N.000『ポーラの本棚』
皆が寝静まる夜。ポーラはひどく悩んでいた。
首を傾げる彼女の目の前には、数え切れないほどの本がずらりと天井まで積み上がっている。
眠る前に本を一冊読むのが、ポーラの日課だった。父親の書斎の本棚の中から、表紙とタイトルを頼りに選んだ本を一冊携えてベッドに潜り、空想の世界に浸りながら眠りにつくのが、彼女にとって1日の終わりを締めくくる為の決まりのようなものであった。
しかし、今日に限ってその一冊がなかなか決まらない。手には取ってみるものの、今ひとつ決め手にかけるのか、元あった位置に戻し、再びうーむと腕を組む。その繰り返し。
几帳面で神経質な性格のポーラにとって、本を読まずに眠るという事は、2時間ランニングをしてシャワーも浴びずにデートに向かうのと同じぐらい、あり得ない事だった。彼女にとって読書は、もはや生活の一部であった。
かれこれ、30分は経っただろうか。
ポーラはふと、一冊の本に目が止まった。真っ白な、見覚えのない背表紙だった。この区画にある本は大体読んだ事がある筈なのだが、その本だけは全く思い出せなかった。もしかして、父親が新たに購入した新刊だろうか。彼女はその本を手に取った。
真っ白なのは背表紙だけではなかった。その本には、タイトルはおろか、著者の名前すらどこにも書かれていなかった。本である、という事以外の情報は何一つ読み取れなかった。
ボーン。
書斎の時計が日付の変更をお知らせした。同時に眠気も迫ってきた。他に読むものも思いつかないので、ポーラはとりあえずこの本を片手に、ベッドへと向かった。普段通り、枕元の明かりだけをつけて、ベッドに潜り込む。本を開いてみて、ポーラはそのくりっとした丸い目を更に丸くした。
中身も真っ白だったのだ。必死にページをめくってみたが、どこにも文字らしきものは書かれていない。全てのページが白紙だった。
がっかりしたポーラが本を閉じようとしたその時、白紙のページにぼんやりと何かが浮かび上がってきた。
最初に文字が、そして絵が、時に具体的に、時に抽象的に、あるものを形作るように、次々と現れたり消えたりしながら、そのページを埋め尽くしていった。それは、物語だった。どこかで見た事のあるような、でも、誰も見た事のない、ポーラが、今一番読みたいと感じていた物語であった。
気がつけば、朝になっていた。枕元の本は、真っ白のままだった。
ポーラは、真っ白な本を父親の本棚に戻す前に、表紙に自分の指で文字を書いた。
「ポーラの本棚 / 著者・ポーラ」
fin.
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