![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/50038127/rectangle_large_type_2_07959f32252b147f57daab7a26946ca7.png?width=800)
黄昏に生きる。登場人物から読み解く映画「テネット」
め~め~。
クリストファー・ノーラン監督による映画「テネット」は、時間を逆行するという設定と、複雑かつパズルのように組み合わされた脚本によって、良くも悪くも難解な作品となっています。
本記事では、そんな時間軸が入り乱れたように見える「テネット」について、登場人物の視点を第一にした上で、キャラクターがどのような変化をしていったかを主題に据えつつ、解説めいたことをしていければと思います。
ちなみに、本記事を読むにあたって、ネタバレにかかる部分をいかんなく説明することとなりますので、事前に映画をご覧になったあとの、答え合わせ、ないしは、理解を深めるための補足材料としてつかえっていただければと思います。
では、さっそく、行ってみましょう。
本作品の時間について
時間の関係を取り扱った作品というのは、かなりありまして、未来から禿げた自分が殺しにくる「ルーパー」といった作品であったり、超有名どころでいえば、ロバート・ゼメキス監督による「バックトゥザフューチャー」なんかは、過去に戻って未来を変更する、という物語となっています。
「テネット」については、この時間の戻り方、というのが大変特殊な設定になっています。
それは、時間を逆行する、というものです。
映像作品の逆再生、というものは、みなさん理解できるかと思います。
ビデオテープでいうところの再生と、巻き戻し。DVD以降であったとしても、逆再生というのは、まぁ問題ない考え方かと思います。
回転ドアのカタチの装置の中に入ると、その中に入った人物は、時間を逆行することになります。
歩いている人は、後ろ歩きになり、壊れたものは、元の形に戻っていきます。
世界というデータの集積があったとしたら、そのアカシックレコードが逆再生するような概念が、「テネット」でいうところのタイムスリップだと考えていただいて、そう間違いありません。
作中では、エントロピーが減少する、ということで表現されています。
(簡易的な説明で有名なのは、無数にあるすべてが1の目のサイコロをイメージしていただき、そのサイコロに触れれば触れるほど目の数は増えていく(1以外がでる可能性が増える)、という現象を、エントロピーが増大する、なんていう説明があったりします。この説明の場合、目の数が減ることもあるかもしれませんが、同じサイコロは触れないという前提に立てば、全体の数字そのものは増えていきますよね、という感じです。まぁ、蛇足なので読み飛ばしてください)
さて、さらに、そんな時間の動き方を踏まえた上で、もう少し、本作においての、「第三次世界大戦」がどのように行われているかを踏まえて、簡単にみていきます。
世界の上書き
「祖父(または、親)殺しのパラドックス」
というのは、劇中でで説明されている内容となります。
過去に戻って自分の祖父、ないしは父親を殺した場合に、自分は存在することができるのか、というよくあるタイムパラドックスものの典型的な問いかけです。
「バックトゥザフューチャー」においては、その矛盾については、主人公のマーティーが、だんだんと消えていく、ということで表現されており、祖父殺しのパラドックスについては、こう考えている、ということが示されていました。
「テネット」では、祖父殺しのパラドックスについては、発生しない、ということで示されています。
それは、この作品における時間の考え方が、どこまでも因果律でなりたっていることを表しています。
原因があって結果があり、その逆はありえない、という当たり前のことをうたった概念です。
「バックトゥザフューチャー」では、過去に戻って原因を消してしまうと、未来(結果)が変わってしまう、という考え方ですが、「テネット」では、因果律は、世界の時間全体にたいして加えられています。
「テネット」でも未来に変更はあるかもしれませんが、現在は変わりません。
多少語弊がある言い方にはなってしまいますが、「テネット」の世界が、ビデオテープの一本だと思ってもらえるとわかりやすいかと思います。
動画のデータだとすれば、それは一つのファイルと考えてもいいでしょう。
それは、編集と言い換えてもいいかもしれません。
未来の出来事によって、過去を変えられる、というものです。
もうすでに作られたデータを根本からかえることはできませんが、過去に逆行して、その出来事を追加することは可能となっているのが「テネット」です。
本当の主人公は、未来人であり、世界を救うために、過去に味方を派遣します。
その代表がニールという男です。
未来の自分が、過去の自分のおかげで助けられたのであれば、一番はじめに助けられた自分はどうなってしまうのか、といったまぁ、いわゆる矛盾というのが、考えられますが、「テネット」の世界観であれば、それほど考える必要がありません。
「テネット」における主人公(名もなき男)は、過去に発生していた自分をなぞる男だからです。
