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{連載}カジュアル シャーロックホームズ 「ライゲイトの名士【4】」

『カジュアル シャーロックホームズ』の翻訳作品の中から、毎回1つの話の4分の1ほどの内容を載せていきます。1週間ほどで続きの文章と入れ替える予定です。

  
 
 
 



 
ホームズは言葉どおり1時には大佐の屋敷に戻ってきていて、喫煙室にいた僕らに合流した。このときにいっしょに小柄な年配の紳士を連れてきていて、その人をアクトン氏と紹介した。カニンガム家の事件の前に泥棒に入られた家の主人である。ホームズが言った。
「事件の話をするのに、こちらのアクトンさんにもいてもらった方がいいと思いましてね。当然、今回の事件には関心を持たれているでしょうから。大佐、こんなに騒がしい客がお邪魔することになってすみませんね。」
 
「とんでもないですよ、」
大佐が温かい声で返した。
「あなたの仕事ぶりをこんなに近くで見られたなんて光栄です。いや、まさに想像以上でした。しかしながら、私には今回の結末が全く理解できていない。その見当さえ付いていないんですよ。」
 
「まぁ今から説明してしまえば何だそんなことかとがっかりされるかも知れませんが、僕は自分のやり方については明かしていくことにしているんです。ワトソン君にもですが、僕の手法に知的興味を持たれた方には誰にでもね。ただあそこの部屋で暴れさせられたせいでまだちょっとふらふらしていますので、少しブランデーをいただいて構いませんか? このところエネルギーの消費も激しかったものですからね。」
 
「発作の方はもう大丈夫なんですか?」
 
ホームズはそれにおかしそうに笑ってから、
「それについても、すぐに触れていこうと思いますが。今回のことを順を追って説明していきますね。僕の推理のポイントとなったところをその都度示していきながら。わかりにくいところがあればどうぞ訊いてください。
推論を立てていく上でいちばん大事なことですが、これは数ある事実のうちでどれが本質的なもので、どれが偶発的な事象なのかを見極めることにあるんです。そうしないと調べるときに注意とスタミナが分散されてしまいますからね。今度のケースでは僕は最初から、死体がつかんでいた切れ端の元の紙を見つけることが最も重要だと捉えていました。
まず考えていただきたいんですが、もしアレック氏の証言が正しいもので、賊が銃を撃ってからすぐに立ち去ったのだとすれば、被害者の手にあった紙を引きちぎったのはその賊ではあり得ないことになります。紙を引きちぎったのが犯人でないとすれば、それをしたのはアレックだったということになる。父親のカニンガム氏が1階に下りたときにはもう他の使用人たちが現場に来ていましたからね。これはごく当然と言える見立てなんですが、フォレスター刑事は地元の名士が凶悪犯罪に絡んでいるはずがないという思い込みからこの可能性を考えに入れていませんでした。僕は捜査に当たるときはそういった先入観は持たないようにして、出てくる事実を基に愚直に推理を組み立てていくんです。だから当初からこの事件におけるアレック カニンガム氏の関わりは、本人の話どおりではないと疑っていました。
それからフォレスター刑事に見せてもらったその紙の切れ端をじっくり眺めてみたんですが、その元となった紙が事件にとってすごく重要な手がかりであるとすぐに感じました。この切れ端ですが、書かれてある文字を見て何か気づくことはありませんか?」
 
「.. 字の並びが、かなりちぐはぐな感じがしますね。」
ヘイター大佐が口にした。
 
「そうなんです、」
ホームズが勢いよく発した。
「こうなっているのは、このメモ書きが2人の別々の人間によって単語ごとに分けて書かれたものであるから、と考えることができるんです。このatとかtoにあるtの力強い筆致と、quarterとtwelveに見られる弱々しいtとを比べてみてください。全く違っていませんか? このメモをざっと眺めただけでも、ここのlearnとmaybeは強めの筆致の人間が、whatは弱い筆致の人間が書いたことに気がつくはずです。」
 
「なんてことだっ。確かに全然違いますね、」
ヘイター大佐が興奮気味に口にした。
「でもどうして.. どうして2人の人間が、わざわざこんなやり方で書いていったんだろう.. ?」
 
「書いている内容が悪事に絡んだものだから、ということでしょうね。共犯の相手を完全には信用できないときにこうして両方の字を残すことで、何が起こっても2人が同じだけ手を染めているんだということを示したかったんでしょう。この2人ですが、主犯格はこのatとtoを書いた方の人間です。」
 
「どうしてそんなことが?」
 
「筆跡から性格分析をしていってもいいでしょうが、もっとはっきりした理由があります。これをよく見ると、筆圧の強い方が先にこのメモを書いていることがわかります。次に書くべき語をとばしていって相手のためにスペースを空けていきながら、というやり方でね。だからそのスペースが狭いところでは次の人の字が詰まったようになっているでしょう? ここのquarterを見てください。先に書かれたatとtoの間に無理やりねじ込んだような、かなり窮屈な感じに見えませんか? メモの内容を考えて先に字を書いた人間がこの計画も考えた人間とみてまず間違いないでしょう。」
 
