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M.R.LABO業務紹介:クリエイティブ・ディレクション‐3

感性とコーディネーション・センスが問われる仕事

 前回(2)で述べたようなブレストを招集し、成果物としてまとめ上げていくのはディレクターの重要な役割です。が、その前にもう一つ、大切な仕事があります。それは、スタッフを決めるということです。営業もしくはクライアントから直接聞いた意向に応えるために、「どういったクリエイティブ・スタッフに任せるか」を考え、招集することです。
 デザイナーにしろ、コピーライターにしろ、カメラマンやイラストレーターにしても、各々何かしらの特徴があるものです。力強い表現が得意な人、やさしい感性が際立つ人、都会的で洗練されたセンスがある人、などなど。そういった特徴を知った上で、その時々の案件にふさわしいスタッフを指名するというコーディネーション力がディレクターには必要なのです。
 随分前のことですが、新宿にある某ホテルから、お正月パックのパンフレットの作成依頼がありました。そのホテルは親会社が電鉄系のため、当然グループ全体の広告を担当するハウスエージェンシーがあるのですが、そこを通り越して、ホテルの販促担当者から直接お話をいただいたのです。その理由を聞けば、ハウスエージェンシーから上がってくるデザインは「どれもつまらないものが多くて、使えない」ということでした。内緒でデザインを見せていただいたのですが、確かにどれも、どこにでもあるような無難なもので、お正月らしいワクワク感が感じられません。
 そこで私は、ある”特殊な”デザイナーを起用することにしました。どう特殊かと言いますと、パソコンを使わないでデザインすることを主義としているということです。随分前のことと言っても、今世紀に入ってからのことですから、Macを使い、イラストレーターなどでデザインを作るのが当たり前になっている時代なのですが、そんな中でもまだ、そういった人がいた(!)のです。
 そのデザイナーと私が知り合ったのは、パソコンでデザインすることがスタンダードになる遥か前からですが、その後も、その彼は頑なに(?)我が道を歩み続けてきたというわけです。センスに溢れているだけでなく、シャープなデザインのものでも、何か温もりを感じさせてくれる、手作りならではの良さが彼のデザインにはあるのです。

枠の中に留まるか? 枠をはみ出すか?

 彼のデザインの魅力は、PC画面という”枠”の中だけでデザインしていないところにあると考えています。制作途中のカンプ(この言葉も死語になりつつありますが)を見せてもらったことがありますが、それは大きなケント紙に仕上がりサイズ枠の罫線が引かれ、その上に素材をペタペタと貼り込んだシロモノでした。素材は写真であったり、カット集などをコピーしたものですが、色紙や千代紙なども組み合わせ、イラストなどはきれいに切り抜いて貼ってあるため、パッと見、切り絵と貼り絵の組み合わせのように見えます。写真などの素材や色紙、着彩した色が枠線から大胆にハミ出したりして、かなりワイルドな作品ではあるのですが(笑)、デジタルの世界ではありえない貴重な1点ものです。流行りの言葉をもじって言えば、Non-Fungibleな(Tokenならぬ)Technicといったところでしょうか。
 ところで、クライアントから快諾をいただいた彼のデザイン・カンプは、その後どのように印刷データにしたのか…なぜかそこだけ私の記憶が曖昧なのですが、まさか版下を作って製版したとは考えられませんので、おそらくMacを使える他のデザイナーにフィニッシュをお願いしていたのだと思います。
 ともあれ、PCという枠を超えたデザインがそこにあり、それを気に入っていただいたクライアントからのご指名で、数年に渡って受注させていただくことができました。
 こちらはデザインの話ではないのですが、企画を考えるときの私は、最初は紙に色々書き出しながらアイデアを広げていきます。アイデア出しの段階からPCに向かうと、どうしても見た目のディテールに凝ってしまい、面白みに欠けた企画書になってしまうことが多いためです。
 デザインでもプランニングでも、まずはPCという枠を超えて、発想の翼を広げることが大事だと思うのです。

昔はどこのデザイン事務所にもあったペーパーセメント(写真はフィギュア)

スタッフの力と、ディレクションの力

 目指すべき作品に仕上げるためには、スタッフ起用が重要だということはお分かりいただけたと思いますが、いつもいつも思い通りのスタッフが集まるわけではありません。能力の高いスタッフは人気も高く、新しい仕事を入れ込む余地がない場合が多いもの。そこで、第2候補→第3候補→…と当たっていくのですが、「しょうがないか…」というレベルになってしまうことも当然あるわけです。
 ただ、そういった状況においてこそ、ディレクターの力量が問われることになります。能力の高いスタッフは普通、ある程度”おまかせ”状態にしても、思う通り(または思う以上)のものが上がってきますが、そこまで行けていないスタッフを起用する場合は、しっかり”面倒を見る”必要があります。事前ミーティングを入念に行い、途中途中では細かなチェックをし、必要に応じて修正指示をすることが、ディレクターの重要な仕事になります。
 スタッフの力量に応じて、自らの動き方を柔軟に変化させていく…これも、ディレクターが必要とする”力”だと思うのです。それとともに、スタッフが持っているポテンシャルを最大限引き出すことができれば、ディレクター冥利に尽きるというものです。

 最後に、巷では自動生成AIが話題になっていますが、確かに今後において、クリエイティブの実作業はAIが行うようになるのかもしれません。しかし、それを意図するものになるように仕上げるためには、高いディレクション能力が欠かせないはずです。
 クライアントの意向をしっかり汲み取り、様々な情報を参照しながら、フェイクではない、キチンとした本当に良いものを創るために、これまで以上にディレクターの重要性は高まっていくように思うのです。

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