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芥川賞受賞作「推し、燃ゆ」について語る


め~め~。

普段は、映画についての感想や解説を書いたりしているムービーメーメーですが、今回は、芥川賞受賞作である「推し、燃ゆ」について、簡単に感想を述べてみたいと思います。

芥川賞といえば、直木賞と比べて圧倒的に堅いイメージがありますし、そこの描かれるものの重さも変わってくるところです。

そんな中、綿矢りさや金原ひとみには届かないまでも、21歳で芥川賞を受賞した作品で、内容が、アイドルとなれば、気になるのが現代人といったところではないでしょうか。

アイドル関係をかじったことのある人もない人も、いわゆる、推(お)しがいる生活をしている人たちのことがわかる作品になっておりますので、そのあたりを踏まえながら、感想を述べていきたいと思います。

好きな人の気持ち

どんな物事でも、それに対して情熱を持っているというのは大事なことです。

特に、アイドル業界というのは、そのセールスのやり方が多種多様であり、CDを一枚買うと握手ができてみたり、一緒に、写真をとってみたりと、その収益方法は様々です。

まったくアイドル文化というものを知らない人間からすれば、どうして、そんなお金をドブに捨てるような行為をするのか理解に苦しむと思いまいます。

ですが、「推し、燃ゆ」は、そんなアイドルのおかげで、なんとかギリギリ心を保っている女子高生を主人公とし、その推し(応援する対象)が、ファンを殴ったという炎上事件をもとに、主人公がどのように変わっていくかを描いた物語となっています。

「推し、燃ゆ」を見ることで、アイドルに傾倒する人たちの気持ちが、実によくわかるようになっているのが、本作の特徴です。

そんな空気感を見事にとらえているからこそ、帯に書かれた朝井リョウの推薦文「未来の考古学者にみつけて欲しい。時代を見事に活写した傑作」という言葉にも、納得がいくというものです。


推しのいる生活

主人公である、あかりは、アイドルグループの一人を、推し、として人生のすべてをかけて生きています。

推しというのは、いわゆる、推している(応援している)人ということなのですが、いわゆる自分にとっての神のような存在。崇拝する対象といっても、大きくはずすことはないかと思います。

本作品は、主人公であるあかりにとっての神(推し)が、ファンを殴って炎上(燃ゆる)したことで、結果として、ニーチェの言葉を借りるのであれば、「神(推し)は死んだ(人に戻った)」という作品としてみることもできるでしょう。

もちろん、大当たりはしていませんので、そのあたりは、本作品を読み込んでもらえればとは思います。

グッズを買うのはもちろんのこと、あかりは、推しについてのブログを運営しており、そのブログの中でも、一つのコミュニティを形成しています。

学校にはあまり彼女の居場所はありませんが、推しを通じて、ネットの中で自分の居場所がある、というだけでも、あかりの精神はゆらぎながらもギリギリのところで立ち止まっているような状態となっています。

推しのいるすべての人、とまでは言いませんが、「推し、燃ゆ」においては、推しがいることで、ツライ現実でも耐えられるということがわかります。


それぞれのアイドル

ちなみに、アイドルを追いかけることについても、立ち位置の違いがあることも、作中で見せてくれます。

あかりの友達である成美は、地下アイドルを追いかけています。

テレビでみたり、大きな会場でライブをしたりするいわゆる大御所のようなアイドルではなく、今の時代においては、有名無名を問わず、数多くの地下アイドルと呼ばれる人たちも存在しています。

運営側が必ずしもきちんとしているわけではないでしょうし、中には事件になるようなところもありはしますが、「推し、燃ゆ」の中における成美は、そんな地下アイドルにこそ魅力を感じています。

触れ合えない地上より触れ合える地下」 

『認知もらえたり裏で繋がれたり、もしかしたら付き合えるかもしれないんだよ。
                          本編p5より』

そういう考えもあるでしょう。

アイドルというものに対して、何を求めるかというものについては人それぞれです。

ですが、主人公であるあかりは、

『あたしは触れ合いたいとは思わなかった。現場も行くけどどちらかと言えば有象無象のファンでありたい。拍手の一部になり歓声の一部になり、匿名の書き込みでありがとうって言いたい』

