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3,不満を言うより、転職だ!:クワガタから学ぶ人生

前回までで、僕の「森の上の方」の環境に「ノコギリ クワお」「ビバお」「ビバ子」「ビバ美」「コクワ コクワお」が暮らしている。

つかの間の平穏

すっかり見やすくなり、いつ見ても、誰かしらは見えている虫かご。
僕は「空の虫かご鑑賞生活」から、解放されてご満悦だった。

クワガタ達も、木いっぱいの虫かごは楽しそうだった。
地面が半透明でツルツルなことも気づかず、木のアスレチックジャングルを堪能していた。

時々、木の配置を変えてやると、もう大興奮である。
早速、あちこち探検を始める。

おかげで、ゼリーの消費が早い。

というより、ゼリーを少し食べると、彼らはそのゼリーに見向きもしなくなる。
半分以上、時には3分の2くらい残っているゼリーを横目に、新しいゼリーの投入を要求してくるのだ。

なかなかの交渉力である。
ここから学ぶことは大きい。

「おいしくないと、俺ら、このまま死ぬよ。いいの?」ということか。
ひとつでも弱みがあれば、圧倒的弱者が、圧倒的強者を走らすことができる。

まさに「死せる孔明生ける仲達を走らす」
いや、これは全然意味が違うか。

内心、忸怩たる思いを抱えつつも、僕はホームセンターに走った。

いつものゼリー売り切れ

ホームセンターに到着した僕は、いつもの売り場に向かった。

犬猫と違い、カブトムシやクワガタの売り場は比べ物にならないくらい小さい。
犬や猫の売り場は広大だ。
犬でも犬種によって、餌も何種類もあるし、ダイエット目的の餌もある。
服だって売っている。
猫も同様だ。

それに比べて、クワガタはなんだ。
良くて一棚である。
虫かご、木、土、餌、全部合わせて、一棚。
種類ごとどころか、カブトムシもクワガタも同じ餌である。

パッケージには、カブトムシもクワガタも描いてある。
「どっちも、これでいいだろ」というメッセージが伝わってくる。

しかも、たいてい、一種類しか置いていない。
彼らは食べるものが選べないのだ。
自然界では、きっと、「くぬぎは最高だよな」「えっ、俺はクリの木の方が好き」なんていうことがあるのだろう。
だが、ここでは一生、一種類の餌だ。

彼らの境遇に思いを馳せ、目頭に熱いものを感じつつも、僕は迷うことなく、クワガタの餌売り場に直行した。

どうせ一種類である。
僕はいつもの売り場のいつもの棚に手を伸ばし、ゼリーをカゴに入れた。

「・・・!」
いや、入っていない。
カゴに入っていない。

あわてて、僕は棚を見ると、いつものゼリーの場所には、ぽっかりとした空間があるだけだった。

たった、一種類である。
犬や猫のように、たくさんの種類のエサの1種類が欠品しているというなら分かる。
だが、一種類。
そして、それはカブトムシもクワガタも食べるのだ。
それが欠品してしまっている。

まあ、そういう扱いだよな。
いつのまにか、僕は、クワガタを実態以上に大きく見ていたのかもしれない。
世間の扱いとのギャップを感じ、冷静さを取り戻すことができた。

だが、せっかく飼ったのだ。
餓死は忍びない。
僕は、他のホームセンターに向かった。

プロテイン入りゼリー

他のホームセンターでは、クワガタたちの扱いはさらにひどかった。

犬や猫のエサの途中に、棚の中の、ひとつの段に、クワガタとカブトムシのグッズがつめこまれている・・・、そんな感じだった。

当然、エサも一種類しかなかった。
だが、そこには見たこともないゼリーがあった。

プロテイン入りゼリー」である。

「クワガタとかって、樹液がエサだよな・・・。糖質で動いてそうだが、プロテインが必要なのか?」
「消化できるのか?」

そして、今までの色とりどりのカラーのゼリーとは違い、焦げ茶一色である。
非常に不味そうである。

いささか混乱してしまったが、どこかのメーカーが自信をもって売り出しているのだから、大丈夫だろう。
このホームセンターも、普通のうまそうなゼリーではなく、あえて、これを仕入れたのだ。
きっとだいじょうぶだ。

そして、僕は筋トレGuyでもある。
「プロテイン」の文字はすべてを正当化する。

きっと、僕のクワガタ達もムキムキになるに違いない。
もしかしたら、コクワおも、オオクワおになるかもしれない。

なにしろ、一種類しか売っていないのだ。
もう一軒、ホームセンターをはしごするのはイヤである。

冷戦

家に戻った僕は、早速、プロテイン入ゼリーを虫かごに投入した。

別に何の反応も無かったが、これはいつもと同じだ。
犬のように、エサをあげるたびに喜んでくれるのなら、かわいいのだが、クワガタの場合は、威嚇し、攻撃しようとするくらいが関の山だ。

