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観てない映画を妄想してみる「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」

映画をまったく観なくなったとはいえ、たまに観たいなと思う作品があったりして、そのほとんどが「猫」が出ていたり、もしくは猫が主役の映画なんだけど、思うだけでしばらくすると「観たい」と思ったことすらも忘れている場合がほとんど。


先日見つけた映画。
邦題が「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ


観たい。でもこれって猫が主役じゃない。

(この映画のあらすじとか演出や演技に関しては割合させていただきます。映画、観ていないので)

たぶんこの邦題のつけ方だと、一見彼が生涯愛したのは「妻とネコ」両方みたいに見えるけど、実際は、妻が一番好きだった。で、その彼女に付随して存在したのが「猫」だと思う。

もし彼女が拾ってきたのが「犬」だったら。

もし拾ってきたのが「犬」だったら、生涯愛したのが妻と犬、にはならないだろうし、映画も作られなかったと思う。つまり、ここで拾ってきたのが「猫」だったのが重要なのであって、作家としてのルイス・ウェインに何らかのインスピレーションを与える役割としての猫だったんだと思う。

ここで、犬は、芸術家にインスピレーションを与えないかというと、実際のところわからない。わたしは犬を飼ったことないし、犬という動物が人間に従順すぎるイメージがあって、「物語」にはなるけど「アート向き」じゃない気がするのだよ。って、わたしの勝手な妄想だけど。


ところで、ルイス・ウェインってどんな絵を描く人だろうと思って検索してみたら、なんかやばい↓

この絵とか相当こわい。引用先 Amazon


この人、ぜったい精神的に病んでたんじゃないかと思ったらやはりそうだった↓


そして主役ルイス・ウェインを演じる人がベネディクト・カンバーバッチとか言う人なんだけど、どこかで見たことあるなぁと思って乏しい記憶を紐解いてみると、この人って、もしかして、わたしの記憶違いじゃなければ、イギリスのTV番組(だったか?)で、ちょっとメンタル弱めのシャーロック・ホームズだった人?

もしそうだとしたら、彼を起用した監督さん、かなり確信犯と見た。


実際のルイス・ウェインは、生涯たくさんの猫たちと暮らしたみたいだけど、猫って動物は「生」も「死」もいろんなことを全てわかっている生き物、だとわたしは思っている。
生や死に対して潔い。去っていくときは必ずと言っていいほど飼い主に対して感謝の気持ちを現していく。

数年前、19歳で旅立った猫さんは、意識がなくなる前の日にわたしの手をぎゅっと握ってきたっけ。

また、映画「マトリックス」の中でも、主人公のネオが異次元の中に入っていくときに「猫」が介在したように、次元の違うところに自在に行き来することができる動物のような気がしてならないのだよ。実際、猫って動物は、いくら探しても部屋に居ないときがあるんだよ、ワトソン君。


原題は「The Electrical Life of Louis Wain」


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