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過去の興味から開放してくれ。SNSによってつくられる視野狭窄への恐怖。

そういうものだから、と言われればそれまでなんだけど、ちょっと興味があって調べた話題の関連情報をいつまでもいつまでも表示し続けるSNSのアルゴリズムに腹が立っている。
X(旧Twitter)といい、Instagramといい。
noteでさえ、一度ジャニーズについての記事を書いてからジャニーズの話題ばかり表示してくる。私はあの件は記事を書いたことで自分の心の整理ができたんだ、もう放っておいてくれ!という気分になる。

ある販促関係のセミナーで「SNSというのはいかにユーザーを長時間滞在させるかという視点でつくられている」という話を聞いたことがある。道理で時間が溶けていくわけだ、と合点した。だからSNS側は、ユーザーの興味がありそうな話題を集めて並べてくれるわけだ。

私は知人との交流にはSNSを一切使用していない。ソーシャルネットワーキングサービスとしてではなく「ソーシャルネットワークを眺めるサービス」として使っている。テレビも見ないし新聞も読まないが、社会の動きから隔絶されたくはない、世の中の潮流がどこに向かっているのかくらいは知っておきたい、そんな気持ちでSNSを見ている。
そうなると、フォローする対象はおのずと企業アカウントや、インフルエンサーや作家、思想家、活動化などの著名人が主となる。年代もカテゴリもバラバラなアカウントばかりフォローしていることになる。SNS側からすると、このユーザーの興味関心はわかりにくいのかもしれない。実際、なにか特定のものへの興味があるわけではない。
そう、なにか特定のものへの興味がない私にとっては、勝手に私の閲覧歴からおすすめの情報を表示されると困るのである。とくに「世の中の最新の出来事や話題を知る」という目的で使っているXにこれをやられるのは痛い。
SNSの黎明期を私は詳しくは知らないが、トレンド機能の存在があることを考えると、おそらくTwitterは、誰かのつぶやきを誰かが聞き止めて、それが話題として広がっていく、という使われ方を想定していたのではないかと思う。だからその結果多くの人の関心を集めたワードをトレンドとして「いまこれが話題になっているよ」とユーザーに教えてくれていた。

ところがである。どうやら、おすすめもトレンドキーワードも、夫のXに表示されるものと私のそれとはまるで違うようなのだ。
トレンドにやたらとSnowMan関連のキーワードが出てくるのでそれはもう大人気なのかと思ったらなんのことはない、私がSnowMan関連のポストをよく開いているからだったわけだ。

SNSやネット広告は「ユーザーに最適化された社会」を私達に見せている。そのうえ「そのツール上で少しでも長く時間を使いたくなるように」デザインされている。
いまどき誰でも薄っすらとは知っていることだが、これはかなり怖いことなのではないかと私は思う。情報を得ようとすればするほど、特定の情報に誘導されてしまう。視野を狭められる。しかも本人はむしろ自分は多くのことを知っているつもりでいるから厄介だ。
自分とは興味関心が異なるだけの相手に「こんな事も知らないなんてバカだ」とか、「こちらの意見のほうが正しい!」なんて言ってしまう人たちは、この罠に陥っているのではないかと思う。自分自身や周囲の物事を俯瞰でみることができなくなっている。たぶん、本人はそれが出来ていると思っているのに、実際には決まった角度からしか見ていないのだ。

とはいえ、SNSの代わりになるものが見つからない。ニュースアプリもユーザーに合わせて表示する情報が選択されてしまうし、ニュースサイトや新聞、テレビは運営会社のカラーが強すぎる。
当面は、相当な理性をもってSNSを使っていくしかないのかもしれない。

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