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映画『イニシェリン島の精霊』から学べ!異なる知能の生き辛さ』感想解説

公  開:2023年(日本)
監  督: マーティン・マクドナー
上映時間:114分
ジャンル:ドラマ/コメディ
見どころ:ミニチュアロバの演技と可愛さ

ケンカに巻き込まれる動物達もたまったものじゃないメ~

いい大人がケンカすると、ろくなことがありません。

「スリービルボード」や、「セブン・サイコパス」でお馴染みのマイケル・マクドナー監督による「イニシェリン島の精霊」は、アラン諸島にあるとされる小さな島を舞台に、おっさん二人がひたすらケンカする話となっています。

閉じたコミュニティの中で、仲が悪くなるというのはかなり致命的なことです。

コリン・ファレル演じるパードリックは、ある日、親友だと思っていた友人コルムに絶縁されることになります。

昨日まで仲良くしゃべっていた人が、突然、無視してきたら、なんとかしようとするのが人情です。

しかし、パードリックが行動すればするほど、事態は深刻な方向にいくのです。

本作品は、小さな島の向こう側で、アイルランドの内戦が描かれている、という事情から、戦争がいかにして過激化していくのか、不毛であるのかということのメタファーとしてとらえる向きもあります。

そういった読み取り方も勿論できるのですが、本作品を楽しむにあたっては、もっとシンプルに、人間の焦りや、結果として人間が大人になることのプロセスを楽しんだほうがいい作品ともなっています。

一応、ここからネタバレを段階的に踏んでいきますので、物語を純粋に楽しみたい方は、その段階に応じて作品をみてから戻ってきてもらえればと思います。

ケンカの理由

ケンカの理由そのものはたいしたものではありません。

忙しかったり、何か創作をしている人間だと誰しも感じたことのある悩みではないでしょうか。

時間がない。

音楽家であるコルムは、死ぬ前に自分の音楽を残したいと思っています。

しかし、友人のパードリックは、ロバの糞の話で2時間も話をしてしまう男であり、本質的なところでは、趣味が合っていません

ですが、小さい島の中では、パブで一緒に語って飲む仲間はかけがえのない存在です。

趣味の異なる友人と無駄に飲み続ける生活に焦ってくれば、友人と縁を切りたいと思うのも、無理らしからぬことといえましょう。

とはいえ、いきなり絶縁されたパードリックはたまったものではなく、好きな子に振られた少年の如く、コルムにつきまとうことになります。

創作活動に残りの人生をつぎ込みたいコルムと、そんな彼の行動や、自分自身がいかに負担になってしまっているかに気づかないパードリック。

この二人のすれ違いが、どんどんエスカレートしていくコメディ作品が「イニシェリン島の精霊」だったりします。

疎まれる人

集団がある程度大きくなりますと、どうしても、煙たがられる人というのはでてくるものです。

イニシェリン島において、実はそのうちの一人がパードリック自身だったりします。

とはいえ、さらにカーストの下にいるのが、警官の息子であるドミニクとなっていまして、彼は、島の住人の大半からバカにされています。

コルムから見放されたパードリックが、一緒に話ができるのはドミニクだけなのですが、彼の心を汲み取ってくれる気配はなく、自分の話ばかりされてしまいます。

ただし、パードリックが感じているドミニクへの印象が、そのままコルムの持つ印象であり、観客が抱く印象となっているところは、うまい作りとなっています。

パードリック自身は、非常に良い男ではあり、ドミニクほど抜けた人間ではないのですが、コルムと話をするには知識や教養が足りないのです。

しかし、パードリックの妹のシボーンもまた同じ悩みを抱えていて、島の誰よりも知性があるにも関わらず、話がまったく合いません。

とはいえ、兄を見捨てて島の外に出ることもできないために、悶々と過ごしています。

幾人かの存在が、村で生きづらさを抱えているそれぞれの異なる知能をもつ人たちに感情移入できるようにできています。

基本的には、パードリックに視点となっていますが、小さな島での生きづらさは、会社等の組織や、地域社会で息苦しい思いをしているすべての人に当てはまる内容ではないでしょうか。

みんなからバカにされているドミニクにもドミニクなりの悩みがあり、報われぬ恋に苦しんでいたりもします。

極端な対応

その苦しみから抜けるために、まずとっかかりをつくってしまったのは、コルム自身です。

音楽の為に、自分から余計な時間を奪うパードリックを切ります。

しかし、嫌いになったわけではない、というところが切ないところです。

パードリックは、彼の真意がわからないまま苦しみますし、コルム自身もなんとか彼にわかってもらおうとするのですが、伝わっていません。

パードリックは、ドミニクの適当なアドバイスに乗せられて、いつまでもコルムに関わろうとしてしまいます。

空飛ぶ指

いくらでも引き返すことができたはずなのに、意地になってやってしまった事柄がきっかけとなり、「イニシェリン島の精霊」では、物語のタガがはずれてきます。

「話しかけたら、指を切る」

といって脅してくるコルム。

冗談だろうと思いきや、指を切って投げてきたあたりで、パードリックもやめておけばいいのに、元に戻れるんじゃないかと思って間違いを重ねます。

本作品が面白いのは、物語の最後に、パードリックと、コルムの立場が逆転するところです。

逆転する立場

パニックになるパードリックですが、妹に見捨てられ、唯一の話し相手になってしまったドミニクにすら、「あんたは、いい人だと思っていたのに、変わった」といって見放されます

なんとかしようとあがいた結果、自分のいい部分をダメにしてしまい、孤独になっていってしまう皮肉

極めつけが、辛い時に慰めてくれた、ミニチュア・ドンキー(ロバ)のジェニーが、コルムの指で喉を詰まらせてしまいます。

パードリック自身も怒りと悲しみに染まり、コルムに対して復讐を行うようになります。

「あいこだな」

というコルムに、あいこじゃない、生きている間はずっとやってやる、と宣言して去っていくパードリック。

皮肉にも、お互いが傷つけあって、親友ではなくなることで、コルムにとっては、つまらない男ではなくなったと同時に、彼が残りの人生を安心して音楽活動に専念できなくなってしまったことも表しています。

本作品は、アラン諸島を舞台にしているのですが、風の強い地域となっていまして、そんな場所でも農業をするために積み上げられた大量の石の壁が印象的です。

何もない島で行われる人間関係のやり取りで、ハラハラしっぱなしになる本作品。

作品を見終えたとき、自分は島の中の住人の誰であったかを考えると、空恐ろしい気分になれると思います。


ちなみに、雰囲気がなんとなく似ていて、どんどんおっさん二人がやばいことになっていく映画といえば、以下となりますので、おっさんのケンカという興味を広げたい人は、以下もオススメです。


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