幻の食べ物

学生時代の前半、よく海外に行った。というかこのころ、私の中では、「いかに効率よく海外を回れるか」を考えることが生活のうちの最重要命題であった。時間があってはグーグルマップを眺め、「マレーシア行くんだったらついでにシンガポールも寄れるな。」「ヨーロッパ回るならやっぱオランダ起点か。いや意外とスイス?」なんてことをずっと考えていた。

私の家族は海外旅行はおろか、国内旅行も一緒に行ったことのないような核家族だった。

そんな核家族の、一介のアトムに過ぎなかった私にとって、初めての海外は高校二年生の時に体験したシドニー修学旅行だった。

人生で初めての海外、気の置けない友人たちとのシドニー観光、スポコンマーチングバンド部の練習からの解放(何よりも楽しみだった)、心躍る私。

そんな気分で行った初海外は、シドニーでテロが起こったことで見事おじゃんとなった。シドニーのホテルで、観光もせずにどん兵衛を食べた私は、その足で帰国し、例によってあっさりと、当時の”日常”に戻って行った。

学生になって、初めて行ったフィリピン、そのあとすぐに一人で行ったマレーシアとシンガポール、旅行で行ったインドネシア、そして留学をしたカナダのトロント。

海外に行くのはもちろん楽しいが、実は滞在している間は、言語、思うように動かないスマホ、スリへの懸念、食事の衛生感など、一回一回気を遣うことが多く、どっと疲れてしまう。それでも、異文化を味わい、その国の情緒を知ることは自分にとって新たな学びであり、そのまだ見ぬ世界への景色や経験に妙な中毒性があることは否めない。

そうやって凝りもせず海外に行くと、大抵はすぐに日本食が恋しくなる。私の場合、二~三日現地で滞在すると、もう海鮮丼が食べたくなっている。現地の食べ物に順応した経験は一度たりともしたことがない。

しかし、そんな私が、日本に帰ってくると、面白いことが起こる。現地の食べ物の中で、どうしても”忘れられない味”というのが出てくるのだ。

そしてそれは、往々にして日本では絶対に手に入らず、だからと言ってもう一度現地に赴いても、なぜかそのものを探すのが難しく、結局その時しか体験できなかった”幻の味”となってしまうのだ。

中でも、私にとって忘れられない、そしてもう一生食べられない可能性の高い”幻の食べ物”と言えば、大学一年の春、フィリピンの北部の村で暮らした際に食べた二つの甘味である。”ティサ”と、”ウベ&チーズのアイスクリーム”だ。

フィリピンのキッチンには、大抵小さいアリがうじゃうじゃと這っている。一体このアリたちはいつも何を主食にしているのか、毒アリではないのか、色々心配にはなるが、そのアリたちがうじゃうじゃと一直線にたかっている黄色いフルーツが、その、”ティサ”である。

ティサは黄色の、見た目はおよそカカオの実のようなフルーツだ。

「これは私たちがティサと呼んでいるフルーツよ。英名はわからないわ。」

と言われ、ホストマザーがアリを丁寧に駆除したその実を渡される。

その実の触感は干し柿に似ている。干し柿の実が黄色になったような水分量。無臭。一口食べる。

…美味しい。美味しすぎる。

ふかしたあと、砂糖を加えて練ったサツマイモの味がする。すごい。生なのにこの風味、そして食感…。

この村には一か月間滞在したのだが、その後、私がこの摩訶不思議で、感動的なフルーツを口にできることは二度となかった。


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もう一つは、”ウベ&チーズのアイスクリーム”である。

これは市販の商品で、実は私は二回目のフィリピン滞在の際に、このブランドのアイスクリームを口にする機会が何度もあったのだが、なぜだか、”ウベ&チーズ”フレーバーだけは探し出すことが出来なかった。

これも、フィリピン北部の村での滞在の際に、ホストファザーが突然買ってよこしてくれたものだった。バイクに乗って、家に帰ってきたホストファザーがジャイアントコーンのような形状のアイスクリームが五~六個入った袋を引っ提げている。”ウベ&チーズのアイスクリーム”は、

「Rinもこれ食べな!」

と、その袋からホストシスターのKhayzeeがひったくってくれたアイスクリーム。パッケージには”Ube&Cheese”という紫色の文字。

ウベとは紫いものこと。日本語だと”サツマイモチーズ”といったところか。”サツマイモチーズ”と聞くと犬のおやつのイメージをしてしまう私は、

「これ、美味しいのだろうか…?」

と疑心暗鬼で食べる。紫色と黄色のいかにも外国的なカラーリングのアイスクリームだったが、味はびっくりするほどにミルキー。チーズの味も紫いもの味も、一ミリも感じ取れなかったが、強いていうなら、サーティワンの”コトンキャンディ”というアイスクリームに近い味だった。アイスクリームの上にはカラフルなチョコレートスプリンクルがかかっていて、それも美味だった。

その日はそれをあっという間に平らげ、

「これは美味しい。マニラに買い物に出たときは探そう!」

と思って探したのだが、結局それは見つからず。ニノイ・アキノ国際空港で六時間待っていた時も、空港の中の売店をくまなく探したが見つからず。ティサ同様、”ウベ&チーズのアイスクリーム”も、”幻の味”となった。

”幻の食べ物”は良い。なぜなら”幻の食べ物”は、それが幻だったがゆえに、その食べ物を食べたときの状況や、周りの人とした会話まで、まとめて脳裏にとどめておいてくれる。

いつかまた、もう一度訪れることがあれば食べたい”幻の食べ物”のことを考えて、私はまた、海外の魅力に誘われる。

4月15日、深夜。

マレーシア”Chill” 謎に甘いお茶。

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カナダ”ホストファミリーとよく作ったアップルパイ”
スパイスとレモン汁がたっぷり。

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