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梨本青年に幸あれ 〜映画ラストマイル感想〜

こんにちは、ある時は一般剣持リスナー、またある時はSuperJuniorハマりたてのKPOP初心者、またある時はミーハーな映画鑑賞者のいのりと申します。

最近、映画はアニメーション映画やアメコミ系を中心に見ていて、邦画はあまり見ていなかったのですが、話題のドラマ作品と同一世界線のシェアード・ユニバース作品がやるとのことで、気になって見てきました。

その作品こそ、塚原あゆ子監督、野木亜紀子脚本の映画『ラストマイル』です。

普段なら、いろいろな映画を見てもTwitterで感想を呟くくらいに留めるのですが、『ラストマイル』は語りたいポイントがあまりに多いので、ネタバレも挟みつつ、感想をnoteにまとめていこうと思います。


あらすじ

法医学者の奮闘を描いた『アンナチュラル』、機動捜査隊のバディの絆を描いた『MIU404』と世界観を同じくするこの作品の舞台は、大手ショッピングサイトの巨大物流倉庫です。

【あらすじ】
商品が大幅に値下げされ、注文が殺到するブラックフライデーを目前に、世界最大のショッピングサイト、DAILY FAST(デイリー・ファスト、略称:デリファス)の西武蔵野ロジスティクスセンターに、新人のセンター長として派遣された舟渡エレナ(満島ひかり演)。
着任早々、エレナの耳に飛び込んできたのは、西武蔵野ロジスティクスセンター(西武蔵野LC)から配送されたデリファスの商品が連続で爆発したという凶報だった。
会社の売り上げや株価への悪影響を防ぐべく、エレナは、部下の梨本孔(岡田将生演)と対応に奔走する。いったい誰が、どのような理由で、どんな手段を使ってデリファスの商品を爆弾にすり換えたのか…?
現代社会の生命線とも言える物流を守るための戦いが、今始まる。

予習って必要?

最近はどんな作品を見るにつけても「〇〇履修しとかなきゃ」とか、「〇〇予習しなきゃ」というフレーズをよく聞きます。

様々な映画作品がクロスオーバーすることで人気を博したアメコミ映画シリーズ・MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)は、続編が作られるごとに、事前に見なければならない作品が多すぎる!!というファンの悲鳴が上がることでお馴染みです。様々なシリーズがクロスオーバーし、世界観が広がる一方で、限られた時間では説明しきれないことも多いため、内容を十全に楽しむには、20作品以上もあるシリーズ過去作を視聴する必要があるというわけです。いずれは最新作見たけりゃ50本予習しろとか言われるんだろうな…。ライアンデッドプールとトムホスパイディの共演まだかな…。

『ラストマイル』も、二つのドラマシリーズがクロスオーバーするということで、ドラマを予習しておかないと十分に楽しめないのでは…?と思い、とりあえず『MIU404』だけ見てから臨みました。友人と映画を見る日を事前に決めていたので、『アンナチュラル』は間に合わないと判断して諦めました。計画性が無さすぎる。

結論としては、『ラストマイル』は予習ゼロでも、単体の映画として120%楽しめる作品です。むしろ、ドラマシリーズの登場人物にもう一度会える!と思って見に行った方にとっては、クロスオーバー要素は少々物足りないくらいなのではないでしょうか。

西武蔵野LCに捜査にやってきた西武蔵野署の毛利刑事と捜査一課の刈谷刑事が、ドラマシリーズの登場人物と『ラストマイル』の主要登場人物の架け橋となる構成で、それぞれの作品の主要登場人物同士が会話をすることはなく、群像劇として物語は進行していきます。

作中で、『アンナチュラル』の不自然死究明研究所(UDIラボ)、『MIU404』の第4機動捜査隊のメンバーは、連続爆発事件の捜査の過程で必然性を持って登場します。そのため、ドラマの詳細な設定を知らなくても、この人はどんな役目で、どういう人柄なのかということは大まかに把握することができます。

