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『卒業、果て剥がれて』脚本冒頭公開

はじめに

2023年3月22日、23日に行う古川智恵子プロデュース公演『卒業、果て剥がれて』の脚本の冒頭を無料公開!
この脚本が演劇としてどう立ち上がるのか、ぜひ当日劇場でご覧ください。

また、本作の原作となった『魔法少女になりたいの』は全編無料公開されていますので、ぜひ読み比べてお楽しみください。

※著作権は作者に帰属します。許可のない複製・上演等はご遠慮ください。また、本作に関するお問い合わせは、mr000daydreamer@gmail.comまでご連絡ください。

『卒業、果て剥がれて』 ──異稿『魔法少女になりたいの』

作:沢見さわ  (Mr.daydreamer)
原作:『魔法少女になりたいの』(作:上野隆樹)

<登場人物>
わたし
あのこ

誰もいない/もしくは/多くの人がいる、大学のキャンパス

わたし: ここは、どこ、でしょうか?
あのこ: どこ、というのは?
わたし: どこ、と聞いているんです
あのこ: 場所を指して、どこ
わたし: もっと概念、的な、どこ
あのこ: まあ、どこでもない、わけですが
わたし: ……まあ、わかってるんだけどね
あのこ: だよね
わたし: 学部、どこ?
あのこ: 魔法
わたし: え?
あのこ: 魔法
わたし: ……えー
あのこ: 魔法学部少女論専攻
わたし: 想像学部マルチメディアコミュニケーション学科
あのこ: 何勉強するの?
わたし: そっちこそ
あのこ: 少女について
わたし: マルチメディアコミュニケーションについて
あのこ: ウケる
わたし: ウケないよ
あのこ: マルチメディアコミュニケーションってなに
わたし: わかんない
あのこ: マルチなメディアでコミュニケーションするんだ
わたし: 馬鹿にしてる?
あのこ: コミュニケーションってなに
わたし: コミュニケーションは、コミュニケーションだよ
あのこ: ふーん

あのこ、わたしの首すじを撫でる

わたし: なに
あのこ: コミュニケーション
わたし: おかしいでしょ
あのこ: おかしくないよ
わたし: だって触っちゃいけないんだよ
あのこ: どうして
わたし: それは、あの、菌が
あのこ: 菌?
わたし: 緊急事態だから、いま
あのこ: 禁忌
わたし: 禁忌?
あのこ: ルール違反
わたし: そう、ルール
あのこ: 高鬼10秒
わたし: 石灰のライン
あのこ: 内野と外野
わたし: いつまでも鬼にならないわたし
あのこ: 机はちゃんとくっつけなさい
わたし: くっつかないその隙間にこぼれる牛乳
あのこ: ソーシャルなディスタンス
わたし: 何メートルだっけ
あのこ: 腕を伸ばして、くっつかない距離

わたし: 入学とともに訪れたパンデミックは、この世界を四角く切り分けた。やけに白く細長い六畳の部屋、組み立てたばかりの安い家具たちは解体に耐えないほど脆く、もうここから運び出すことはできない。機械仕掛けの石板から覗くのはパステルカラーの学生ポータル、わたしが手に入れたのはここにログインするためのおまじないの言葉、IDは学籍番号です。触れ合わないことが正義の世界。オンライン授業では、自分の顔ばかり見てしまう。

あのこ: ねえ、僕と濃厚接触しよ?
わたし: は?
あのこ: 間違えた。僕と契約して、魔法少女になってよ!
わたし: ……なんか聞いたことある
あのこ: 契約は済んでる?
わたし: 契約
あのこ: 契り
わたし: したことない、と思うけど
あのこ: よかった
わたし: え、でもわたし少女って歳じゃない
あのこ: いくつ
わたし: 22
あのこ: 18じゃないの?
わたし: あれ
あのこ: どちらにせよ別にそんなに気にすることじゃないよ、22、13と9、忌み数の組み合わせ、最高じゃん
わたし: で
あのこ: いまどき成人プリキュアもいるんだし、18歳
わたし: でもやっぱ魔法少女って13歳とかなんじゃないの
あのこ: なんでか知ってる?
わたし: え?
あのこ: なんで魔法少女は13歳なのか

閃光

わたし: 窓越しの青空に、閃光
あのこ: 晴天の霹靂
わたし: 13秒の光
あのこ: 理科準備室、窓際の棚の三段目
わたし: マグネシウムの瓶
あのこ: 僕が火をつける
わたし: 焼け落ちて、酸化する、そして白く
あのこ: その光は教室を真っ白に塗りつぶす、13秒
わたし: やけに長い13秒
あのこ: 13年
わたし: 7度目の教室
あのこ: 永遠に思えた小学校を卒業して、その先にはまた教室があった

サイレンのような学校のチャイム
目まぐるしく入り乱れる人間。登下校。
クジラの影と、響く鳴き声

あのこ: 僕は、魔法を使えない
わたし: そもそも、魔法、なんてオカルトを信じていない
あのこ: 信じていたのは、そう
わたし: 小学4年生まで
あのこ: 2分の1成人式
わたし: なんていうワケの分からない大人のエゴ
あのこ: それが10歳の私に準備されていた儀式
わたし: 無理やり大人にさせられる感覚
あのこ: そのとき卒業したのは僕の童貞
わたし: 守るものでもない
あのこ: だから僕は魔法使いになれない
わたし: ホウキに赤いラジオを引っ提げて夜空を駆けるあの子
あのこ: 喋るネコ
わたし: 初恋
あのこ: 僕の好きな映画
わたし: 13歳になればこの街から飛んでいける
あのこ: そう信じてた

