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雫が海になる

映画「クラウドアトラス」

こう蒸し暑くては、ただでさえ使っていない脳が溶けそうなので、たまには頭をフル回転して臨む、壮大な映画のお話を。
「クラウドアトラス」を観ると、170分間、フルに集中力を要する分、何度目でも常に新しい発見があって、観てよかったと思います。
なぜ集中力を要するかというと、ひとつの映画の中に、6つの別々のストーリーを同時進行させて、ひとつのエンディングを作り上げるからです。これは「パラレル編集」という最高難易度の映像技法で、よほど優秀なクリエイターでないかぎり、取り組みたくてもできないもの。監督、脚本家に3名のクレジットがありますが、編集も含め相当のスタッフが集結して作り上げたはずです。しかも、6つのストーリーがローテーションで進むわけではなく、尺が同じわけでもなく、加えて6つの登場人物が後世と微妙にシンクロしている、さらには同一の俳優が別の時代を掛け持ちして複数のキャラクターを演じていることから、よりいっそう複雑味を増しています。

でも、こんなにこんがらがっていて、わけがわからなくなるはずなのに、鑑賞したあと、観客は「ああ、面白かった!」と思うのです。ひとつの映画としては複雑でも、それぞれのストーリーは、主人公がなににぶち当たり、どう立ち向かっていくのかが非常にシンプルで分かりやすく、しかも無駄なカットは一切ないから、観客はストーリーごとにすっと入り込んでいけるのです。

前置きが長くなりましたが、わたしはこうした作品に出合うと、分解をしたくなります。ネット上に人物相関図や役者の配役変化を記した記事がたくさんアップされているのですが、自分で分解して考えるほうが楽しいし、複雑なほどやりがいがあります。ただの自己満足なんですが……。
6つのストーリーの概略は、およそ以下のようになります。

ファーストシーン:義眼の老人が誰かに向かって、「やがてひとつにまとまる」物語を語り始める。老人役がトム・ハンクス。

物語1:1849年、太平洋の島。奴隷貿易商の弁護士アダムは、奴隷マネーを狙う医師に毒殺されそうになるが、脱走中の奴隷に命を救われ、無事に妻のもとへ帰り、妻とともに奴隷解放運動家となる。アダム役がジム・スタージェス、妻役がペ・ドゥナ、医師役がトム。

物語2:1936年、エディンバラ。ゲイであることから親に勘当された青年フロビシャーは、老作曲家の元で助手をしながら交響曲「クラウドアトラス」を書き上げるが、作品を奪おうとする老作曲家を殺しかけてしまい、逃亡する。逃亡先の安ホテルで、恋人のシックススミス宛の手紙と「クラウドアトラス」を残して自殺を図るところへ、シックススミスが駆けつける。安ホテルのホテルマン役がトム。フロビシャーは、弁護士アダムの航海日誌を愛読していた。

物語3:1973年、サンフランシスコ。ゴシップ紙記者レイは、学者となったシックススミスと知り合う。シックススミスは原発の欠陥を証明した報告書を持っており、原発事故を起こしたい大企業によって殺害される。原発の欠陥をレイに明かした原発職員も殺害される。レイも命を狙われるが、やはりジャーナリストだった父の旧友とタッグを組んで立ち向かい、シックススミスの報告書は公になる。レイ役がハル・ベリー、原発職員がトム。レイにはフロビシャー作の交響曲「クラウドアトラス」を聴いた記憶がある。

物語4:2012年、ロンドン。編集者ティモシーは荒くれ者の担当作家に金を取り立てられ、大金持ちの兄に借金をせがんだことから、兄によって規律の厳しい老人ホームに入れられてしまう。老人ホームの仲間とホームからの脱出に成功したティモシーは、脱出体験記を執筆して大ヒット。ずっと忘れられなかった昔の恋人と再会し、老後を幸せに暮らす。担当作家役がトム。

物語5:2144年、ニューソウル。人間がクローンを奴隷のように働かせて成り立っている社会。クローンのソンミはいつか自分にも「イグザミネーション」が訪れ、自由を得る日を待ちながら毎日働いていたが、殺人事件に巻き込まれ、人間に追われる身に。ソンミは革命家ヘジュに助けられ、二人は愛し合う。「イグザミネーション」の真実を知ったソンミは、全世界に向けてクローンが負わされている真実を明かす演説をする。演説中にヘジュは銃撃戦で撃たれ、ソンミも処刑される。ソンミ役がドゥナ、ヘジュ役がジム。ソンミが観る映画はティモシーの脱出映画。

物語6:2321年、文明社会が終わった地球。ザッカリーが暮らす原始的な山村に、メロニムという女が核融合船に乗ってやってくる。メロニムはザッカリーたち村民が恐れる山頂へのガイドを探している。ザッカリーは姪の大怪我を治してくれたお返しに、メロニムを山頂へと案内する。頂上には文明社会のうちに作られた港があり、かつて人々はそこから宇宙の植民星へ旅立っていた。メロニムは植民星に向けて、地球は汚染されているとSOSを送る。ザッカリー役がトム、メロニム役がハル。村人が神様と崇めるのがソンミ。ザッカリーは物語1~5の悪夢に悩まされている。

ラストシーン:ファーストシーンと同じ義眼の老人は地球の6つの物語を語り終えた。この老人はザッカリー。ザッカリーには奇跡がおこっていた。

革命家ヘジュはここまで命がけでソンミを守る
全世界に向けての演説に臨むソンミ

わたしはクライマックスの、ソンミがヘジュを愛していると取調官に語るシーンとアダム夫妻のキスシーンのフラッシュバックがたまらなく好きです。アダム夫妻と、ヘジュ&ソンミの配役が同一である意味がここにあります。
「雫はやがて海になる」はアダムのセリフです。この作品を言い表していると思うので、タイトルにしました。
すべてが考えつくされ、絡み合っているので、上記の拙い分解はほんの芥にすぎません。もしまだご覧になっていなければ、ぜひ観てほしい映画です。



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