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本当に人が困るのは「わかりあえない」問題である

「互いに”わかりあえていないこと”を認めることが、ビジネスでもアートでも大切だ」
経営学者・宇田川元一さんの著書『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)が刊行されました。この本では職場における「正論の通用しない困難な課題」に対し「対話」の重要性を説いています。書籍の序文で宇田川さんが引用したのは劇作家・平田オリザさんの『わかりあえないことから』の一節でした。ビジネスと演劇、双方の観点から、現代社会が抱えるやっかいな問題について語り合います。

※本記事は、2019年10月にcakes上に公開された記事を転載したものです。

「上司がバカだからMBAを取りに来た」という社会人たち


宇田川元一(以下、宇田川) 平田さんは私にとって、いつかはお話をしたい方だったので、今日は夢が叶いました。平田さんが書かれた『わかりあえないことから』は、私にとって宝物のような本なんです。

平田オリザ(以下、平田) いやそんな、適当に書いているので(笑)。

宇田川 とんでもないです。『わかりあえないことから』は「対話」について掘り下げた本ですが、私自身も今、ビジネスの中で対話が必要だと思っているんです。

劇作家の平田オリザさんは、著書『わかりあえないことから』で、対話が日本で起きにくいのは、お互いに同じ前提に立っていると思っているからだ、と喝破しました。そして、お互いにわかり合えていないことを認めることこそが対話にとって不可欠であると述べています。これは大変鋭い指摘です。
ビジネスの現場は、雇用が流動化しているとはいえ、ともに取り替えの利かない「他者」と一緒に、物事を成し遂げなければいけません。
つまり互いにわかり合えていないということを受け入れた上で、「知識の実践」を行うしかないのです。

『他者と働く』はじめに より

私はMBAでも教えていたことがあるのですが、「上司がバカだからMBAを取りに来た」という趣旨でMBAを取得しにくる社会人の院生が多くいました。上司を論破するための武器を手に入れるという意味ですね。しかしそのような攻撃的な姿勢では、いくら熱心に勉強しても、事態はむしろ悪くなっていくのではないかと。

多くの人は、職場の複雑な問題に困っていながら、本当の問題は見て見ぬふりをして、目先のノウハウに目を奪われている。解決策にすぐ飛びつかず、自分たちの苦しみに少し目を向けてみませんか、というのが、今回私が書いた本の趣旨です。

平田 僕も思考の過程は同じです。コミュニケーション教育が叫ばれ始めたころに、それまで劇団の中でやっていたワークショップが、教育の世界にも応用できるということがわかってきた。最初は無邪気にやっていたんですが、だんだん違和感が強くなっていって。

宇田川 違和感ですか。

平田 「そんなにみんなコミュニケーションしたいのか?」という。

宇田川 なるほど(笑)。

平田 コミュニケーションって、本来はみんな「伝えたい」「聞きたい」というモチベーションによって起こるはずなんです。

でも、そのモチベーションを無視して、みんな「わかりあえるはず」という前提でコミュニケーションを促す。その難しさによって、「伝えたい」というモチベーションが低下しているんじゃないか、というのが、僕のコミュニケーションへの問題意識の出発点でした。

演劇の要素を活用したワークショップは欧米からの輸入品が多い。でもその多くは、人種間、民族間、宗教間の対立がある中で、受け入れがたい人同士が、どのように協調関係を見つけるかが趣旨なんです。

でも人種も宗教も一緒な日本人がやるとそもそもの対立がないから、あっけなく洗脳されちゃって、「人類、みな兄弟」みたいな話にすぐ行ってしまう。そういう場面を多く見てきました。

宇田川 そっちじゃないんだと。

平田 はい。演劇をつくるワークショップもやっているんですが、そこでも多くの人が問題解決を急いでしまう。でも問題というのはそんなに簡単に解決するものではありませんよね。例を挙げると日本糖尿病学会の方々がやっている「糖尿病劇場」という演劇ワークショップがあるんですけど。

宇田川 ええ。

平田 最初はみんな、「患者さんがお菓子をバクバク食べて困る」という劇を作るんです。でもそんなことは、周囲の対応でどうとでもできることじゃないですか。それが、私のところで演劇の手法を学ぶうちに変化が表れてくる。

たとえば、糖尿病のおじいちゃんがいるとします。娘がシングルマザーで、孫と3人暮らし。娘は働き詰めでいつも家にいない。そんな時、孫が自分の誕生日に初めてケーキを焼いてくれた。さあどうする、みたいな設定を考えてくる。それに対して医療従事者は共感するわけなんです。「これだよね、本当に困るのは」と。

宇田川 お孫さんの善意が一番困るという。

平田 そうなんです。人間が困るっていうのはそういうことですよね。ディテールに目を向けて、人間関係の実態や暗部を突き詰める。それが演劇の大きな役割なのかなと思っています。

宇田川 ビジネスの世界でも同じようなことが起きています。さまざまな企業の方とお話をする中で、よくいただく相談が、「部下のモチベーションを上げるにはどうすればいいか」というもの。上司は部下のためを思って「モチベーションの上げ方」に関するハウツー本を読み漁ったり、セミナーで学んだりするわけなんですが、うまくいかない。それでだんだん腹が立ってきて……。

