立ち止まって、余白をつくる
どちらかというと私は、友達や家族の誕生日だったり、何かの記念の日を覚えているほうだと思う。
社会人一年目のわたしは今、実家から離れた場所で一人暮らしをしているから、家族の誕生日が近づくと、当日に宅配便で届くようにこっそりと準備するのが楽しくてワクワクする。
他の人たちはどうか分からないけれど、私の家族は両親の結婚記念日も何かしらのお祝いをする。
両親の結婚記念日は、1月23日。
「 0123 」
正直、数字の並びからして覚えやすい。
実家に住んでいた頃は、家の近くのケーキ屋さんでいちごのケーキを買って、サプライズでよく渡していた。
喜んでくれるのが嬉しいから、愛や感謝を堂々と伝えられるから、誕生日やこういう記念日はいつも幸せな気持ちになる。
それなのに、今年の1月23日は
「両親の結婚記念日」ではなく、「普段と変わらない日曜日」として過ごしてしまった。
別に忘れていたから何か言われる訳でもないし、罪悪感を感じる必要もないんだけれど、少し悲しくなった。
よく「大人になるにつれて自分の誕生日を忘れちゃう、何歳なのかも分からなくなる」って聞くけれど、
誕生日や記念日を覚えている方のわたしにとって、これはずっと信じ難い話だった。
でもそれが自分にも起こってしまった。
それが一概にネガティブなことだとは思わないけれど、悲しかった。
『何かに急ぎすぎて慌ただしく過ごして、本当に大切なものを見落としてしまう人生は絶対にいやだ。』とその時思った。
社会人一年目、初めての一人暮らし。
慣れない土地で、慣れない仕事を自分なりにこなす日々。
暮らしもお仕事も基本楽しんでいるけれど、正直自分のことでいっぱいいっぱいな時もある。
でも、
目の前のことに必死になっていたらいつの間にか、街の色がすっかり変わっていた
なんてことがないように、毎日どこかで立ち止まる時間をつくろう。
朝はその日の空を眺めて、
ゆっくりとコーヒーを淹れて、
朝ごはんの素材の味を噛み締めて、
外の空気の匂い・肌触りの変化を感じて、
街の色の緑からオレンジへの移り変わりを楽しむ。
自分が本当に大切にしたいものは何なのか、
きっと急ぐ必要はないから、
立ち止まってゆっくりと。
「余白をつくること」にエネルギーを注いでいこう。
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