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第26節 いわてグルージャ盛岡戦【雑感】

クリスティアーノが決めていれば…という話は一旦忘れて試合を振り返っていきたい。前半と後半で全く違う顔を見せたカリーレ長崎、その要因はどこにあったのか。理解できた範囲で羅列していく。

①スタメン

前々節に体調不良で途中交代した江川と前節に負傷交代した二見、どちらもスタメンに復帰することが出来ず今節は本職ボランチの鍬先が左センターバックに入るスクランブル体制。この緊急事態の中で櫛引が19節以来、約40日ぶりにメンバー入りしたのは朗報だった。トップ下に植中が抜擢されたのは少し驚きだった。

岩手は前節からスタメン7人を入れ替えて大幅なターンオーバーを敢行。ここまで出場機会の限られていたキムジョンミンやオタボーらが先発に名を連ねた。残留を直接争う事になる前節琉球との6ポインターに焦点を当てていたのは明白だがホームで惜敗、ベストメンバーではないが何とか長崎から勝点1でも持って帰りたい試合になった。

②カリーレ監督が設定した狙いどころ

岩手のシステムは3-4-2-1が基本でボール非保持の局面では両WBが1列下がる5-4-1のブロックを敷く。前半の立ち上がりは無理に前線からプレスを掛けず、CFキムジョンミンが一人で規制を掛けながら長崎のSBかDH(ボランチ)にボールが入った時にWBやDHが人に当たる守備が主だった。

対する長崎は4バック+2ボランチでビルドアップしていく。岩手がハイプレスに来ないと見るやボールをGK富澤までボールを戻して相手を引きずり出すことを試みる。誘いに乗ってオタボーや中野がプレスに加わることで陣形が間延びし、長崎は加藤大やカイオセザールがピッチ中央付近でノーマークの状態でボールを持てた。ボランチをフリーにする作業については試合後インタビューでも特に明言されていなかったが、少なくとも相手の陣形を動かしてから(食い付かせてから)ボールを進めるというのは共通認識として持っていただろう。

ボランチに誰が付くのか曖昧な岩手

そしてカリーレ長崎のもう一つの狙い目はウィングバックの裏だった。長崎のサイドバック、特にこの試合では加藤聖がボールを持つと岩手のWB加々美がプレッシャーを掛けてくる。5バックを敷いている岩手は右WBの加々美が1列上がる事で残りの4人が右にスライドして4バック化することになる。上図8:58の場面では加藤聖に加々美を喰いつかせて加藤大が高い位置でボールを握り、南が若干内側に絞った(スライドした)背後をクリスティアーノが取って右サイドを突破した。

加々美の裏に植中あり

21:40の場面も同じ狙い、加藤聖に加々美を喰いつかせて出来たスペースに植中が走り込んでいる。この時はエジガルに当てるボールを選択したが直接植中に出していればビッグチャンスに繋がったかもしれない。

三度ウィングバックの裏を取る

36:57も同じメカニズム。加藤聖に(負傷交代した南に代わって出場したWBの)ビスマルクを喰いつかせ、澤田も右CBの深川を引き連れてボールサイドに寄る事で植中が侵入するスペースを作る事が出来た。

--ポイントを作ったときに相手のウイングバックの裏に走るシーンが多かったが、そこは指示だったのでしょうか?
あそこは取れると分析でも言われていたので、僕がどんどん使っていけば、そこにボールが出てこなくても相手の中央を空けるための動きになると監督も言っていました。ボールが出ても、出てこなくても走ろうというのはチームとしての狙いでありました。(植中朝日)
試合後インタビューより

植中は上記のように語っており、ウィングバックの裏を狙うのはスカウティング通りだったようだ。松田長崎はどちらかというと「良い守備から良い攻撃」に繋げて相手が迎撃準備を出来ないうちにゴールを陥れる形が多かっただけに即興性の要素が色濃かった。それだけにカリーレ長崎から見えてきた再現性はかなり新鮮に映った。手倉森長崎は幅と奥行きを取ってボールを前進できる再現性を有していたが、カリーレ長崎が今節見せた狙いは対岩手というか対5バックに特化したものだった。

まだ3試合でカリーレ長崎の全容は見えてこないがボールの前進には一定の効果が出ているように思う。甲府戦や山形戦で見せた4-1-2-3可変の形は今節あまり出しておらず、カリーレ監督は結構試合ごとにしっかり予習して対策するタイプの監督なのかもしれない。植中をトップ下に起用する大胆な采配も岩手に大きなストレスを与える有効打になった。

③地面にボールを付けて三角形

カリーレ監督が事あるごとに語っている「ボールを地面につけて」「三角形を作って」というのは少なくとも今シーズンのキーワードになりそうだ。岩手戦ではボランチ-サイドハーフ-トップ下やサイドバック-ボランチ-トップ下で三角形を形成して突破を図る場面が何度か見られた。

三角形の関係からポケットを陥れる形

例えば32:10の場面、加藤大-澤田-植中で三角形を形成しボールを前進させながら加藤聖が石井の視野外からポケット(ペナルティエリア脇)に侵入して決定機を作れた。

疑似カウンターから三角形の形成

53:20は疑似カウンター※の場面だったが植中-澤田-エジガルの関係で三角形を作り、リターンを貰った植中が完全に抜け出した。最後にフリーのクリスティアーノが見えて横パスを選択してしまったのは惜しかったが、流れの中では長崎史上に残る美しいカウンター未遂だった。

※疑似カウンターとは自陣の深い位置でボールを回して相手プレスを誘き出し、陣形が間延びした所を一気に前進する攻撃戦術。実際に攻撃されている場面ではない、という意味で"疑似(=まるで)"カウンターと呼ばれている