あえて予習する意味を挙げるとするならば、「ドラマシリーズのゲストキャラクターのその後を見ることができる」という一点に尽きるでしょう。

すでに公式サイトでも紹介されている、第4機動捜査隊の勝俣隊員は、『MIU404』の第3話で登場した虚偽通報事件の犯人でした。ドラマ当時は男子高校生だった彼は、機捜の新人隊員として、市民の安全を守るために奔走しています。

また、『アンナチュラル』の、ある青年の「その後」も描かれています。前述の通り、『アンナチュラル』は時間切れで予習が間に合わなかったので、「やたら意味ありげに映されたあのイケメンはいったい…?」となってしまったのですが、あくまで気付けたら嬉しい仕掛けであって、知らなければ楽しめない必須項目として仕込まれてはいないのが親切なつくりだと感じました。どこぞのMCUにも見習ってほしいものです。

シェアード・ユニバースというと、各作品の主要登場人物が積極的に交流する場面を想像してしまいますが、事件が起こった後(しかも死人が出た後)に動き出す『アンナチュラル』の物語と、大事件を未然に防ぐ初動捜査の『MIU404』、そして事件や事故とは縁遠い物流倉庫の『ラストマイル』の人々は、今回のような連続爆発事件でも起こらない限り、決して交わらない世界を生きています。全く違う環境で過ごす人々が、イレギュラーをきっかけに、間接的ではあるけれど交わっていく…。『ラストマイル』が、豪華俳優陣共演のお祭り映画で終わらないのは、そういった構成の妙がよい働きをしていると感じます。

ストーリー本編について

システムに使われる人々

ここからは、ネタバレもありでストーリーについて思ったことを書き連ねていこうと思います。

『MIU404』は、一連の事件のフィクサー的存在久住との対峙が軸となっており、明確な敵が存在しましたが、『ラストマイル』には連続爆発事件の犯人すらも、資本主義社会という巨大なシステムの歪みによって生み出された存在で、「こいつを倒せば全てが解決する」という単純な構造ではありません。

あえてこの物語の悪役を一つに絞るとしたら、資本主義社会そのものということになるでしょう。

映画冒頭、そしてラストシーンに挿入されるデリファスのキャッチフレーズ「What do you want?」の連鎖は、資本主義社会を支配する「より良いものを、より安く、より早く」という人間の欲望を具現化したもののように聞こえました。

本来、人々の生活を豊かにするために整備された物流システムは、そういった欲望によって、そのあり方を歪められ、作中の配送ドライバーや物流倉庫スタッフの生活を抑圧する軛として描かれています。

物流システムの、資本主義というシステムからの支配から逃れることは可能か?という問いが『ラストマイル』の根幹にあるように感じました。

たとえば、羊急便の委託配送を担うドライバーの親子(火野正平・宇野祥平演)は、昼休憩も十分に取れないまま、何十件もの配達をこなしますが、格安の単価で、生活するのも精一杯。羊急便に「安く使われて」います。

たとえば、シングルマザーの松本里帆(安藤玉恵演)は、共働きで懸命に働いている間に夫に不義を働かれ、女手一つで娘たちを育てようと奮闘するも、娘たちとの心の距離はどんどん離れていきます。自分たちの生活を楽にするための労働のはずが、いつのまにか会社に「使われ」、精神も肉体も消耗していくのです。

そして、西武蔵野LCの元チームマネージャー山崎佑(中村倫也演)は、巨大な物流倉庫を管理する重責に耐えかね、customer-centricというお為ごかしのマジックワードに「使われる」現状から解放されようと、究極の選択をします。

「2.7m/s →0」

秒速2.7mで絶えず動き続けるベルトコンベアを止めるには、0にするにはどうしたらいいか。システムを使うのではなく、システムに使われる現状から、どう逃げ出せばいいのか。

