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2024鈴鹿8耐プレビュー

 鈴鹿8時間耐久ロードレースが目前に迫ってきましたので、遅ればせながら6月19日、20日の2日間で行われた鈴鹿8耐の事前テストを中心に鈴鹿8耐のプレビューを行いたいと思います。
 今年の鈴鹿8耐はWSBKのモスト大会と日程が被っているため、WSBKライダーは参加できませんが、MotoGPとは日程が被っておらず、久々に現役のGPライダーが参加します。ホンダのワークスチームであるHRCにLCRホンダのヨハン・ザルコが、オートレース宇部レーシングチームにMoto2のバリー・バルタスが、SDGチームハルクプロホンダに同じくマリオ・アジが加わることが発表されています。

 6月の事前テスト2日間の総合順位はトップがチームカガヤマ(ドゥカティ)の2分5秒162、次いでYART(ヤマハ)の2分5秒655、3番手に同じくYARTの2分6秒096、4番手にHRC(ホンダ)の2分6秒385、以下ヨシムラSERT(スズキ)の2台、HRC、チームカガヤマのもう1台が続きました。順当に行けばこれら4チームに加え、テストをスキップしたF.C.C. TSRホンダが表彰台、そして優勝を争うことになるのではないでしょうか。

HRC 三味線?それとも実力?

 耐久レースに限らず、テストでのラップタイムというのはその優劣が単純にレースの結果に反映されるとは限らないのですが、今年は今の所HRCに圧倒的な速さが無く、チームカガヤマ(ドゥカティ)やYART(ヤマハ)の後塵を拝する格好となっています。何より、チームカガヤマとYARTが5秒台を記録しているのにHRCはベストラップが6秒台に留まっているというのは過去2回の大会で圧倒的だったHRCにしては期待外れと言わざるを得ません。昨年の同時期のテストのタイムをHRCは更新できていないのです。

 今年のHRCは昨年までのエースライダーだった長島哲太が抜けています。これは、HRCが鈴鹿8耐で使用するタイヤがブリヂストンであることに対し、今年から長島がダンロップのタイヤ開発を兼ねたチームで全日本に参戦しているためと考えられます。この長島の代わりに名越哲平を起用、昨年までWSBKライダーを起用していた枠にはザルコが収まっています。昨年から継続して走るライダーは高橋巧のみで、残る二人が入れ替えというのは若干の不安がありますが、高橋巧は鈴鹿8耐の現役最多勝ライダー、名越哲平は昨年の鈴鹿8耐で表彰台、ザルコはMotoGPライダーなので心配には及ばないでしょう。不安があるとすれば、むしろ車両の方です。

 HRCのみならずホンダ勢全般に言える事なのですが、WSBKでの苦戦が表している通り、今年モデルチェンジした新型CBR1000RR-Rに苦労している印象が否めません。YARTのニッコロ・カネパがテストのオンボード映像を自身のYouTubeチャンネルに上げており、このオンボード映像には先行するザルコのCBRが映っているのですが、どこか大回りになりがちで狙った通りのラインで走れていないのではないかと思えてしまいます。
 とはいえ、2日目には名越とザルコが揃って27周のロングランを行い、序盤は6秒台、終盤でも8秒台で周回できているのでタイムシートの順位程仕上がりが悪いとは思えません。ストレートでの最高速は他を圧倒する物がありバックマーカーの処理も少ないリスクで行えるので多少のコーナリングの難もカバーできるでしょう。一発出しのタイムなどこの段階で求めても無意味だと割り切ってのテストであれば今年も優勝候補最右翼だと言ってよいのではないでしょうか。

チームカガヤマ 一発の速さはあるが決勝は?

 6月のテストで1番時計を叩き出したチームカガヤマですが、このタイムだけでは本命視することができません。このタイムは恐らく予選用のセッティングによる一発出しのタイムである可能性が極めて高く、決勝レースで出せるタイムとは思えないからです。また、パニガーレV4Rというスプリントでは十分過ぎる実績があるものの、耐久レースでの実績が乏しい車両であるが故の不確定要素が多すぎます。正直な所、最初に優勝候補として挙げた5チームの中では最も優勝の可能性は低いのではないかと思います。

 チームカガヤマが使用するパニガーレV4Rは昨年のWSBKのワークスマシンという触れ込みですが、WSBKとJSB1000のレギュレーションはある程度似通ってはいるものJSB1000の方が改造範囲が若干狭いので全日本のレースにそのまま使う事はできず、JSB1000のレギュレーションに合わせた変更を施す必要があります。同様に、EWCの選手権に組み込まれている鈴鹿8耐で走らせるには、フォーミュラEWCのレギュレーションに合わせた変更が必要なのですが、ドゥカティは過去EWCにワークス参戦をしたことがありません。つまり、ドゥカティには耐久レースのワークスマシンが無いので、耐久用の部品はチームカガヤマが独自にサプライヤーに発注して用意する必要があります。ドゥカティはEWCでは極めて少数派なのでワンオフで新たに作らねばならない物も少なくないでしょう。チームERCが昨年までパニガーレV4RでEWCに参戦していましたが、ERCからチームカガヤマに引き継がれた物もあるかもしれません。