だが、ここからが違った。

まったく食べない。
一晩経っても、ぜんぜん減っていない。

例えば、「クワお」だけが食べないとかだったら、まだ分かる。
だが、全員、見向きもしない。

くっ、やはり、失敗だったか。
色なのか、においなのか、プロテインか・・・。
理由は分からないが、全く食べない。

だが、まだ、ゼリーは山のように残っている。
398円もしたのだ。
いくらプロテイン入りだからといっても、この僕が食べるわけにもいかない。

いや、まだ、分からない。
クワガタは犬のようにアピールはしてこない。
まったく、表情が分からないのだ。
ならば、たまたま、
「今日はお腹が空いていないだけ」
「実は5名の中で何かが起きていて、食事なんて気分じゃない」
という場合だって、あり得る。

クワガタが毎日、食事をする、というのが正しいとも限らない。

それにもし、「ゼリーが気に入らない」という理由だとしたら、わがまま過ぎる。
甘えすぎである。

いや、まさか、クワガタがエサの選り好みをするなんて・・・。
思ってもみなかったことである。
そこまでの知能があるなら、話は別だ。
それなら、この辺で、しっかり、しつけもしておかなければならない。

どちらにしろ、今までのゼリーを買いに行く、という選択肢はない。
再入荷したかどうかも分からない。

「どうせ、腹が減れば、食べるだろ」

我慢比べだ。
それまで放っておくことにした。

飛翔

我慢比べの結果、僕が予想していたのは、「しぶしぶ、プロテイン入りゼリーを食べだす」ということだった。

まあ、そうしたら、カラフルゼリーをご褒美にあげようという企みだった。

だが、いつまで経っても、プロテイン入りゼリーには手を付けない。
新しいプロテインゼリーに差し替えてもダメだ。

ならば、こっちを向いて、エサを嘆願するような、何かしらのアピールがあれば、カラフルゼリーにしてやってもいい。
そこまで僕の態度は軟化していった。

だが、冷戦が続く中、しばらくすると、彼らは意外な行動を取り始めた。

木の高いところに登り、天を仰ぎながら、羽を広げ、飛翔しはじめたのである。

まず、始めたのは、ビバおであった。
だが、ビバおだけではない。
ビバおに続き、クワおも飛び、メスのビバ子も飛ぼうとした。
(ビバ美とコクワおは飛ばなかった。)

彼らが羽を出したのを見たのは、これが始めてである。
羽を出すのは、ものすごく億劫なのだろうか?
滅多に飛ばない。
それどころか、羽を出すこともしない。

そんな彼らが、ついに飛んだ。

もちろん、虫かごの天井に当たり、地面に落ちるのだが、何度も何度も木に登り、飛翔を繰り返した。

いやあ、壮観である。
「へえー、クワガタも飛ぶ時期があるのだな・・・。最近はいいところを見られて嬉しいな」なんて見ていた。

だが、その決死のダイブを見るにつれ、
「あれっ、もしかして、エサがないから、飛んでるのかもしれない」
と思った瞬間、カミナリのような衝撃が僕の脳天を打った。

我慢しないで、次に行け

もしかして、彼らは大事なことを僕に教えてくれているのではないだろうか?

もし、僕が彼らの立場だったら、どうするだろうか?

「こんなゼリーでやってられっかよ!」
「ブラックな環境ではとても生きられない」
なんて不満を言うかもしれない。

わざわざ、エサに近づき、ため息でもつくふりをして、アピールをするかもしれない。

あまりにも我慢できなくなった時は、エサを蹴っ飛ばしたり、こっちを向いて威嚇するかもしれない。

だが、彼らは違った。

文句も言わず、アピールもせず、ただ単に、「ここではないどこかへ」行こうとした。

「そこが嫌なら、ただ離れればいいじゃん」

もし、会社で何か嫌なことがあったなら、しばらくはそれまで通り、何もなかったかのように働き、我慢できなくなった時は、すっと転職する。

なるべく違うところへ行けるように、なるべくそこから遠くに行けるように、できるだけ高い木を登り、そこからダイブする。

そんな動きが、野生でプログラムされていることに、僕は驚きを覚えた。

心に温かいものを感じながら、僕はカラフルゼリーを買いにホームセンターに向かった。

(次に続く)

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