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人はみな歳を取るのに

白髪を、見つけてしまった。
私ももう30代も後半。友人に、「髪染めた?きれいな色だね」などと声をかければお礼とともに「白髪あるからさ、面倒くさいけど染めないと」なんて返ってくる年齢ではある。自分の前髪にも時折白いものが混じっていて、ピンセットで抜いたりしていた。
それが、美容院で髪をカットしてもらっている最中に、鏡の中の私の髪に一筋のキラリと光るものを見つけたときには、なぜかいつものように平然と受け止めることができなかった。
髪の束の中に長い長い白髪を見つけたのが久しぶりだったからかもしれない。それが左右合わせて3本あったからかもしれない。美容師さんが白髪に対してなんの反応もしなかったからかもしれない。
白髪などなかったような顔をして店をあとにした私は、家に帰ってすぐにその3本を再び探し出し、抜いた。

私はもう十年以上、黒髪に誇りをもって生きてきた。幼い頃から、大人たちに褒めに褒められた髪だった。たいした手入れをしなくても、まっすぐで艶のある黒い髪。母や祖母は「烏の濡羽色」と言って褒めそやした。
高校から大学にかけては流行りの茶髪も楽しんだけれど、就職してからは黒髪で通している。短期間ながら海外に住む機会に恵まれたこともあって、日本人たるもの黒が一番、その人が生まれ持った色が最も美しい、と信じていた。

そしてなぜか根拠もなく、自分が白髪染めをするのは、まだ数年は先のことだろうと思っていた。それでも友人たちが白髪を気にしているという話を聞いて、自分ももう少し大人になったらバレイヤージュみたいな遊びのある染め方をしてみたい、最終的には染めるのをやめてグレイヘアを楽しみたい、などと妄想していた。それが、長い白髪を一度に3本見つけたことで、急に現実味をおびてきた。そう、まだまだ子供だと思っていたのは自分だけで、現実にはすっかり大人も大人、言葉を選ばずに言えばオバサンになっていたわけである。

かつて好きで追っかけまでしていた年下のアイドルも、気付けば30を過ぎていた。あのころと同じ顔で笑うのに、自信に溢れた受け答えはすっかり大人で少しさみしい。
絶世の美男子と記憶していたスターも、目元のしわが目立つようになった。あれ、こんな顔だっけ?と昔の画像を検索して面影を確認してみたりする。
憧れだった女優さんのほうれい線に気付く。
有名司会者はこころなしか小さくなったように見え、懐かしの芸能人の話題になると「えー、あの人、亡くなったの?!」なんて。

人はみな歳を取るのに、そのことをつい忘れてしまう。当たり前なのに。

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