この物語は、人物の視点でみなければ、混乱してしまうと思いますが、一人の人間の視点に固定することで、一気に腑に落ちる作品となっています。
っということで、それぞれのキャラクターの視点でみてみたいと思います。
名もなき男
プロタゴニストと英語では表記される主人公は、「ターミネーター2」でいうところのジョン・コナーみたいなものでしょう。
自分を助けるために、未来の自分の命令でターミネーターが助けに来た、みたいな話です。
ただし、「テネット」では、主人公は目の前の事柄をこなす人物となっています。
そのことが、主人公のテネット(主義・信条)を揺るがすことになりはするのですが、そのあたりは、劇中でのやり取りをみていただければと思います。
特殊部隊の人間としてオペラ襲撃に参加し、拷問のあげく、主役に選ばれた主人公の男。
彼の視点からすれば、ロシア人の富豪であるセイターが、世界を根こそぎ壊滅してしまうアルゴリズムと呼ばれる謎の装置をつかっての、壮大な無理心中に付き合わされるのを阻止する話です。
ニールという相棒とともに戦いを繰り広げていくわけですが、物語の最後には、自分の運命について、改めて思いをはせることとなります。
「起こったことは仕方がない」
彼は、自分がどのように時間逆行を使いながら渡り合っていけばいいのかを理解しながら、未来や過去(順行や逆行)に向かっていく、というのが物語の基本的な流れとなっています。
キャットという女性
キャットは、ロシアの富豪であるセイターという男の妻です。
登場人物に的を絞って考えた場合に、キャットという人物の成長物語として作品をみることができるようになっています。
彼女は、いわゆる暴力夫に支配される妻となっており、息子であるマックスがいることもあって、彼のもとから逃げることもできずに、ツライ日々を送っている。
すっかり夫の暴力におびえている彼女は、夫に銃をつきつけられても殴られても何もすることができませんし、女性が船から海へ飛び降りているのを見て、
「心から嫉妬した。自由な彼女に。あんな風に飛び込めたら」
と言っています。
腹に銃弾を受けてもなお、夫にたいして反抗できなかった彼女が、時間逆行を行いながら、自分のために夫を殺す、という成長というか、克服ものの作品としてみることができるようになっています。
そして、物語の前半で彼女が語っていた、「あんな風に飛び込めたら」と思っていた女性が、キャット自身であった、ということがわかる、伏線を回収しつつ、なりたかった自分になれた、という作品にもなっているのです。
ニールという男
さて、「テネット」において、一番の重要人物は、ニールという男になります。
彼は、未来の主人公から派遣された男であり、三度にわたり主人公を命のききから救ってきました。
「起こったことは仕方がない」と作中では何度か述べられているところですが、本作品は、死を逃れることはできません。
今生きている自分が、過去や未来のどの時点で死ぬかは、選ぶことができないのです。
主人公も助けられてはいますが、彼が生きていたとすれば、それは、生きているという運命だったからにほかなりません。
ちなみに、赤い紐の先に五円玉がついたようなアクセサリーをつけていることから、顔がみえなくてもわかるようになっているわけですが、彼は、主人公と相当長い付き合いであることがわかります。
「ダイエット・コーラを」といって、主人公の好む飲み物を注文したりします。
色々な話はあるものの、ムービーメーメー的に気に入っている解釈としては、ニールが、主人公の義理の息子、という設定です。
キャットの息子であるマックスというのが、愛称であった場合に、マックスという愛称における本名は、マキシミリアンだそうです。(Maximilian)という名前の反対側から4文字はnail(ニール)と読むことができる、というものです。
任務を超えて、命を救ったキャットと恋仲となった主人公が、義理の息子とともに世界を救う、という話で考えたとき、ニールという男は、年月を経て、若き日の義理の父親とバディとなって、世界を救い、父親の命を助けたキャラクターとして活躍する物語として考えると、「テネット」がより楽しくなるためです。
もちろん、たんに、これから仲良くなる男が、主人公(プロタゴニスト)の命令で命をかける、という友情ものでもいいのですが、今のような設定を信じたほうが、よりキャラクターの動機が強くなるように思うためです。
セイターという男
また、セイターという男を視点に考えたとき、キャラクターの対立構図がわかるようになっているのも面白いところです。
詳しいことは省きますが、セイターという敵役の男は、プルトニウムを拾う大変な仕事の中、未来からの贈り物を受け取ります。
その結果大富豪となり、おそらく、時間の逆行を利用して、キャットという上流階級の奥さんと結婚します。
ですが、そんな時間逆行という裏技を使った彼の人生は、猜疑心との戦いだったことでしょう。
今は信用できる部下が、未来で裏切って過去にやってきてもまったく不思議ではありませんし、そもそも、後ろ暗いやり方をしてのし上がってきた男が、安心した人生を送れるはずもないのです。
