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どうせ10分で完食する朝食の手引き

朝起きて、職場に行こうと思わなくなってから1ヶ月たった。正確には、いかなくてよくなったのだけど。新型ウィルスというやつの、感染予防対策という名目で、職場が休業し在宅勤務に切り替わったから。たぶん、多くの人とおんなじに。当初の休業予定期間から、さらに1ヶ月延長が決まったのが、先週。だから、今朝もわたしは職場に行こうと思わず、ベッドをすり抜けてキッチンに向かう。

「朝ごはんちゃんと食べる派?食べない派?」
「え?」
「おれ、食べない派なんだよね。コーヒーだけ飲むけど」

外出自粛で断舎離した男の子の声がした。たまにあるのだ、超自然的に。蓋が開かなくなったヤカンの注ぎ口から水をいれ、火にかける。コーヒー器具を一通りセットし、振り向いて冷蔵庫をあけ、コーヒー豆を出すのとサッと食材を確認するのとを一緒にやった。一旦、閉める。

ヘタのところがキュッと梅干しみたいだったプチトマトは、そろそろ食べたほうがいい。昨日の夜に思いつきで作りすぎたポテトサラダの小鉢。卵が、記憶より多く残っていたけど、まだ大丈夫。ムーミンのタッパーには、切り分けたブロックベーコン。スヌーピーのタッパーには、たしか塩ゆでしたブロッコリーの茎。あと5%引きになっていて、うっかり買ったランチパックが隅っこにたてかけてあった。パッと見渡して確認できたものだけでも、食うに困らないほどある、と思えるラインナップに安心する。

ヤカンが鳴くので、火を止めて計量カップにお湯をうつす。目盛り150と200の間ぐらいまでいれて、余ったお湯はシンクへ流し、「あっ」と思って流すのをやめた。ベコンと、シンクがひかえめに鳴く。計量カップから上手に、細く細くお湯をいれて、ゆっくりゆっくりコーヒーをおとしていく。ポタンポタン、トントントン、ツーーー。フィルターを通り抜けてマグへ落ちていく液体の変化を想像して、自分の根暗さを感じた。わたしにはそういうところがある。さて。

冷蔵庫からランチパックとムーミンタッパー、卵を1つだす。ランチパックを冷蔵庫の上に置いたトースターにセットして、スイッチになるつまみに触れずにおく。
振り返り、コンロにフライパンを設置してタッパーの中身をゴロゴロとひっくり返して点火。しばらくしたらパチパチとピンク色の塊が弾けるように踊る。焦げ目がついてきたら、振り返ってトースターのつまみを回し、フライパンには卵を割り入れる。ベーコンを端に寄せて、一番温かいだろう場所に卵をやるのを忘れない。
卵が割れる音が好きだ。コン、クワパァと殻が割れて、中身がドルンとでてくる、一連の流れが過不足なく自然でいい。フライパンに、ヤカンに残っていたお湯をいれて、蓋をする。蒸し焼きで目玉焼きってやつが好きだから。

いれたまま、ほったらかしにしたコーヒーに唇をよせたら、まだ熱かった。ひりつく唇はそのままで、まだら茶色に焼き上がったランチパックをお皿にのせる。よしよし、いいじゃないか。
冷蔵庫からプチトマトと、ポテトサラダをとりだしつつ、コンロの火を止める。蓋をあけたら一瞬モワッとして、ベーコンと目玉焼きがバチバチ音をたてた。プチトマトは3つ、水をあててからヘタをとり、キッチンペーパーで水気をとってお皿に転がす。パリッとしたランチパックと同じお皿。水分は歓迎できない。
ポテトサラダにベーコンをどんどんうつしてのっけて、軽く和えて、小鉢からお皿へ。絶対においしい。

「あ、スペースまちがえたな」

大きめの平皿を用意したつもりでいたけれど、気がついたら目玉焼きスペースはなかった。ランチパックは結構大きいし、ポテトサラダはベーコンといっしょになって体積が増えている。仕方ない、こればっかりは。
フライ返しで、目玉焼きを持ち上げてランチパックの上にのっけた。新しいお皿を出すのも面倒だし、最善策だ。

適当なフォークとお皿、コーヒーの入ったマグをもってベランダまであるく。外出自粛ではありつつも、日にあたったほうが免疫力が上がる云々と母から言われて、かといって外に散歩に出る気持ちが毎日湧くわけもなく、朝食だけ、ベランダで食べるようになった。日光浴だ。

お皿の上でぷるぷるの目玉焼きが湯気をたてている。下敷きのランチパックは、トーストしたてのパリッと感はきっと失われていて、キーンと冷えていたポテトサラダはベーコンの熱で緩んできている。シワのよったプチトマトは、それでも口の中では冷えたまま、みずみずしく弾けるだろうか。

歩きつつ、マグカップにまた唇をよせた。コーヒーからたちのぼる湯気はなく、ちょうどよくぬるくなっている。

最後まで読んでくださりありがとうございました。スキです。