と考えています。


何が正解というわけではありませんが、少なくとも、あかりという人物を言いえていますし、決して少なくない意見であると思います。

閑話休題

ちょっとだけ、話はずれます。

「来世ではちゃんとします」という漫画があります。

これは、登場人物がそれぞれ、何らかの形で性についてこじらせており、そんな事情を含めていろいろなシチュエーションで描く4コマ漫画となっています。

この中ででてくる高杉梅は、美人なのですが、アセクシャル(無性愛者)であり、彼女の趣味は、漫画を描くことです。

特に、ボーイズラブと呼ばれるジャンルが好きであったり、推しのアイドルがいたりします(山菜を題材にしたアイドル)。

そこで、梅が願うのは、二人の生活に入らず、そこの部屋にある観葉植物でありたい、といったような発言をしており、「推し、燃ゆ」の主人公のあかりの考え方と同一であるように思われます。

様々な人間の内面がある中で、「推し、燃ゆ」は、アイドルを推す人物の内面をこれでもかと描いているところに特徴があります。


推しのためにバイト

主人公であるあかりは、高校2年生なので、お金がありません

そのため、居酒屋でバイトをしており、怒られながらもがんばっていた理由が描かれます。

「時計を盗み見る。一時間働くと生写真が一枚買える二時間働くとCDが一枚買える、一万円稼いだらチケット1枚になる、そうやってやりすごしてきたことの皺寄せがきている。」

誰しもがツライ仕事をこなすのには、一定の理由が必要になっていきます。
おいしいものを食べたい、好きな人と過ごしたい、旅行に行きたい。

その理由の中で、あかりが頑張る理由は、推しの為に何かをすること、なのです。

彼女は、勉強はできません。
英語も数学もできませんし、興味がないからまったく覚えることができません

ですが、推しの誕生日やプロフィールについてはすべて暗記していますし、部屋は片付けられなくても、推しに関する写真はきっちりフォルダ分けしていつでもとりだせるように整理しています。

推しがいるおかげで、人間のカタチを保つことができる、というのは、わからない人からすれば、アイドルなんて、と非難するかもしれませんが、生きる理由がなんであったとしても、かまわないと思います。

ただ、そんなギリギリの中で生きていた彼女は、推しの炎上をきっかけに、悪い方向へと向かっていくのです。

脱落

なんだかんだ、推しにお金や人生をかけているだけの女子高生の物語かと思っていたら、話はどんどん暗いほうへと流れます。

祖母の葬儀をきっかけに、高校を中退して働くこともできずにいた主人公は、祖母の家で生活させられます。

このあたりの家族の対応は本当に悪いお手本のようになっています。

自分で考えることができない子供に対して、お金と家だけ渡して、就活しろ、というのは酷という以外にありません。

本人はやろうと思ってやっていないわけでもなく、怠けたくて怠けているようにみせているわけでもない。

結果として家はゴミ屋敷のようになり、そんな中、彼女の推しは、突然の引退宣言をします。


骨を拾う

推している人がいるからこそ生きている人間から、その推しがいなくなってしまったら、その人はどうなってしまうのか。

「推し、燃ゆ」においては、アイドルに熱狂する女子高生が描かれるのと同時に、アイドルとはどういうものかも含めて描いています。

漫画やアニメのキャラクターと違って、アイドルは人間です。

人間であれば、いつかアイドルをやめる人もでてくるでしょうし、一般人に戻ってしまう人も多い。そんな中で、自分が人生をかけて推してきた人が、推すわけにはいかない一般人になってしまったら、どうしたらいいのか。

気づくと、推しのマンションらしき場所の近くまできてしまった主人公。

そこでは、布団を干そうとしている女性。

それが、その推しと同居している人かどうかは別として、推しが人になる、というところが描いてあります。


「もう追えない。アイドルでなくなった彼をいつまでも見て、解釈し続けることはできない。推しは人になった


彼女は、その後家に戻り、家にある綿棒入れをぶちまけます

そうして、綿棒を拾う描写は、あたかも、拾うことのできない自分の骨を拾う動作であることは、本文を読むとわかるところです。


感想

純文学に送られる芥川賞。

アイドルというサブカルチャー文化を思いっきり取り扱いつつ、純文学として成立させてしまったというところに驚きがある本作ですが、アイドル的なものに一度でもはまったことのある人であれば、非常に共感できる内容になっていると思います。

特に、サンプルをインターネットで読むことができるのですが、作者の年齢が若いこともあり、文章も含めて、いまを切り取ったような文章は、まさに、今しか楽しめないものとなっていると思いますので、気になった方は手に取ってみていただきたいところです。

内容的なものはおおむね記事で書かせてもらいましたが、小説の多くは、その単語のリズムであるとか、使い方を含めて読んでみることで、体験になりますので、そんなあたりも含めて、また、何か気になる本があれば、映画に限らず紹介していければと思います。

それでは、次回も、め~め~。

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