 御存知の通り、パニガーレV4Rのスイングアームは片持ちです。片持ちスイングアームはスプロケットやブレーキがスイングアーム側に残るため、4輪車のタイヤ交換同様、ホイールの脱着だけでタイヤ交換ができます。このタイヤ交換の簡便さが耐久レースにおいて有利になることもあって80年代後半から90年代のホンダはRC30、RC45と耐久レースのベース車両にプロアームの商標で積極的に採用していましたが、クイックチェンジシステムの進歩によって両持ちスイングアームでも片持ちスイングアームと遜色のない時間でタイヤ交換ができるようになると、ホンダもVTR1000SP以降プロアームの採用を止めてしまいました。以後チームERCがパニガーレV4RでEWCに参戦した2019年までの約20年間、EWCで片持ちスイングアームの車両が走ったという話は寡聞にして存じません。走っていたとしても上位争いはしていないはずです。なので、この片持スイングアームが現在の耐久レースではむしろマイナス方向に作用するかもしれないのではないでしょうか。

 このマイナス要因になりそうなのがタイヤ交換に使用するスタンドです。両持ちスイングアームの場合、後方からスイングアームの後端にスタンドを引っ掛け、起こす事でリアタイヤが持ち上がります。一方、片持ちスイングアームの場合、リアアクスルシャフトに真横からバーを挿し入れて持ち上げる格好になります。上げ下ろしが各1行程の操作で済む両持ちに対し、片持は2行程の操作が必要で、特にタイヤ交換が終わって降ろした後に横方向に抜く必要があります。これがどの様に影響するか興味深い所です。両持ちなら降ろした直後から走り出せますが、片持ちの場合下手をするとリアアクスルにスタンドが刺さったまま走り出してしまいかねません。この点は作業を行うメカニックのみならず、ライダーにも注意が必要になるでしょう。

 チームカガヤマは昨年までスズキGSX-R1000Rで参戦していましたが、GSX-R1000Rのスイングアームはもちろん両持ちです。なのでチームスタッフが片持ちスイングアームでのタイヤ交換に慣れる必要があります。決勝までにどれだけ慣れることができるかが一つの鍵を握るでしょう。

 もう一つ、パニガーレV4Rには燃費という大きな不安要素があります。元々他社の車両に比べ超高回転型のエンジンなので燃費が良いとは思えません。元の車両がWSBKワークスマシンなので一発の速さはあって当然ですが、予選用の燃費を度外視したセッティングでいくら速くても決勝では燃費を考慮したセッティングで走行しなければなりません。それでどの程度のタイムが出せるのかは未知数です。

 HRCは恐らくカムシャフト等パーツ単位で鈴鹿8耐専用の物を組み込んだ文字通り鈴鹿8耐専用のスペシャルエンジンを投入していると思われますが、チームカガヤマのエンジンは昨年のWSBK用をEWCレギュレーションに合わせて変更したものでしょう。参戦規模から見て鈴鹿8耐のために大きくエンジンの仕様を変えているとは考えられません。ドゥカティは鈴鹿8耐の勝利に意欲を見せているので将来的には耐久レース用にチューニングされたエンジンが登場するかもしれませんが、少なくとも今年はスプリント仕様をベースにしたエンジンで戦わなければならないはずなので、燃費の面ではかなり苦労することになるのではないでしょうか。

YARTは必勝戦略を覆せるか?

 6月のテストで2番手のタイムを記録したYARTも燃費には不安のあるチームです。YARTはHRCとKRTの一騎打ちの様相を呈していた2022年の鈴鹿8耐でも事前テストではHRCに次ぐ速さで、むしろKRTよりも速いラップタイムを記録していました。このことから2019年のKRT、ヤマハファクトリー、HRCの三つ巴の再来かとも思わせましたが、実際レースが始まってみると上位勢ではピットインが最も早く、1スティント当たりの周回数も少なかったので8回ピット戦略を採っていた事が判明します。YARTの速さはピット回数を増やしていたからこそのタイムだったのです。

 近年の鈴鹿8耐では8時間を7回のピットで区切った8スティントで走り切るのが必勝戦略となっています。鈴鹿8耐の最多周回記録は2002年の219周、これを目標に7回ピットで走り切るには1スティント27〜28周で走行しなければなりません。この1スティント28周というのはかなり厳しい条件で、実現するにはそれだけ燃料消費を抑えなければなりませんが、そうすると当然パワーが出なくなるので速さが犠牲になります。ピット回数を1回増やして1スティント24〜25周にすれば速く走れますが、7回ピット勢よりもピットインが1回増えた分を補うだけの速さが必要になります。

 2019年まで参戦していたヤマハファクトリーレーシングチームは7回ピット戦略を採っていましたが、ヤマハファクトリー撤退後ヤマハのオフィシャルチームとなったYARTはこれまで7回ピット戦略を採っていません。6月のスパ8時間耐久レースでも他のチームより多い10回ピット戦略を採っているので、今年の鈴鹿8耐でも7回ピット戦略を採る可能性は低いと考えられます。なのでYARTの速さはピット作業1回分を割り引いて評価すべきでしょう。