山崎は、そこに「70kg」を加えることで0にしようとしました。0になったのも束の間、彼の決死の行動を嘲笑うように、ものの数秒でベルトコンベアは稼働再開します。

山崎の無念を知ってか知らずか、爆発事件の真犯人は、12個の爆弾によって「2.7m/s →0」を実現しようとします。

山崎の行動の真相を知った舟渡エレナもまた、「2.7m/s →0」の命題に挑みました。消費者の欲望に「使われる」現状をどう打開するか。彼女の答えは団結でした。「せーの、でやめるんですよ!」その一言で多くの人が動き、世界は20円分だけ0に近づきました。

ドライバー親子の最後のやり取りで、配送単価の値上げを「焼け石に水」と表現しているように、たった20円の値上げは、「安く使われる」現実からの解放には程遠いものです。

ただ、人が死にかけようがなんだろうが、すぐに活動を再開するベルトコンベアの魔物と戦うには、小さな改革を地道に続けていくほかないのでしょう。

人々が何かを求める以上、秒速2.7mのベルトコンベアがその動きを止めることはありません。とてつもない速さでモノが消費され、人材が使い潰されていく現実にどう立ち向かっていくか。その問いの答えは、山崎佑のロッカーの鍵と共に、梨本青年に、そして観客自身に委ねられました。

ホラー映画じゃん

上の段落では、かっこよさげな文章で締めてみましたが、『ラストマイル』のラストってめちゃくちゃホラーじゃありませんでした?

個人的には、お仕事映画の皮を被ったホラー映画だと思っています。しかも、『残穢』とか後味が悪いタイプの。

デイリー・ファスト本社のサラに退職の意向を伝えた時、エレナは「あなたにプレゼントがある。爆弾はまだ残っている」と伝えます。

SNSで犯人が予告した爆弾の数は、全部で12個。犯人が注文した商品の数と発見された爆弾の数が合わず、物語終盤で混乱に陥りますが、結局全ての爆弾は見つかります。しかし、エレナは「まだ爆弾がある」と告げるのです。

これはおそらく、山崎佑のロッカーに残された「2.7m/s →0」のメッセージのことを指しているのでしょう。山崎はデイリー・ファスト本社との覚書にサインをしているため、たとえこのメッセージが見つかったとしても、過労死の証拠にはなり得ず、裁判を起こすのも難しいと思われます。

しかし、エレナは「2.7m/s →0」のメッセージを「爆弾」だと捉えています。エレナが去った後、追い詰められた表情で山崎のロッカーと対峙する梨本青年のシーンを思い返すと、なるほど、確かに「爆弾」だと思えます。

日々の仕事に忙殺され、心がすり減った瞬間に、目の前に「2.7m/s →0」の文言があったとしたら。梨本青年は、山崎がそのメッセージを書いた背景まで具に把握しています。自分も山崎と同じ選択を取ってしまってもいいのではないか、そう思う瞬間が、これからの梨本青年の人生に何度も訪れるのではないでしょうか。

山崎の真意を知ったからこそ、梨本青年には、この落書きを消すことはできないでしょう。しかし、エレナに「通報しないんですか?」と言いつつ、終ぞ自分から決定的な行動を起こさなかった彼のままでは、エレナのようにポジティブな方向性で「2.7m/s →0」の問いに立ち向かうこともできないでしょう。たった数文字のメッセージは、梨本青年の人生を良い方向にも、悪い方向にも変えうる爆弾のスイッチとして、彼の脳裏にへばりつくのです。ここら辺、どう考えてもホラーですよね…。

また、エレナ退職後、西武蔵野LCに戻ってきた五十嵐は、おそらく梨本青年かエレナから、メッセージのことは伏せて、山崎のロッカーの存在について聞かされたのでしょう。映画のラストで、大量の社員用ロッカーから山崎のロッカーを探し当てようとする描写がありました。5年前の事件に居合わせた中で、ただ1人残った社員である五十嵐にとって、山崎の残した「何か」は、自分の地位を揺るがしかねない爆弾です。

