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蒸着材料・研究開発の流れ(ゆるめの解説)

前置き

記事の対象について

蒸着という手法を用いる業界自体が、かなりニッチだという話をまずは前置きさせて頂きます。

その上で、この記事では
【蒸着】
【コーティング】
【薄膜】

ここら辺のワードに興味を持った人に向けた、蒸着材料研究開発の簡易的な流れを置いておこうと思います。
といっても、昨今勢いを見せているフォトレジストとか半導体露光装置とか、そういった類の物はございません。
あくまでも【レンズ】や【フィルム】をメインとしたコーティングの話になります。


書く話について

ニデック、光学技研、アルバック、エツミ光学、シンクロン、ジオマテック…etc…
聞いたこと、ありますか?
こういったコーティングの会社や蒸着機の会社は出てくるし、技術文献も出てくる。だけど、どうやってそもそもコーティングに使う材料を開発してるの?というのは、何だかんだ皆さん知りたい部分だと思います。


コーティング材料のあれそれ

ここで指すレンズは、主にメガネやカメラをイメージして頂ければ結構です。
レンズ表面のコーティングは機能性コーティングという何らかの有用な効果を発揮する材料で被覆されています。
材料の多くは有機材料で構成されることが多いです。今後研究開発が盛んに行われるものも、この有機系材料でしょう。
主に用いられるコーティングとして

上記表のようなものが挙げられます。
見て頂くと分かりますが、シリコーン系やフッ素系の樹脂が多くを占めています。組成を弄る(側鎖や鎖長)ことが容易であり、必要な機能を持たせやすいメリットがあることが要因です。
当然、これ以外の材料も多くありますし(アクリル系やウレタン系、長鎖アルキル云々)今は主に使用されているもののみをピックしています。

コート類が基材上に乗っかってもすぐに落ちない理由ですが、大体は表面での結合を利用しています。ガラスであれば表面に-OHがあり、それに対して-NH2や末端-OH、メトキシやエトキシを利用することで、水素結合を狙っていたり……。
とにかく、表面状態と材料の官能基は重要なパラメータなんです。

材料選択の考え方

撥水系コートを例に挙げます。
まず撥水の原理上、表面自由エネルギーが水よりも低くなるような材料を探すことになります。
コートとして使用できる要件は次の要素を満たすものです。

本題ではありませんので、それぞれについて深く触れることはしません。
最低限、これだけの要素を満たす材料を探す必要があります。
実際には成膜方法に応じた分子量、成膜手法、材料の性状と、細かく突き詰める必要があります。チャンバー径や電子銃の出力、ハースの厚み一つとっても変化が起きる場合がありますが、これはまた別の話です(そんな不安定な材料を客に出すな)

実際の手順例

ということで、この要素を満たす材料が果たして何か、いつもやっている探索手順をもとに説明します。

パワポ作るの苦手

だいぶ雑ですが、いつもこんな感じで回してます。
MIとか機械学習なんて高等な物を扱える人材が弊社にはいないので、材料探索は蓄積したデータと文献から予測して選びます。

■文献調査

求める性能を出す材料、組成、手持ちの手法と似通った成膜方法などの基礎的なデータやとっかかりを求めて漁ります。論文よりも特許を検索している時間の方が良い事に2年目でようやく気付きました。
他社技術が何から生まれているか知る良い機会ですし、今後の特許あれそれにも役立つ。

例えば、特許7325240で登録されている、HOYAの「眼鏡レンズの製造方法、眼鏡レンズ及び撥水材料組成物」を見ると、フッ素含有シラン化合物を用いて撥水性を発現させています。

・蒸着手法を用いている
・末端にシランカップリング系を置いて膜形成を狙っている
・拭き取り動作による撥水性低下を課題として耐払拭性の向上を考えている
・【0027】では信越のシランカップリング剤例がある(KBシリーズなのでエポキシ系)、【0029】でも多官能エポキシの例としてナガセケムテックスのデナコールシリーズ、以後も使用材料のヒント
・蒸着用ペレットへの含侵が可能である
・蒸着詳細が【0073】以降に記載。特に電子銃での作成ができる点。電子銃利用で耐えられるような化合物である。
・加熱で結合の進行が促進出来ている
・耐払拭性の試験方法が書いてある、参考になる

こんな風に要素を抽出している感じです。
後はこのように、フッ素を用いていない材料を作成したメーカーの特許をモソモソと読み漁るのが常。

■材料購入、条件設定

多分一番時間がかかるのがこれ。

●材料購入
合成を行うわけではなく、シリコーン系なら信越やGELESTといったメーカーから材料を購入します。
この時、SDSやHPに材料組成が載っていればいいのですが、多くは詳しい組成や側鎖の置換率が載っていなかったりが多いです。
その為、FT-IR、TOF-SIMS、GC-MS、MALDI-TOF-MSだとか色々使って分析を行う必要がある…のですが、実情は異なります。
求める性能が出る材料を総当たりでスクリーニングをかける関係上、一つ一つを分析出来るわけではありません。第一、全ての分析機器を自前で持てていない以上(買った所で売り上げでペイ出来るかも不明である)外部へ分析を頼むのも一検体うん十万する事もありますから、気軽には出来ないのですね。悲しい。