「すごい.. 」
アクトン氏が言った。
 
「ここはまだ表面的な部分です、」
ホームズが続けた。
「ここからより深く細かい点に入っていきますが、ご存知かどうかわかりませんが、やり方を心得ている人間が誰かの書いた文字を見れば、かなりの精度で書いた人間の年齢を言い当てることができるんです。大抵の場合、相手がどのあたりの年齢層にいるかが書かれた文字からわかるということです。大抵の場合と言ったのは、書いた人間が病気にかかっていたり、生まれつき体が弱かったりしたときには若い人であっても老人のような傾向が出てくるからです。今回の場合ですが、片方の大胆な強い筆致と、もう片方の少しよれたような、tの横線なんて弱すぎて見えないくらいですが、この2つを眺めたときに1人は若者、もう1人は年はいっているもののあからさまに弱っているわけではない人間、ということがわかります。」
 
「すごい.. 」
再度アクトン氏が口にした。
 
「まだあります。少し細かい観察が必要となりますが、重要なことが導けるんです。ここの2つの字ですが、字体にある種の共通点が見られるんです。これはこの2つを書いた人間のあいだに血縁関係があることを示唆しています。ギリシャ文字のeにいちばんよく表れていますが、他の細かいところでもその近似性は確認できます。その家の書き方の癖が親から子へと伝わった結果、こうなったと考えられます。いまお話ししているのは僕がこの切れ端を見て気づいた主なものについてですが、細かいものまで挙げるとあと23点ほどあります。ですがそれは少し専門的になりすぎますので今は置いておきます。とにかくそういった細かい点も含めたすべてが、あのメモを書いたのはカニンガム親子だという印象を僕に与えるものだったのです。
ここまで考えて次のステップとしては当然、事件当時のくわしい状況を調べてみることです。そこで出てくることが自らの考えにどんな肉付けをしていってくれるのか。僕はフォレスター刑事と屋敷まで行き、見るべきポイントはすべてチェックしていきました。死体の傷はリボルバー銃によってできたものでしたが、被害者の服に火薬の黒ずみが残っていなかったことから考えて、おそらく3~4m以上は離れたところから発射されたものです。これはあのアレックの言っていた、2人の男が揉み合ううちに片方が発砲したという話と明らかに食い違っています。賊の男が銃を撃った後に逃げて道路へ入っていったという地点についてもあの親子の証言は一致していたんですが、僕はその場所を見に行きましたが、その辺りの地面にはわりと広めの窪みがあって、その底がぬかるんでいたんです。ですがその付近には泥の足跡などは見つかりませんでした。つまり、犯人の逃げた方向についてのあの親子の供述も嘘だったということです。僕はもうこの時点で確信していました。その親子が犯人の行動に関して虚偽の証言を重ねているというよりも、そんな正体不明の人間など元々現場にいなかったのだと。
ここまで進めていって次に考えるべきは、このおかしな事件の動機についてです。そのためにはまず、それの前に起こったアクトンさんの屋敷での窃盗事件のことを思い出す必要があります。大佐が話しているのをちらっと聞いたときに、アクトン家とカニンガム家の間には訴訟問題があることがわかっていました。だからアクトン家に入った賊がそこの書庫室を狙ったというのを聞いたときに、すぐに僕はピンときました。その賊が狙ったのは両家の訴訟関連の書類だろうと。おそらく訴訟の行く末を左右するようなかなり重要なもののはずです。」
 
「おっしゃるとおりでしょうな、」
アクトン氏が口を開いた。
「私のところに入った輩の狙いはそれで間違いないと思います。私は現在カニンガム家が所有する土地の半分にこちらの所有権があると主張しているんですが、あの書類は.. 幸いにもあれはうちの弁護士の金庫に入れてあったので大丈夫でしたが、こちらの主張にかなり不利に働くものです。あれを持ち出されたら、こちらとしては相当なダメージとなる。」
 