平田 善意ゆえにとった行動が悲劇になっていくという。



「対話勢」と「ノウハウ勢」の戦い


宇田川 ビジネスでも結局、難しい問題というのは、あちらが立てば、こちらが立たずとか、「総論賛成、各論反対」というような現象です。ジレンマとも言えます。

たとえば、長い目で見て、稼ぎ頭の既存事業も必ず市場は縮小するので、新規事業は初めたほうがいいよね、ということはみんな思っている。でも、いざ新規事業を始めてみると、なかなか芽が出ない。本当はそれでも赤字を垂れ流しながら事業開発投資を続けていかないとまずいのですが、現場では、折りに触れ反対や非協力的な対応をされてしまうという。

平田 現代の言葉で言えば、部分最適の蓄積が全体最適を壊すというか。それはまさに演劇の構造です。一つ一つの事象が個別化されていて、類型化することができない。まさに宇田川さんの本にも書いてあるように、ノウハウが通用しないわけです。そんな状況下でどう振る舞うかという能力は、経営者の能力としても必要です。

でも、現実的にはいわゆる「ハウツー本」の方が売れるわけで。危機を煽って、「これを読めば解決しますよ」とかいって。教育の世界でも同じです。大変なんですよ、この戦いは。

宇田川 「対話勢」と「ノウハウ勢」の戦い、ですね。

平田 最初から負け戦みたいな(笑)。でもここで踏ん張らないと、本質的な課題はいつまでたっても解決しないと思うんです。


宇田川 そうなんですよね。課題解決に一律の方法なんてない。僕の本では対話のステップを「準備」「観察」「解釈」「介入」の4つに分けて紹介していますが、「準備」の段階ですることは、既存のノウハウが通用しないことを受け入れるということなんです。多くの人はいきなり介入策を考えて失敗しちゃう。その前にまず、互いにわかり合えていないという状態を認めることから始めましょう、と。

平田 僕も、よく中間管理職とか管理職養成のセミナーに呼ばれて話をすることが多いのですが、部下の愚痴ばかり聞かされる。

宇田川 やはり(笑)。

平田 「若いやつが何を考えているかわからない」とか「意見を言わない」という類のものです。それって、「会議もデザインできない無能な上司です」と自分で認めているようなもので。

そんな時は、まず会議の方法を多様化しようと伝えます。従来の全員が一堂に会する会議だけではなくて、経営陣と新入社員の会議、1対3くらいの小規模のミーティング、個別面談、それから居酒屋でのコミュニケーション、いろいろな環境のつくり方がありますよね。

つまり、人によってどんな環境だったら一番しゃべりやすいかが違うということです。

宇田川 こうすれば意見は出る、という一律の正解はないということですね。

平田 そうです。若い人たちも多様化しているということなんです。背景には少子化や地域社会の崩壊という問題が横たわっているんですが。昔に比べて1人っ子も増えているし、商店街育ちか団地育ちかで、大人とのコミュニケーションの量がまったく異なってくる。

そうすると、話しやすい環境の違いが今まで以上に多様化するのは当たり前ですよね。だから、部下が意見を言いやすい場を考えるのは、管理職の重要な仕事だと思っています。とはいえ、そこに時間をかけるのは、みなさん大変だ、とおっしゃる。

宇田川 余裕がなくて部下との対話に時間を割けないから、問題が解決しなくて、余計に余裕がなくなっていくという現象も一方で生じていると思っています。引いた目で見ると、管理職に余裕がなくなっているという側面もあるでしょうね。

今、日本の大手企業には、2016年の段階で、211兆円もの預金残高があるんです。これは極めて良くない状況で、企業が新しいアイデアに投資できていないことを意味するわけです。

つまり、過去のビジネスモデルで食っているところが多いということなんです。そうなると当然競合もいますから、現場の人間は少しでもコストを削るように経営陣からプレッシャーをかけられる。管理職に余裕がないのはそんな産業構造的な背景もあると思います。そして、それが余計に対話を避けることに繋がるのかなと。この悪循環を断ち切るためには、本来の対話を地道にやるしかないのだと思うんです。


「変化」を実感させられる上司


平田 大学で教えていると、学生たちを見ていて感じることがあります。今の学生にとっては、「変わる」ということがピンとこないんですよね。考えてみれば当然で、彼らは生まれた時から日本の経済は停滞しているので、変革を信じられないんですよ。

今、学生が卒業した後の3年以内の離職率の問題が常にありますよね。辞めた学生はたいてい「自分に合わなかった」と言うんです。

宇田川 大きな組織になるほど、そう思う傾向は強いかもしれませんね。

平田 そうなんです。そういう時に学生によく言うのが、「そうはいっても君たちが入る部署自体は、多くて20人くらいの規模だろう。その中に君が入るんだ」ということです。

宇田川 はい。

平田 つまり細胞の5%が入れ替わるんだから、これは本来、大きな変化のはずなんです。「だから、君が入ったことによって、組織は必ず何かが変わっているはずなんだよ」と。

そこで管理職がしなくてはならないのが、若手が入ったことで、どれほど組織が変わったのかを実感させてあげることなんです。「君が入ってこんなに変わった、ありがとう」と。ただ、これができる管理職とできない管理職がいる。

宇田川 なるほど。

平田 それは、前に述べた「若い社員が話しやすい環境をデザインする」こととセットになると思います。確かに余裕はないのかもしれないけど、これは知恵と工夫でできる部分もあると僕は考えるわけです。

「ありがとう」と言える部分を見つけてあげたり、たとえ小さくても、組織に変化をもたらす仕事を任せたり。今の学生を見ながらそういうことを考えています。

(編集:中島洋一 構成:吉田直人 撮影:小林由喜伸)

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