ですから、ある程度性能が発現した段階でようやく詳しい分析が始まるわけでございます。なので、この2つ後の工程に「■分析」の欄を設けているわけですね。

●条件設定
スクリーニングを続けるにしても、高速で回すためには時間と人、機械が必要です。いずれかが足らない以上何らかの要素が削られます。弊社では条件見当が疎かになっている傾向があります。

蒸着では多くの要素が絡みます。
チャンバー径、入射速度、材料の量、適切な堆積量、真空度、チャンバーの汚れ方の許容、ターゲットと部材までの距離・・・
条件見当が疎かになっているというのは、つまりここの部分で最適条件を探さず、一定条件以外では検討を行っていないという事です。
「もしかしたらもう少し熱かけて入射速度を早くすれば…」
「材料の量を変えれば…」
など、一度スクリーニングから外した材料に可能性が眠っていることは無きにしも非ずなんです。

よくある

「目的に対して今の材料がどの地点にいるのか」「どれだけ目標を達成出来ているか」を忘れずにいる事が、脱線せずに済み、上記のような検討外の可能性に目をつむる最良の方法でもあります。

■評価試験

評価項目も用途で変わってきますが、特にこの分野で多いのは

・耐候性試験
・接触角測定
・摩耗摩擦試験
・耐薬剤試験
・耐払拭性試験

辺りだと思います。
対象ユーザー層に合わせて必要数値を設定します。

この中でも耐払拭性(耐指紋性や防汚性にも繋がる)試験は統一されたやり方がなく、そのメーカーが考えた独自の手法で評価されているのが現実です。何をもって拭き取れたかの定量化が難しいからですね。いくらこっちが拭き取れたと数値で示してもユーザーが納得しなければそれまでですから。
私も分光光度計を用いた数値化を目指しましたが色々問題があって辞めた経緯があります。メンドクサイネ。

■分析

材料の特性把握の為にやる事は前項「材料購入、条件設定」に記載しましたので、触れていなかった【AFM】だけ軽く触れておきます。

AFMは特に表面構造の観察に用います。
表面構造、組成、力学物性(弾性率、粘弾性、凝着力)
これが分かる事のメリットは、製品化に対して即座に寄与するモノではありません。基礎データの蓄積に一役買っています。

材料作成の上ではポリマーブレンドといった方法を使用することがあり、特有の海島構造が出来たりします。
基本AFM単体で何かが分かるというよりかは、「発現している物性はこのような構造由来」「海島構造を構成するであろう成分の比と比較」とか、仮説補強の為に使用します。

ポリマーブレンドの分かりやすい論文、暇ならどうぞ
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seikeikakou/25/7/25_331/_pdf

■データ処理、報告

地獄
面倒くさい

ここで報告した内容に上司がグダグダ口を挟んできて、無駄な仕事の振りや「お前先週これ話しただろ」「話聞いてたらその質問でないと思うんですけど」みたいなツッコミを入れたくなる上司とのバトルが発生します。

■実際に製品化の見通しが立つと

製造装置導入というイベントが発生すると、装置の条件出しや、材料の中心条件設定、材料の保管期間試験が始まります。
他にもメーカーへのサンプル供給や実際に相手の会社に訪問して話を聞くとか……

材料探索のウェイトは名目上下げて貰えますが、量産化の見通しを立てられた以上はプロジェクトのマイナーチェンジ製品作成が継続されるという事でもあるので、結局どちらもやる必要があります。

量産化は工場部門との折衷も行う必要があり、根回しの為に奔走する必要があることもしばしば。品質管理や技術部門へ図面作成して引き継ぐとか、色々仕事が降ってきます。
「研究」じゃなくて、私がわざわざ「研究開発」と言っているのはこういった開発以外の行為も諸々やらされているからですね。

別に特別なことはやっていない、という話

「なんだ、別に大学(院)でやってたことじゃん」と考える人もいるでしょう。
実際、PDCAサイクルだなんだ言われますが、やっている事は学生生活時の実験組み立てと変わらず、強いて言えば色んな縛り(材料選び、環境、使用できる試薬、法令云々)が増えただけとも言えます。

是非この業界に入って来て欲しいです。
フッ素の規制が今後どうなるかは分からないですが、フッ素非含有の代替有機材料探索自体はかなりブルーオーシャンかもしれないので。

暇なら蒸着業界を覗いてみて欲しいです。
あ、出来ればドライプロセス分野に来て欲しい。人材不足です。

おわり





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