三角形の形成はかなり落とし込まれている様子で、おそらく練習メニューにもふんだんに取り入れられているのだろう。これも試合後インタビューで植中が狙いを語っている。というか植中は何でも語ってくれるからちょっと面白い笑

--トップ下でのプレーでしたが?
ボールにたくさん関わるというよりも片方のサイドでSBとサイドハーフと三角形を作りながら、クロスが上がるときには中に入っていくというところを意識していました。(植中朝日)
試合後インタビューより

④秋田監督の微修正で手詰まりした長崎

ウィングバックが出てこなくなってスペースが消えた後半

前半にウィングバックの裏(=3バックの脇)を執拗に狙われた岩手だったが、さすがに秋田監督は後半から修正してきた。と言っても修正内容は至極単純でマーカーを分かりやすく整理しただけで、特に加藤聖にウィングバックが喰いつかなくなった

狙っていたスペースが消えたことでボールの循環が一気に滞った長崎、前半同様にビルドアップをやり直して相手を引き出すなり出来れば良かったがそこまで冷静に対処できず。特に加藤聖とビスマルクのマッチアップで後手を踏み出すと岩手の圧力を交わすことが出来なくなった。

ピッチの幅を広く使う岩手

いよいよ押し込まれて防戦一方になった長崎に対して、岩手はピッチの横幅を大きく使い始める。特に長崎両サイドハーフの運動力が落ちてからは岩手に陣形を揺さぶられ、米田と加藤聖が一対一の局面に晒される回数が増えた。それでも厳しいながらに何とか耐えて、岩手コーナーキックの跳ね返りからロングカウンターで試合を終わらせる決定的なチャンスを得たがクリスティアーノが絶好機を逸する。古今東西、決定機の後には被決定機が来るもので、左サイドで澤田と加藤聖がお見合いしてボールを奪われたのが呼び水となり弓削にロングシュートを捻じ込まれる。

さすがにマズいと思ったカリーレは奥田・奥井を投入してサイドの運動量をテコ入れしたが陣形の間延び間は解消できず、奥井の不用意なスローインをカットされてオタボーに同点弾を喰らった。

--失点はミドルレンジからの2発でしたが、長崎の選手たちの寄せはどう感じましたか?
ちょっと失い方が悪いとか、間延びしている状況があって、失点シーンだけを見ても個人的には課題が出てしまったシチュエーションでした。チームとして距離感が良くないとああいうスペースが生まれて、相手が足を振り抜ける時間を与えてしまう。まずは失い方のところと、ビルドアップする上で広がって距離が悪くなっているときにそういうスペースが生まれてしまうので、攻守においていかに距離感を良くしていけるかが重要。その距離感が今日は悪くなってしまったので、そういったスペースができて、セカンドボールを拾えなくなってしまった。(富澤雅也)
試合後インタビューより

狙い通りに前進できる薔薇色の前半から一転、現在地を思い知らされることになった長崎。その後はもうオープンな展開の連続、殴って殴られて殴り返して、勝点3も勝点0もありうる展開だったがむしろ勝点1を拾えたのを幸運と思うべきかもしれない。最後はターンオーバーが効いたのか岩手の方が推進力に勝り、結局後半だけで10本以上のシュートを打たれた。

⑤2-0は危険なスコア?

「2-0は危険なスコア」という格言がある。実際には2-0の状態から追いつかれる可能性は5%、逆転される可能性は3%程度という統計データがあるらしく、2点差で勝てると思っていたのに勝点3を逃すというインパクトが脳裏に大きく刻まれるのだろう。長崎の試合を2019シーズンから集計してみると2-0になった試合は39試合あり、結果は34勝5分だった。

「2-0は危険なスコア」が発生した試合一覧
※2019シーズン以降を対象に集計

2-0からの勝率を監督別に算出すると手倉森長崎は85%、松田長崎は95%となった。その意味で手倉森監督は逃げ切り策が苦手な監督だったが、松田監督は時にほとんど選手を交代することなくリードを守り切って見せた。2-0になった段階でピッチ上の選手からは「まず失点しない」「隙あらば3点目を狙う」という共通認識を強烈に感じた。

サッカーはとにかくバランスが試される競技。「攻めが良くなってきたからあとは守備を」とかその逆はほとんど意味のない話で、攻撃と守備は常に表裏一体だ。またピッチ上の11人は当然テレパシーを使う事が出来ない中で、いかに共通認識を持てるか(=同じ絵を描けるか)というシンクロ率が試される。2-0で勝っているものの後半立ち上がりから相手の圧力に晒されて、その中で陣形がどんどん間延びして悪い失い方を頻発したのは明らかに良くない傾向だった。

主にボール保持やポジティブトランジション(=ボール奪取後の攻撃)の局面からチームの修正に取り掛かっているカリーレ監督。しかし昇格のために必要なのは何より安定した守備なのは歴史が証明している。元ベガルタ仙台監督の渡邊晋氏は著書で「守備の練習を重視したら時間がなくて攻撃の形が作れなくなった(意訳」と語っており、当然だが時間は有限で仕込める戦術にも優先順位が付けられる。元々カリーレ監督はどのクラブに行っても平均失点数が非常に少ないチームを構築しているだけにまだ心配はしていないが、この同点劇は手痛い授業料になってしまった。

⑥おわりに

今節の引き分けで自動昇格圏との勝点差は11。残り試合数を考えるとそろそろ詰めていかないと追いつけない数字になってきた。勝点80がボーダーラインになるなら最低でも12勝が必要になる。

カリーレ長崎もまだ3試合だが試合ごとにかなり違う表情を見せていて掴みどころがない、というのが個人的な印象だ。この掴みどころのなさこそがカリーレ式なのか、それとも必勝パターンの構築中なのか…その答えを知るにはもう少し観察する必要があるだろう。

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