クジラの鳴き声

あのこ: 聞こえる?
わたし: なにが
あのこ: クジラの鳴き声
わたし: ……聞こえない
あのこ: 契約しないからだよ
わたし: でも、覚えてる?
あのこ: 何を?
わたし: チャイム
あのこ: ……
わたし: わたし、もう学校のチャイムの音なんて忘れちゃったよ
あのこ: ……
わたし: 覚えてる人なんていないと思う
あのこ: ……契約してよ
わたし: 嫌だよ
あのこ: 僕と契約してよ!
わたし: 嫌だって
あのこ: 守ってばっかりだね
わたし: ……

クジラの鳴き声

わたし: 7度目を超えて、円環のさなか、永遠の教室に閉じ込められるあの子
あのこ: 僕には、以前の教室で何をしていたかとか、そんな記憶はないけれど、教室はそれを覚えている
わたし: あの子は、先生のお気に入りだった
あのこ: この体が、僕だけのものじゃないことを知っている
わたし: 放課後、あの子は理科準備室に行く
あのこ: 僕が座る、この席に、前はどんな人が座っていたのか知らない
わたし: みんながあの子を見つめる
あのこ: 世界は、微妙に姿を変えて繰り返される、永劫回帰、ループ
わたし: 視界の端であの子を捉える
あのこ: 私と自称していた僕が、僕として少女を捨てる
わたし: 下校時間までの数時間、密閉された理科準備室
あのこ: 仄暗い間接照明は、僕の影をこの校舎に焼き付けはしない
わたし: 先生と2人きりの空間で
あのこ: だから、眩いばかりの光がほしい
わたし: 2人は秘密の実験を続ける
あのこ: 魔法少女として選ばれる僕
わたし: それはこの
※わたし: 世界
※あのこ: 教室
わたし: の秩序を壊す爆弾
あのこ: 爆発による粉塵が、世界を覆いつくす
わたし: あの日は曇天だったか、晴天だったか
あのこ: 先生が僕らの抑止力
わたし: 教科書を聖典として、教壇に立つのは牧師、女だけのこの教室に説かれる教えは何
あのこ: 僕の初恋は、先生でした

教室はどこか遠くに見え、商業ビルの跡地
ふたりは立ちつくす

あのこ: 魔法少女の変身ってさ
わたし: うん
あのこ: 初潮のことなんだって
わたし: へー
あのこ: だから13歳
わたし: あーね
あのこ: 巫女さんってさ
わたし: うん
あのこ: 処女じゃないとなれないんだよ
わたし: 処女?
あのこ: セックスしたことない女の人
わたし: いや、知ってるけど
あのこ: じゃあなんで聞くの
わたし: なんでだろ
あのこ: 隣のクラスの三村さん
わたし: うん
あのこ: この前、首にキスマークいっぱいついてたね
わたし: うん
あのこ: あれ、痛いのかな
わたし: どうだろ
あのこ: キスマークって、口紅じゃないんだね
わたし: あんなの、見せびらかさずに隠せばいいのに
あのこ: 内出血なんかじゃなくて、噛み切ってくれたらいいのに
わたし: 痛いじゃん
あのこ: イブってさ
わたし: うん
あのこ: アダムの肋骨から作られた
わたし: うん
あのこ: マリアさまは
わたし: うん
あのこ: 処女のままキリストを生んだ
わたし: 処女懐胎
あのこ: そう
わたし: 三村さんってさ
あのこ: うん
わたし: かわいいよね
あのこ: そうかな
わたし: いいなあ
あのこ: かわいくなりたい?
わたし: かわいくなりたい
あのこ: 化粧とかかな
わたし: したことある?
あのこ: なにを?
わたし: 化粧
あのこ: ない
わたし: 化粧したらかわいくなれるのかなー
あのこ: 魔法じゃないんだから限界はあるんじゃない
わたし: えー

冷たい風が吹く

わたし: かわいくなったらさ、ぜんぶ大丈夫になる気がする
あのこ: ……
わたし: かわいいって、前提だから
あのこ: ……
わたし: この世界の主人公になるためには、かわいくなきゃいけないから
あのこ: ……
わたし: みんなからかわいいって言われなくてもいい、
ただひとりでも、私のこと、かわいいって言ってほしい
あのこ: イメージするんだ
わたし: え
あのこ: 強く、強く、イメージする、想像する
わたし: 何を
あのこ: 魔法
わたし: 魔法?
あのこ: キラキラの光に包まれて、パステルカラーのコスチュームに身を包むこと、髪は艶やかに、カラフルに、長く腰まで伸びること、覗き込むのはコンパクト、手にはステッキ、顔にはメイクを施され、腕も脚も細く、それでも力に満ちていること
わたし: それは、変身じゃ
あのこ: ビームを出し、長い脚でキックを繰り出し、相棒と手を取り合い、敵を倒す
決して殺さない、和解する、分かり合える
わたし: ……
あのこ: どんなにボロボロになっても、いつだってかわいい
わたし: ……
あのこ: その華奢な体で世界を背負い、愛される
わたし: ……
あのこ: 使い魔を宿す
わたし: ……
あのこ: そして、空を飛ぶ
わたし: ……何を期待されてるの、私たち
あのこ: さあ

あのこ、飛ぶ
わたし、屋上からその様を見送る

(続く)

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