「それですよ、」
ホームズが笑みを浮かべて言った。
「盗みに入るというのは危険を顧みない無謀な行為と言えますので、実行したのはおそらくアレックの方だったと思います。アクトンさんの屋敷に入ったアレックは普通の泥棒が入ったように見せかけるために何かを盗んでいこうとした。が、適当な物が見つからずに目に付いた物をとりあえず持っていったんでしょう。この時点で僕には事件の輪郭はかなりのところまで見えていたんですが、はっきりさせないといけないことは残っていました。僕がいちばん手に入れたかったのは、あの切れ端の元の紙です。僕はアレックがそれを死体の手から取ってからはそのまま部屋着のガウンのポケットに入れたと考えていました。まずそこに入れる以外に考えにくいからです。紙を入れたままにしてあるかどうかはわかりませんでしたが、これは確かめてみる価値のあることでした。皆さんといっしょにカニンガム氏の屋敷に入っていったときの僕の狙いはそれだったんです。
覚えておられると思いますが、あの家の調理場の近くの庭のところでカニンガム親子と会いましたね。あの時点ではこちらが例の紙を重要視しているとあの親子に気づかれてはまずかったんです。それを意識させればすぐにでも紙を処分してしまうでしょうからね。だからあそこでフォレスター刑事がその重要性について語り出そうとしたとき、たまたま僕に発作が起こって話題を変えることに成功したというわけです。」
 
「なんてこった.. 」
ヘイター大佐は笑顔になって、
「私らの心配は全くの無駄だったというわけですね。仮病だったのか.. 」
 
「医者も騙される出来栄えだったよ.. 」
僕も言った。新たな技で絶えずこちらを驚かせ続ける友人に感嘆の目を送りながら。
 
「身に付けておくと便利な技だよ、」
ホームズが言った。
「それでその発作が治まった後ですが、僕はカニンガム氏にtwelveという単語を書かせることに成功しました。ちょっと工夫が要りましたけどね。それでその字と、切れ端の字とを見比べることができたんです。」
 
「なんてバカだったんだろ.. 」
僕がつぶやいた。
 
「君が心配してくれていたのはわかってたよ。僕がそこまで弱っているんだってね、」
ホームズが笑いながら言った。
「それで心を痛めてるのもわかっていたから申し訳なかったけどね。それからみんなで屋敷の2階に行きましたね。あのとき着替えの部屋を開けたときに、そのドアの裏にガウンが架けられてあるのが見えていたんで、カニンガム氏の寝室に行ったときにベッドのサイドテーブルを倒して、みんなの注意がそちらに向かっている間にサッと抜け出してあの部屋に架かるガウンのポケットを調べるという作戦を採ったんです。期待どおりポケットの1つに紙が入っているのが確認できたまではよかったんですが、それを手に取った途端にあの親子につかみかかられてしまいまして。他の人が助けに来てくれてなかったらかなり危ないところでしたよ。まだアレックの手の感触が首元に残っていますからね。父親は父親で僕の手をひねって必死にその紙を奪い返そうとしていました。あのときあの親子は一瞬のうちに自分たちの罪が暴かれたことを悟ったんでしょう。安全地帯にいるぐらいに考えていたのが急に追いつめられたことがわかったわけですから、あんな行動となったんでしょう。
僕はあの後でカニンガム親子に今回の犯行の動機について訊いてみたんですが、父親の方はまだいくらか協力的でしたが、息子の方は手に負えなかったですね。まだその手にあのリボルバーさえあれば、いつでも自分の頭でも誰の頭でもぶっ放すぐらいに興奮していました。カニンガム氏がすでに言い逃れができないレベルに自分たちの罪が固まっていることを理解してからは、すべてしゃべってくれました。運転手のウイリアムはあの親子がアクトン氏の屋敷に忍び込む計画を実行した晩に、こっそり後を付けていたらしいんです。それで親子の弱みを握ったその男は、盗みに入ったことをバラすと言って親子を脅した。ただそんなことを仕掛ける相手としてはあのアレックは危険な男すぎたというわけです。この地域で以前にも起こっていた窃盗事件に絡めて邪魔者を始末しようなんて、思いつきとしてはなかなかのものですよ。ウイリアムは見事におびき出され、撃ち殺された.. もしアレックがウイリアムの手からあの紙を丸ごと持ち去ることができていて、事件発生当時の状況についてもあの2人がもっとちゃんと詰めてうまく嘘をついていれば、あの親子に全く疑いが向かないままだった可能性もあります。」
 
「それで、元のメモ書きというのは?」
僕が訊いた。
 
ホームズは2枚がくっつけられ、メッセージが完全なものとなった紙を取り出した。そこにはこうあった。
 
 
東門に12時の15分前に。
来れば驚くことがわかる。
そちらのためにもなるだろうし
アニー モリソンのためにもなる。 
だだし誰にも話してはならない。
 
 
「まぁ予想していたような内容でしたが、」
ホームズが口にした。
「もちろん、アレック カニンガムとウイリアム カーワン、それとこのアニー モリソンの関係性はまだわかっていませんが、とにかく結果としては被害者はこの罠にうまく落とされたということです。ここにあるpとかgの最後のハネからも、この2つの字が親から子に受け継がれたものだということはわかっていただけると思いますが。父親の字にはiの点を抜いたりする癖も見られますしね。ワトソン、今回の都会を離れての静養は大成功だったよね。すごくリフレッシュした状態で、明日にでもベーカー通りに帰れるよ。」
 
 
 
 
 
 
 

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