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窪田正孝と『犬猿』

本当に好きな人だからこそ、「この人と出会っていなければ、今のわたしはいない!」と言い切れる人だからこそ
わたし自身が持っている言葉だけでは、どうしてもうまく形容できないということがあります。

彼の作品は何作か見ているし、幾度となく彼のことについて書くタイミングはあったものの、どうしてもうまく書けずにいました。

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(6年前にこのドラマを観て以来、わたしにとってずっと大事な役者さんです)

先日アマゾンプライムに入会したものの
あまり「熱烈に観たい!」といった作品がなかったので
検索欄に「窪田正孝」と入力し、最初に出てきた『犬猿』を見直すことにしました。

実はこの『犬猿』、わたしが初めて出町座で観た作品です。
ちょうど2年前、京都にやってきて
この作品を上映しているのが出町座だけだったので、足を運んだところ
出町座に一目惚れをしてしまい。

今映画チア部に在籍して、こうやって文章を書いているのも
出町座でたくさんの人と出会えたのも
『犬猿』を出町座で観たからです。ほんとうに。
窪田さんと出会っていなければ、京都での生活で出町座を知ることがなかったかもしれない・・・と思うと本当にちょっとおそろしい。
物語が面白くて好きなのは勿論ですが、わたしの人生における意味重要性もあり、好きな作品です。

あらすじをつらつら書こうと思ったのですが
予告編、とりあえず観てください。

この予告編が好きすぎて、わたしは何度も何度も観てます。本当に頼むから観て・・・・・・・・・・・主題歌になっているACIDMAN の楽曲もバチバチにかっこいいので・・・・・・・・観て(・・・の濫用)

和成と卓司の金山兄弟、由利亜と真子の幾野姉妹。その4人が絡みあう物語です。
もう塩梅が本当に絶妙に良い。痒いところに手が届く感じで良い。
それぞれの魅力や欠点がきちんとわかるように、本当に丁寧に描かれています。

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真子。要領が悪く、そこまで頭も良くないけれど、可愛くて周りにはチヤホヤされています。こんな子がわたしの周りにいたら、自分の容姿と比べて悲しくなって、少し苦手だと思っちゃうかもしれない(笑)

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卓司。凶暴な性格かつトラブルメーカーで、彼が強盗罪での服役から出所してくることで物語が動き始めます。新井浩文さんの演技がナチュラル(ほんまもん)に見えすぎて怖い。

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由利亜。勤勉で頭の回転も速く会社を切り盛りするできる女だけど、太っていて見た目がよくない。和成に密かに恋をしています。わたし自身、長女ということもあり、由利亜にたくさん共感してしまいました。

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和成。真面目で堅実、印刷会社で働きながら毎日わずかな貯金をする地味な生活をおくります。でも根っこには卓司に対する敵対心や、ずる賢い部分も持っています。

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この作品には顔を映していないカットがたくさんあって。
映画全体を通じてそこが印象的でした。
背中からだったり、首の後ろからだったり、電話口の声だけだったり。
そこは物語で重要なシーンだった分、想像して涙したりもしました。

その中でも窪田さん演じる和成は、目のカットが印象的でした。
『東京喰種』(2017)も窪田さんの目のカットから映画が始まり、窪田さんの目で映画が終わっていたり。
『犬猿』の冒頭にも彼の目のカットがあります。そして物語中盤には和成の目に対するやりとりがあり、その演出が憎いなあと思ったりしました。

運転しながら眺める着信
卓司と話すときの目と卓司がいないときの目
高級車のロゴマークを見る目
救急車のシーン、面会室 、自宅

笑ったらくしゃっと潰れる目も
怒りにみちたら人を殺しそうになる目も

窪田さんの目、というより身体としての“眼”の演技をみたら
「目は口ほどにモノを言う」という言葉の意味がじんわり分かるような気がします。

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そしてもう一つ重要なのが、兄弟と姉妹の喧嘩のシーン。
ここは予告編からずっと気になっていた分、想像以上に胸にぐっときたし、初めて映画館でみたときは静かに泣いていました。

