【1996年のこと】渋谷系の終焉:小沢健二「球体の奏でる音楽」、佐野元春「フルーツ」、エレファントカシマシ「ココロに花を」

 個人的な思い出を音楽を絡めて書いています。できるだけ記憶を頼りに、検索は最小限で。
 自分にとって1996年は結婚した年。就職もして仕事は忙しく楽しかった。そんなこともあってこの年以降、自分の生活は音楽と少し距離ができていきます。なのでこの思い出を綴る駄文もここまでかな、と思っています。
 この頃、阪神淡路大震災とオウム事件の1995年のアフターショックで、世間には、なにか襟を正そうとする雰囲気があったように思う。特にオウム事件で表に出たサブカルチャーの一面。それに対するいわゆるオタク文化からの反省や考察が本になったり歌になったり、一部の朝のワイドショーが芸能ニュースを扱うことをやめたり。そんな時代。
 この年に出た曲は、「旅人」という言葉の入ったタイトルが多かったことを覚えています。小沢健二「旅人たち」、エレファントカシマシ「孤独な旅人」、スピッツ「旅人」、ミスターチルドレン「旅人」、そしてなんといっても爆風スランプ「旅人よ ~The Longest Journey~」。そう、有吉さんがユーラシアを旅していた年なんですね。
 また一方で自分は渋谷系の終焉を感じていました。渋谷系ミュージシャン(かなと私が勝手に認識していた方々)がリリースしたCDに「いわゆる渋谷系」からの離脱を感じるものが多かった。例えば、小沢健二「球体の奏でる音楽」。前作「LIFE」と95年のシングル群とは完全に路線を隔するジャズアルバム。今では大好きなCDだけど、当時は戸惑いました。「ワンカップ大関」のCMも驚いた。歌詞も、具体的なことを描写しつつ抽象的なものを表現しているような、これまでとはフェーズが違う感じがした。音の印象と歌詞の内容の乖離もまた意図的と思えた。例えば「また会えるかな?」。童謡のようなアレンジに反して、歌詞はセックスについて歌っていると思った。(カンガルーのポケット、夜明けに走る恋人たち、「子供だってできるかも?」)前半の曲群も、軽いピアノアレンジに反し、痛みや悲しみとその後について歌っているような気がした。そしてアルバムのキーワードは「旅」だ。
 TokyoNo.1Soulset「Jr.」もまたジャズのような、クラッシックのような、それでいてテンポやビートが一定しないプログレのような、目まぐるしいアルバムだった。スチャダラパー「偶然の音楽」もまた全体に抑えたトーンで、クラッシックをサンプリングしていた。これらのCDには「渋谷系」に少しあった「ニヤリとさせる感じ」みたいなものを否定して、もっと開けた場所への離脱を目指しているような感じがした。サブからメインへ。その方向性は95年に発売されたコーネリアスの「69/96」にも表れていた。まるで「渋谷系」という場に押し込まれたミュージシャンたちが、それぞれの方向に歩き始めたみたいに思えた。
 95年から96年にかけての先端的なミュージシャンの、「ヴィジョナルな動き」に、自分は、佐野元春、RCサクセション、浜田省吾が次々とバブルとの決別アルバムを出した90年を思い出していました。
 その佐野元春はこの年、ハートランド解散ののちに結成したインターナショナル・ホーボーキング・バンドを率いてのニューアルバム「フルーツ」をリリース。いわゆる蝉の鳴き終わるころ。歌詞にはオウム事件や阪神・淡路大震災を思わせる言葉が散りばめられていたけど、全体的には軽快なロックンロールアルバムだった。と、当時は想っていた。でもそれはシングルカットされた「十代の潜水生活」「楽しい時」「ヤァ! ソウルボーイ」などの曲群に引っ張られたイメージだった気がする。最近、このアルバムを聞き直してみたら、当時は「新しいバンドを組んだよ」というお披露目のための外向きのアルバムだと捉えていた本作が、実はむしろ「Time out!」や「Stones and Eggs」と同じ種類の、状況的で生々しい内向きのアルバムだったと気づいた。そういえば自分は後半の曲群をあまり聞けなかった記憶がある。ホーボーキングバンドを組んだ本当の意義は次のアルバム「The Barn」から始まる。そう考えるのが正しいのかも知れない。
 この年よく聞いたのはエレファントカシマシ「ココロに花を」。先行シングルの「悲しみの果て」は素晴らしい曲で、歌詞には飛躍や矛盾がある。「涙の後には笑いがあるはずさ」に続くのは「誰かが言ってた、本当なんだろう」、自分じゃなくて「誰か」の話なのか。「いつもの俺を笑っちまうんだろう」、自虐的な笑いなの? 「孤独な旅人」にしたって「俺は知ってる、いまだ誰も知らない街を」って、街なんだから人が住んでるんじゃないかな、とか。でも「花を飾ってくれよ、いつもの部屋に」「普通の生活、誰か僕をつまかえておくれ」、判ります!という感じ。宮本の歌詞には飛躍や矛盾があるからこそ、そこにリアリティを感じられて素晴らしい。新しい場所へ動きながらも心の逡巡が残る、その誠実さ。このアルバムは一曲目が「ドビッシャー男」。CDセットしてこれを聞いたとき「あれ、戻ってる?」と微妙に引いたのを覚えてます。でも「四月の風」があって「OH YEAH!(ココロに花を)」で終わる。素晴らしかった。