その結果、妻を暴力で支配するようになります。
「もう一度、夫を愛そうとした」というキャットのセリフにあるように、かつては、愛のある生活ではあったのでしょう。ですが、贋作画家との不倫が行われていると思ったセイターは、もう妻を信じることはできません。
ちなみに、「俺の失敗は、息子を作ったことだ」
といっていますが、これの解釈次第ではちょっと、面白いかと思います。
なぜならば、マックスという息子がいるおかげで、キャットはセイターのもとにいるわけですし、そうでなければ、とっくにキャットはいなくなっているはずです。
なんだかんだ、セイターは妻を愛してはいるのです。
言葉通りに受け取るのであれば、自分の作戦を邪魔する人間の一人に、ニール(マックス)がいるということを知って、自分の息子が自分の計画を邪魔してくる、ということを暗示するような意味合いでいったのかもしれない、と思ったりもした次第です。
改めて、時間の見方
この作品に本来の時間軸などというものは、おそらく、考えるのがヤボだとは思います。
ただ、この作品が、一本のビデオテープ。あるいは、一冊の脚本だと考えた場合に、物語の時間軸はわかりやすくなるのではないでしょうか。
本当の初めの主人公(プロタゴニスト)がいて、未来で組織を結成。ニール達を過去に送り込む。
作られていくシナリオの先端にいるのが主人公ではあるでしょうが、シナリオが後から書き加えられる、というのが本作の時間感覚の在り方でしょう。
もともと書いてしまったシナリオを変更することはできなくても、その意味合いを変えることはできます。追記したり、そのシナリオに影響を与えることで、過去を変更していく、というのが、本作における時間修正です。
何度も上書きを繰り返している世界なので、爆発した破片がどうなっているのか、どういう順番で何が起きているのか、というのは、それほど意味があることではありません。
赤いチームが順行しつつ、青いチームが作戦をすでに完了させていたりする描写がありますが、世界がすでにそうである、ということではなく、すべての時間軸は、その対応する人間の体験の中にしかない、という点が大事なポイントとなります。
未来の自分に助けられた自分という意識をもつ主人公が存在するからこそ、その時間は、正しく見られているのです。
自由意志の有無についても語られていますが、シナリオ通り進めている主人公はたしかに、自由意志はないかもしれません。
「無知こそが、武器」
というテネットの組織の人たちですが、先のシナリオを読んで行動するということが必ずしもいい演技につながるとは限りません。
映画として、すでに何度も書き換えられた世界(シナリオ)を我々がみているのが、今回の主人公の話というだけであって、よくあるタイムトラベル、タイムリープものとはまた、異なる時間の流れをもつ作品が「テネット」となっており、その点を読み間違えると、矛盾に気をとられてしまうことになるかと思います。
ちなみに、ハイターという敵役は、自分の体験にしか興味がなく、だからこそ、病で死んでしまって体験ができなくなるのであれば、いっそのこと、世界そのものを道ずれにして、アルゴリズムという兵器?をつかって世界を亡くしてしまおうと考えます。
一方で、主人公は、自分の体験の外側を信じている男です。
物語の冒頭で、主人公は、自ら仲間たちのために死を選びます。
自分が死んだとしても、それが未来につながるのであれば、自分の命は惜しくない、という考えです。
それは、ニールという男が身を挺して主人公を守ったことでもわかる、物語に通底しているテーマといえます。
セイターは、自分の死のあとが信じられない。その対比として、主人公たちが世界や未来のために戦う姿が、対立構図として浮き上がるという点が、また面白い作品となっています。
ホイットマンの詩であるとか、言葉の引用が様々あり、それ自体がとても洒落た内容とはなっていますが、難しいことは考えず、未来や過去の自分を含めて、壮大な物語を楽しめればと思います。
ちなみに、気づきずらい点ではありますが、この世界にいるキャラクターは、当たり前ですが、過去には行けても未来にはいけません。
未来に行くために同じ時間の時が流れることを、未来とはいわないですからね。
未来の主人公(名もなき男)は、自分たちが生きるあの世界(過去から未来をすべてひっくるめた)そのものが、アルゴリズムによって破壊されないようにするための、第三次セカイ大戦となっており、かなり特殊なメタ構造をもっている珍しい作品となっているのが、本作品となっております。
だから、本当の未来の主人公は、世界がなくならないということが勝利の結果であり、それ以上の事柄は起きません。
「テネット」の世界では、未来から過去にモノや情報が送れることと、その場で過去に逆行したりできることだけが特殊な事柄となっており、未来にいる人たちは、やはり、世界の外側を信じていないと、こんな作戦を行えない、という非常に動機が想像するのが難しい結末となっているのです。
以上、黄昏に生きる。登場人物から読み解く映画「テネット」でした!
次回も、め~め~。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?