親と、妹と、友人と、こういう風に怒鳴りあって喧嘩してしまったことは私にも何度かあるけれど、その喧嘩が起きるのは大体夕方だった気がします。

部屋で頭をかかえる卓司、外を歩く真子、車のエンジンがかからない和成、部屋の片付けをする由利亜

怒鳴りあった後バラバラになって、夕日に照らされながらそれぞれが一人の時間を過ごしていて。
喧嘩がひと段落した後、なんともいえないイヤーな気持ちが胸に残るのが伝わってくる演出だと感じました。
きょうだいの下ふたりが家を出て行って、上ふたりが家に残っているのもなんか、喧嘩した後“らしさ”がある。

喧嘩している時は、普段よりも相手の言葉が頭の中まで大きく響くような気がしています。
耳と頭の中を相手の声が刺すような感覚。その人の声しか入ってこないし、ぐわんぐわん反響する。

「消えてくれよ 頼むから」
「好きじゃないのに、なんで」
「俺が落ちてくのがそんなに嬉しいか」
「嫉妬するのもいい加減にして」

劇場で観たとき、4人の感情が爆発する声ははちゃめちゃに大きくて
映画館の中が自分の頭の中なんじゃないかってくらい声が響いていました。
その声がさらに苦しさを増大させる。いたい。

喧嘩のシーン、窪田さんの和成の豹変がとても印象的です。
今まで静かに耐えてきた些細なストレスが積もり、それをぶつけるかのように卓司に大声で怒鳴り散らすシーン。

わたしは彼の“静と動”の演技がほんとうに好きで、見るたびに胸をえぐられるような感覚になります。どこか世界に対して諦めているような役柄(いわゆる幸薄な役)を演じる時の彼の演技が、一番好きです。
それに対して、原作ものの作品では振り切った感情を持つキャラクターを演じたり、コメディ要素のある作品ではハイテンションなツッコミ役も演じてしまう。そういう姿を観たときも「さすがだな」と思わされます。

『犬猿』の吉田監督は窪田さんを

最近、大作の主役で大きな芝居を任されるようになって、人間じゃないような役が続いていますけど、僕はデビュー当時のナイーブな雰囲気で撮りたいなと。特にオーバーな芝居はないし、ヘタすると何もないまま終わってしまう可能性がある。そんななかで、リアリティもほしいし、主演としての華を持っている人となると、やっぱり窪田くんぐらいスゴくないとダメでした。

と評価していました。

喧嘩のシーン、そしてその後のラストに向けての和成というキャラクターは
極端に偏ることなく、1人の人間内で起こりうる感情の起伏を見せてくれたからこそ、他のキャラクターとは違った思いで眺めているのかなと思いました。

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ここまで書いてみましたが、やっぱりどこか形容し切れていないモヤモヤも感じています。
窪田さんの演技を見るときは、瞬間瞬間に没入してしまうので、冷静に思い出すことができないからかもしれません。それはそれでいいのかも。

冒頭にも書きましたが、シネコンでしか映画を観ていなかったわたしを単館系の映画館に引っ張ってきてくれたのは彼であり『犬猿』という作品です。

わたしと窪田さんはちょうど10歳離れているのですが
世界で一番大好きな役者であるとともに
こういう大人になりたいなあ、という憧れの人でもあります。

彼が、彼の演技が、これからもわたしの人生の中で生きていてほしいなあと心から願うとともに
この作品を観た当時のわたし自身のことも忘れずにいたいな、と久しぶりに観て思いました。

わたしがこうやって、過去の作品を振り返っている間に、窪田さんはまた新しい作品を私たちに届ける準備をしてくれているのかもしれません。

(いまはスクリーンで彼の作品を見れない期間なので、このマウントレーニアの動画をずっと見ています!)(はっぴいえんどの『風をあつめて』のカバー・・・とてもすてきだ)(ありがとうマウントレーニア!)


またスクリーンで演技が見れますように。

岡本


参考:窪田正孝“戌年デビュー”から12年、『犬猿』には「“いまの僕”が求められている」https://www.cinemacafe.net/article/2018/01/26/55106.html 

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