つめ続ける彼女に耐えきれなくなり、私は声を掛けた。彼女は黙ったまま「ううん」と首を振り、私を見つめ続ける。いつもと違う彼女の様子に、私は少し不安になりながら彼女の言葉を待った。
 私たちの横を車が通り抜けた。風が冷たいなと思いながら、紗耶を見つめ返した。「また明日」と切り上げるのは出来ない視線だった。
「あのね……」と彼女はようやく口を開いた。私は何を言われるのか何となく察してしまったが、「うん」と頷いて、先を促した。
「私、絵里のことが好き……。友達だけではいられないの」
そう言われた私は、以前から何となく気付いていたけれど、わざと触れないでいた自分と向き合わなければならないと思った。もちろん紗耶の気持ちとも。
 紗耶は言い切ったからなのか、俯いてしまった。長めの前髪で表情が見えない。そんな彼女の髪の分け目を見つめながら、撫でたら怒るんだろうなと思った。気ままなことを考えている自分をたしなめて、紗耶のことを考えた。
 同性であることは気にならなかった。けれど、彼女にはもっと良い人がいるんじゃないか、私である必要があるのか、私が彼女のタイプじゃなかったら良かったのにと思った。
 私は彼女に相応しいのか?
 分からない……。
「ごめん、紗耶……、少し考えさせて」
 絞り出すように言った私の言葉に、紗耶は「分かった」と頷いた。バイバイと手を振った時の彼女は辛そうだけれどほのかな笑顔をしていた。その笑顔に心がツンとした。
 彼女にはもっと世界を知って欲しかった。私だけにとらわれて欲しく無かった。彼女が私のいない、知らない場所で輝いている姿を想像していた。それはとても彼女に似合っていて、でも少し寂しい気持ちがした。
 寂しい気持ち。私は自分の知らない紗耶を想像して寂しいと思ったのか。紗耶の隣に自分がいないことは寂しいのか……。
 紗耶と私はいつも一緒にいた。クラス替えで別になってしまったときも、朝は待ち合わせて登校し、お昼は一緒に食べ、帰りも分かれ道まで帰った。気づかないうちに彼女との時間は積み重なって、私の日常になっていた。私と彼女は違う人間だと分かっているけれど、無くてはならない自分の片割れになっていた。
 そんな彼女を失ったら。
 きっと私は何か物足りない生活を送るのだろう。紗耶がいない生活など送れないくらい、彼女は私の生活の中に浸透している。そんな彼女を切り離すなど、どうかしている。
 でも、彼女は私に好意を抱いて、一緒に居たいと思っているのに、紗耶がいない生活を送れないなんて自分勝手な、不釣り合いな感情のまま、彼女の隣にいても良いのだろうか。
 好意なのか、依存なのかも分からない。でも、彼女がいないことは辛すぎる。
 私は来た道を走って戻り、曲がり角を駆け抜け、紗耶の元に走った。
「紗耶!」
走った勢いのまま、振り返った彼女を抱き締めたら、紗耶が驚いて私を見上げた。
「ど、どうしたの?」
彼女の息が首に当たってくすぐったいなと思いながら、こんなに愛おしい存在だったのだとこみ上げてきた。
「紗耶、私は紗耶のことが好きかまだ分からない……。でも、紗耶がいないことを考えたら、辛くて、紗耶がいない毎日なんて、過ごせない……」
腕の中の彼女は声を湿らせながら「うん」と答えた。
「紗耶は私のことが好きで、真剣に考えてくれているのに、こんな中途半端な気持ちのまま答えて良いのかわからないの。でも、紗耶が隣にいて欲しい……。釣り合ってないって思うけれど、そばにいて欲しいの……」
彼女は頷きながら、涙をこぼし始めた。その涙を拭ってあげながら、私よりも小さな紗耶が私のことをこんなにも考えてくれていたことが分かって、胸のあたりがじんわりと温かくなるのを感じた。
「絵里、ありがとう……。あんなこと言ったら絵里と友達じゃなくなっちゃうと思ったけれど、ずっと黙っているの苦しかったの。ごめんね、絵里、こんな私でも、絵里のことが好きな私でも、一緒に居たいって言ってくれて、ありがとう」
切なそうに笑った紗耶を見て、違う、自分の気持ちはもっと違うと感じた。一緒に居たいけれど、本当はもっと違う感情がある。ぎゅうっと彼女を抱きしめたら、彼女の細い髪が私の頬をくすぐった。
「紗耶、ごめん、違うみたい……、私、やっぱり紗耶が好きなんだと思う。好きだから、離れてほしくないし、どこにも行って欲しくない。私の隣で一緒に歩いて欲しい」
強く抱きしめているせいで彼女の表情は見えない。けれど、腕の中で紗耶は頷いて、私の背中に腕を回して抱きしめ返してくれた。
 紗耶とずっと一緒に居たい。これはきっと『好き』なんだと思う。確信はないけれど、彼女といれば、きっと分かってくるだろう。
 夕焼けの温かい日差しを浴びなら、ぼんやりとそう思った。二人の影が長く伸びていた。

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