 このスパ8耐では、YARTは10回ピットを選択しながらも9回ピットを選択したヨシムラSERTを寄せ付けずに勝利しています。YARTはスパではピット回数の不利を覆すだけの圧倒的な速さがありましたが、果たして鈴鹿ではどうでしょうか。2023年の鈴鹿8耐でYARTはピットイン1回につき1分前後要しています。この約1分をコース上で取り戻せる速さが必要なので、決勝が218周であれば1周あたり約0.28秒、7回ピット戦略を採るライバル勢より速く走らなければなりません。YARTは過去の鈴鹿8耐でも決勝レースでは予選までに比べるとそこまでの速さは発揮できていませんが、今年はどうでしょうか。もし、今年の鈴鹿8耐を8回ピット戦略で制することができれば、鈴鹿8耐の戦略の転換点になるかもしれません。

 YARTのライダーは近年入れ替わりが無く、不動のラインナップの感があります。ニッコロ・カネパ、マービン・フリッツ、カレル・ハニカの3人は共に速く、ラップタイムもかなり接近しています。3人共速いというのは耐久レースにおいては大きな武器となるでしょう。

逆風のヨシムラSERT

 6月のテストでチームとして3番手のタイムを記録したのはヨシムラSERTモチュールでした。ヨシムラSERTは鈴鹿8耐ではレギュラーライダーの3人のうち、エティエンヌ・マッソンに代えて渥美心を起用しています。渥美心はヨシムラSERTにおいては通常緑腕章のリザーブライダーのポジションですが、鈴鹿においては走行経験豊富なためスポットでレギュラーに昇格させたのでしょう。マッソンはスズキCNチャレンジにシフトしています。

 ヨシムラSERTは速さではHRCとYARTに及ばず、この両者に対して有利に思える点が見当たりません。スパ8耐でもYARTに完敗したこともあって純粋な速さが足りない印象が否めず、残念ながら優勝の本命とは思えません。

 更に悪いことに、このテストでライダーの一人、グレッグ・ブラックが転倒、手首を骨折する怪我を負いました。固定するために入れたピンを抜くまで5週間という話なので残念ながら欠場は確定です。ブラックはスタートダッシュに長けたライダーで、彼のスタートダッシュは近年の鈴鹿8耐では風物詩の一つなのですが、残念ながら今年は見ることができません。ヨシムラSERTの加藤陽平監督は渥美心とダン・リンフットの二人で決勝を走るつもりのようですが、ヨシムラSERTは現在2位のYARTに1ptの僅差でランキング首位に立っています。なので状況次第ではスズキCNチャレンジにレンタル中のマッソンを呼び戻すことになるかもしれません。

 と思ったらつい先日、第3ライダーとしてMoto2参戦中のアルベルト・アレナス選手を起用することが発表されました。これは正直意外であり、個人的には実に扱いに困る人選だと思っています。アレナスというと、2020年のMoto3王者なのですが、今年はそこそこ上位を走れるようになって来てはいるものの、昨年まで表彰台は3位が1回のみ、あとは良くてシングルフィニッシュがやっとと言う状態で、Moto3王者の割にはMoto2への適応ができていない印象すらあります。はっきり言ってヨシムラのライダーに起用するには力不足の感が否めません。また、御存知の通り、彼と2020年のMoto3タイトルを争ったのは小椋藍選手ですが、ヨーロッパGPにおいて周回遅れであるにも関わらず、小椋選手に「ウザ絡み」したことなど、はっきり言って彼に良い印象を持っている日本人はほとんど居ないのではないでしょうか。ヨシムラは応援するけどアレナスは応援したくない、という人も少なくないと思います。一体どのような経緯でアレナスの起用が決まったのか、ちょっと興味深い所です。

TSRはテスト不足が不安

 今回のテストにはF.C.C. TSRホンダが参加していません。TSRは今年、開幕戦ル・マン24時間と第2戦スパ8時間を昨年型の車両で戦い、モデルチェンジされた新型CBRの投入は鈴鹿8耐からの予定でしたが、新型用の部品がテストに間に合わなかったようです。TSRは年間タイトル獲得経験のあるチームなのでなんとか辻褄は合わせてくると思われますが、残されたテストはレースウィークの水曜のみで金曜からは公式セッションが始まります。ライバル勢に比べ2日間テストが少ないというのは厳しいかもしれません。

その他有力チーム

 これら5チーム以外にも、SDGハルクプロホンダ、アステモホンダ、トーホーレーシング、桜井ホンダといったホンダの有力プライベーターやオートレース宇部にも展開次第ではチャンスがあるかもしれません。カワサキWebikトリックスターにも期待したいところですが、いかんせん速さが足りていないので上位に食い込むのは難しいでしょう。


 何分、耐久レースは時間も走行距離も長いためトラブルが発生する可能性も少なくありません。レース中の天候の変化、セーフティカーの介入など不確定要素も多くスプリントレースよりも予想するのは難しいので具体的な順位の予想は控えたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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