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「赤ちゃん言葉」使っていますか?

「んー、普通なんだね」

目の前には、妹の顔があった。

「何が?」

「普通さ、赤ちゃん相手とかだと、赤ちゃん言葉になるじゃん。でも、ならないんだね。」

「そりゃ、そうだよ。俺はどんな相手でも一対一の人間として、きちんと向き合うからね」

危ない、危ない。
ばれていたとは・・・。

我ながら、うまくごまかしたものである。

しかし、本当の理由は、泣いてしまうからだ。

若かりし頃のある日

若かりし頃のある日、僕は姉の幼児の相手をさせられていた。

苦痛だった。

別に姉が強制的に押し付けたわけではなく、その幼児が勝手に僕のところに来るのだ。

僕はサービス精神の塊という一面を持つ。
だから、精一杯、おもてなしをしていた。

苦痛であった。
でも、いやだったわけではない。

「楽しいおじさん」「大好きなおじさん」として認識されたい、とも思っていた。

「あー、おじさんだ!」なんて、次回から近づいてきたら、カワイイではないか?
おじさん冥利に尽きる。

そう思って相手をしていた。

気づいたら、泣いていた。

なぜ、泣くのか?

泣いたのは、姪ではない。
僕だ。

僕だって、なぜ、泣いたのか分からない。

ただ、気づいたら、涙があふれてきて、頬を伝ったのだ。

幼児は日本語が通じない。
何が楽しいかも分からない。
確かに苦痛であったが、それなりにうまくやっていたはずだ。

僕はつまらなかったが、幼児はキャッキャッと笑っていた。
プロはそういうものだろう。
人を笑わせていても、自分は大真面目。
こんなことは普通だ。
なんでもない。

だけど、だんだんと、なぜか目に涙が溢れてきて、いっぱいになり、頬を伝うまでになった。

この時、はじめて、「あれっ、おかしいな。目の前が見えないや」というような状況を味わった。

「えっ?」と思った。
はたして、成人してから泣いたことがあっただろうか?

いや、きっと始めてだ。

ここで僕は分かったことがある。

人はつまらなすぎると、泣くのだ。

もう泣かない

人は自分の意思とは裏腹な行動を頑張ると、泣いてしまう・・・。

意識では泣くほどイヤだと思っていたわけでなくても、いや、むしろ、それなりにうまくやっているなと思っていたのに、体が拒否してくるという感じだろうか。

これはいけない。

僕の中の僕がこんなに嫌がっている。
幼児など、かまっている場合ではない。

そう思った僕は、その後、幼児向けの態度を取ることを、それから一切やめた。

幼児、赤ちゃん、ペット、すべてにおいてだ。

その結果

その結果、どうなったか?

果たして幼児やペットに嫌われただろうか?
僕が来ると泣いたり、僕だけに近づいてこない・・・というような寂しい状況に陥ったのだろうか?

いや、実は、別に何も変わらなかったのだ。

あくまで僕の目から見てだが、逆に、相手が「シャン」とするような気さえするほどだ。

「わぁー、かわいいデチュねー」という一連の方々には「キャッキャッ」と返しているが、僕が「おう!こんにちは!」というと、「キャッ(ああ、こんにちは)」と返して来る。

なにか「やっと、普通のやつがきたか・・・。ふぅー。」とでも言っているかのようである。

それはそうだ。

いきなり、知らない人が「わぁー、でちゅねー」とか近づいてきたら、「やれやれ」と思うだろう。

いや、むしろ、「バカにしてるの?」と思うはずだ。

もし、僕にそうやって近づいてくるやつがいたら、間違いなく、僕をバカにしているなと思う。

だから、僕はまっすぐに誠実に接することにしている。
時には敬語で。

これによって得たこと

これによって、僕は様々なことを得ることができた。

まず、これで「自分が泣かなくなった」こと。
泣くほどつらい思いをしなくてよくなったのは大きい。

次に、恥ずかしい姿をさらさなくて済むようになったこと。
中年のおじさんが赤ちゃん言葉を使うほど気持ち悪いものはない。
いや、実際には華麗にこなす人もいるから、そう断言はできないが、少なくとも、僕の姿は想像するだに厳しい。

最後に、対象に尊敬を得られているらしいこと。
これはあくまで僕の想像だ。
だけど、犬、猫、赤ちゃんに限っては、僕を見る目が違う。

例えば、犬などは「わぁー、かわいいでちゅね!おいで!おいで!」という人よりも、「よければ、こっちに来るかい?」と言う僕の方に来る。

「本当に疲れるよな。演技するの」とでも言うように、僕に近づいてくる。

赤ちゃんもそうだ。
幼児はどうだろう?僕はその後、幼児からは逃げ回っているので、まだ実験をしていない。

まあ、総じて、結果は良かった。

ちょっとだけ、飼い主や親からは不思議な目で見られるが、大の大人が泣いてしまうよりはマシである。


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