 このころの自分は会社の寮を出て、電車で1時間くらいかけて通勤する生活をしていた。田舎から田舎への通勤で、ラッシュはなく、一車両に4,5人乗っているだけの座り通勤。当時はまだカセットのウォークマンが主流の時代。自分は週末ごとに車で30分ほどのところにある、小学校の体育館ほどの大きなレンタル屋さんに行って、せっせとシングルを録音していた。シングルで気に入っていたのは、奥田民生「イージューライダー」とミスチル「名もなき詩」。「イージューライダー」、「くだらないアイデア、軽く笑えるユーモア、うまくやり抜く賢さ」は、まさに我ら脱力世代のアンセムだった。でも「眠らない身体、すべて欲しがる欲望」とも歌うあたりに、バブルが去った社会でのサヴァイヴの実感がこもってる。「名もなき詩」はミスチルの完成系でありネクストステージ。世界への歓喜に両立する呪詛と、自己への批判。それをポジティブに聞かせる意志と力量。オザケンは生々しい自虐や自己否定をあえて歌わないけど、ミスチルはあえてそれを歌う。イントロではギターポップっぽく始まり、アウトロではワールドミュージックのように終わる。長い長い旅を終えたような聴後感。
 この頃のレンタルCD屋には、レンタル解禁日に一斉に借りられるメインストリームの小室サウンドやビーイング系の、同じタイトルのCDがたくさん並んでいた。その一方で自分の聞きたいCDは入荷するしないか微妙なラインで、よく覚えているのはスピッツの「渚」のシングルが入荷しなかったこと。ミスチルや奥田民生とスピッツの間にはまだ少し差があった。結局、スピッツの「渚」は、新婚旅行の飛行機の機内向けプログラムで見つけた。これは嬉しかったなあ。機内で何度も聞いた。良い歌だと思った。(後で別のレンタル屋で見つけて無事録音しました。)
 その他にも、柳原さんが抜けて三人体制になったたまの「たま」も良かった。個性で張る空間が小さくなった結果まとまりを増していた。あとジャケットも良かった。「ちびまる子ちゃん」のEDでたまが使われていたのはこの頃だ。サニーデイサービス「東京」も良く聞いた。「青春狂騒曲」の「そっちはどうだい、うまくやってるかい こっちはこうさ、どうにもならんよ」は、本当にこの当時の気分にぴったりだった。スパイラル・ライフ解散後に出た「フリークス・ア・ゴー・ゴー・スペクテイタース2」も良かった。
 ただ、なんていうか。思い出しつつ書いていても96年の印象は、なんかバラついている。自分の感じていた「渋谷系の終わり」にもみられる、サブからメインへの歩み、そしてメインがサブへ近寄る動き。うん、それは「旅」だ。96年のばらつきは、旅の始まりとしての広がりだった。
 自分が仕事を持ち、結婚して暮らし始めたことも影響しているかもしれないのだけど、この頃は音楽に対するスタンスが、雑誌の記事を頼りに新作を「追いかける」感じになっていた。そしてそれは、少しの「義務感」を含んでいた。東京のCDショップへは出張のついでに寄るだけになり、適当に中身を知らないCDを買うこともなくなった。
 翌年の1997年に出版された、オウム事件を扱った「アンダーグラウンド」の中で、村上春樹は「デタッチメントからコミットメントへ」を表明していました。この概念は自分にもしっくりきた。この言葉が95年を経た96年への、あのムードを言い表しているのかもしれない。
 ちなみに、渋谷系がこの年で消滅するなんてことはなかった。渋谷系は「渋谷系を目指したアーティスト」によって継続され、その後スウェーデンポップとの合流もあって盛り上がってゆく。メインストリームは小室サウンドからビジュアル系バンドの時代へと続き、ドラゴンアッシュらのヒップホップの時代になり2000年代へつながっていく。
 そして、自分は電車から車に切り替えてこの後も田舎通勤を続け、追いかける義務感は感じながらもミッシェルガンエレファントや中村一義を発見し、奥田民生やスピッツの新作に心を躍らせ、ドラゴンアッシュに涙する。その後子供が生まれ、会社の近くに引っ越した2000年代以降は、仕事が生活のメインになり、本当に音楽を追わなくなってゆく。でもそれはまた別の流れだ。
 さて、ということで「90年のバブルの終わりから96年の渋谷系の終わりまで」という趣向のこの駄文シリーズ、ここで終わりにしようかと思います。
 読んでくれた方、どうも有難うございました。とても嬉しいです!

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