見出し画像

何をやってあげるかじゃなくて、何をしないか〜子育ては引き算な話〜

昨年思い立ってnoteをはじめた直後、第2子を妊娠したこともあり全く投稿できなかった(汗)
もう少し気軽に、フランクに書きたいこと書けばいいんだろうけど、ちょっと身構えちゃうの悪い癖。
そして、第2子もこの世に産み落とされ、生活も整ってきて、また書いてみたい欲がムクムクと。
ということで、最近子育てについて夫婦で話したことを書いてみよう。

親が過干渉??

先日、夜12時ごろに仕事から帰宅した夫が、夕飯(夜食?)を食べながら話しかけてきた。
2ヶ月になる息子の授乳の合間で、少しでも寝たいんだけどと、ちょっとイラッとしながらも優しい私は話を聞いてみた。
どうやら、教え子たちの親御さんが子どもにちょっと干渉しすぎではないかな〜と感じているようだ。

練習の際の飲み物や道具の管理など、身の回りのお世話を親御さんがほとんどするらしい。
野球やサッカーなどチームスポーツは、保護者が飲み物の当番などをされているイメージがあるけれど、夫の教えているスポーツは個人競技。
しかも部活動ではなくクラブスポーツなので、基本的には身の回りの世話は自己責任。
練習であれ大会期間中であれ、その日に必要な飲み物や食べ物などは全て自分で用意する必要があるのだけど、そういった身の回りのこと全てを親御さんが管理されていると。

それだけではなくて、使っている用具のメンテナンス関係も全て親御さんがされていて、当の本人は、自分の使っている用具のサイズや交換頻度などをあまり把握していないんだとか。

夫曰く、同じ年代のトップ選手たちは、すでに一人で遠征していたりする。個人競技が孤独な世界だと分かっていて、それでもその世界に身を投じているんだから、今から身の回りのことは自分でできるようにならないとトップにはなれない。自分の飲む量、食べる量、道具のフィーリングを自分でマネジメントできなくてどうするんだ。
親御さんには、子どもを一人のトップ選手候補として、そういった面を育ててほしいんだと。

う〜ん。ちょっと厳しい気もするけれど、夫の意見に共感する部分もある。

夫はプロになる覚悟で中学で家を出た。なので、中学生からずーっと寮生活と一人暮らしで、身の回りの全てを自分でやってきた。
そのせいか、夫はかなり精神的に自立していて、選手をしていた頃は、生活の中にルーティンもたくさんあった。
生活を共にする身からするとうざく感じる場面は多々あるけれど、こうでなければトップアスリートにはなれないだろうな、と思わされる。

ちなみに、私も競技者の端くれ(かなり端っこ)だったし、夫の言わんとすることは非常に分かる。どの世界もトップへの道は厳しい。
トップアスリートであっても、その競技の経済規模にもよるけれど、周囲の手厚いサポートを得られるのはほんの一握り。
そこに行くまでの道のりは、アスリート自らがコーチとなりマネージャーとなりサポーターとなり孤軍奮闘する険しいもの。
自らをマネジメントする能力がないと到底やっていけない。
技術面だけでなく、一人で戦っていくための、私生活を含めた総合的なテクニックを育てていくことは非常に重要だと感じる。
それは、私生活が大きく関係してくるため、指導者だけでは成長させることが難しい。親元から離れるというのは一つの手段だけど、親元に置いておくならば、子どもを自立できるように親が促す必要があると思う。

親は何をやってあげるかではなく、何をやらないかを考えよう


一方、親御さんが子供のために最大限のサポートをしてあげたいという気持ちも、子を持つ親として痛いほど分かる。
痛すぎて血が出てしまうほど分かる。
あれもこれもなんでもやってあげたいのよ。
うちの子たちが輝く未来のためならば。

深夜1時、親の適切なサポートについて、夫とあれやこれや議論していたら、ふと、タイトルの言葉を思い出した。


「親は何をやってあげるかではなく、何をやらないかを考えよう」

これは、幼児教育YouTuberの方がおっしゃってた言葉。聞いた時、そうなんだよな〜!!!と激しく納得して首がもげるほど頷いた。

子どものためにあれやこれやとやってあげるのは簡単で、だけどそれが本当に子どものためになっているのかちゃんと考えないといけない。
子ども自らが考えて行動し、失敗しながら、たまにうまく行って調子に乗ってまた失敗して、悩みながら楽しんで、そうやって成長していくのがいいのではないか。
私が子どものためと思ってしたことが、大切な成長の機会を奪ってしまっているかもしれない。
そういえば、子どもの頃を思い起こせばなんでも一人でやりたかった。どこでも一人で行きたかった。親の干渉がひたすら嫌だった。
子どもって本来自立したがる生き物かもしれない。

子育てには引き算が必要なんだ。
あえて言わない、あえて手助けしない、あえて見守る。
子どもの成長を促すために。

スポーツだけでなく受験だってそうだけど、小中学生が何かに挑戦するときに、親のサポートは絶対に必要。
だけどそれば並走もしくは後方支援であって、前でブルドーザーのように邪魔なものをのけながら、ロードローラーのように道路を舗装して、こどもがなるべく走りやすいように、こけないように、止まらないようにすることではないと思う。
これは本当に激しく難しくて、親自身の忍耐力がかなり必要。

とはいえうちの息子は夫の教え子たちよりまだ小さく、何かに一生懸命取り組んでるわけではない。私たち夫婦は、親御さんたちの思いや悩みに本当の意味で触れることはできていないのだ。
親御さんたちもきっと、たくさん悩みながら、試行錯誤しながら子どもたちに寄り添っているはずだ。毎日、練習に励み、でも結果に繋がらずに涙する我が子を見て、なんとかサポートしてあげたいと思っているはずだ。
それだけでも、私からしたら頭が下がる思いだ。
そこで一歩引いて子どもの自立を促すようなサポートをするなんて、私なら人生3週目くらいじゃないとできないかもしれない。

いざ我が子が何かを一生懸命に取り組むようになったとき、ほんとうに後方支援にわまれるのだろうか。
う〜ん、自信なし。


だけど、「子育ては何をしないか」と言う本質だけは胸に留めておこう。


すぐにはできなくても、ちょっとずつ。私にも練習が必要。
そして、明日も朝から息子の持ち物を揃えてるんだ、きっと。
引き算、難しいな〜。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?