五十嵐は結局山崎のロッカーを見つけられず、沈鬱な表情でベルトコンベアを見下ろします。エレナが「自分が犯人だったら、実際より一個多く爆弾があると伝える」と言ったように、五十嵐やサラ、デイリー・ファスト本社の人々は、「あるかもしれない最後の爆弾」に怯え続けることになりました。

『ラストマイル』の結末に、どうしても後味の悪さを感じるのは、梨本青年や五十嵐の行く末があまり明るいものではなさそうだと思ってしまったからかもしれません。

特に、梨本青年がエレナのバディとして奮闘していたので幸せになってほしいのですが、あの追い詰められようだと、デリファスを辞める以外にハッピーな未来は待っていない気がします。もしシェアード・ユニバースが続くなら、起業したエレナのもとで働くホワイトハッカーとして再登場してほしいものです。

心から、梨本青年に幸あれと祈らずにはいられません。

壊れてしまったとしても、そばにいてくれるだけでよかった

普段、映画を見ても泣かないタイプの私ですが、今回はエンドロールで「がらくた」が流れた時、サビの歌詞に不覚にもぐっときてしまいました。

米津玄師さんといえば、主題歌を担当した時の原作の解像度が4Kということで有名ですが、今回も直接的ではないフレーズを使いつつ、物語の本質を捉えた一曲でした。

歌詞の解釈は様々あると思いますが、私はまず、犯人が山崎に向けたメッセージであると捉えました。辛い仕事なんて辞めてしまっていいから、ただ、隣で生きていてほしい。

ただ、物語の結末を思い返すと、山崎は植物状態ではあるものの、生きてはいます。では、いつか目覚めた山崎が爆発事件の真相を知ったとしたら。やはり、「壊れてしまったとしても、そばで生きていてほしかった」と思うのではないでしょうか。この発想に行き当たった瞬間、私の涙腺が崩壊しました。

思えば、犯人が使った爆弾は、映像では凄まじい爆発として描かれていましたが、殺傷能力がそこまで高いものではなく、佐野親子が1度目に遭遇した爆発でも死者は出ていませんでした。爆弾の開発者は、一個だけモーターに不具合があると語り、不良品の爆弾は他者への配達には使われていないはずなので、不良品ではない爆弾でも、人を殺すには至らないということがわかります。

デイリー・ファスト社のPB商品が相次いで爆発しているという状況さえ作れたら、おそらく死者を出さずとも、「2.7m/s →0」を実現することは可能だったはずです。

しかし、犯人は、デイリー・ファスト社の商品による爆発であることを印象付けるために、発売されたばかりのデリフォンを購入し、自らの身をもって、連続爆発事件の幕を開けます。世界に確実に罪を贖わせたいという執念と、自責の念が犯人の心を壊してしまったのでしょう。

もし山崎が目を覚ましたら、犯人に対して、どれだけ世界が憎くても、過去の自分を責めてしまっても、それでも一緒にいたいと伝えたに違いありません。ただ、現実は無常で、山崎と犯人が向き合って言葉を交わすことは二度とないのです。なんか、また泣けてきたな…。

働くということは、少なからず、資本主義社会の一部になるということを示しています。自己実現のために働こうが、日々の生活のために働こうが、巨大なシステムとは無縁ではいられません。システムに使われないこと、心を壊されないこと。なかなか簡単なことではないように思いますが、たとえがらくたになっても、どうにかこうにか生き続けたいと思いました。

ここまでつらつらと感想らしきものを書いてきましたが、映画『ラストマイル』は非常に後味が悪く、しかし爽やかな展開の作品でした。もし同じ世界観で続編が出るなら、絶対に梨本青年の元気な「その後」が見たいです。遺影でカメオ出演とか絶対やめてね…。

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