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2024 鈴鹿8耐

 2024年の鈴鹿8時間耐久ロードレースが終了しました。今回は今年の鈴鹿8耐を取り上げたいと思います。

 終わってみればHRCが3連覇、通算30勝を達成し、最多周回記録も更新するおまけ付きで、近年MotoGPやWSBKがどん底の低迷に喘ぐ中、ホンダは最後の砦とも言える鈴鹿8耐の勝利でなんとか面目を保った格好でしょうか。

上位チームのピット戦略

今回の上位4チームのピットイン周回数と各ライダーのスティント当たりの走行周回数を表にしてみました。ヨシムラはアルベルト・アレナスの走行時にタンクキャップ未装着だった事に対するライドスルーペナルティを受けており、公式記録上ピット回数は8回ですが、このペナルティ分は数えていません。

上位4チームのピットイン周回数とライダー毎の周回数。
色無しの数値がピットインした周回数で色付きは担当ライダーの周回数

 ここから各チームの戦略がある程度見えてきます。YARTとチームカガヤマ、ヨシムラSERTは最初からピット回数を決めていたようで、YARTとチームカガヤマは8回、ヨシムラSERTは7回であることが伺えます。ただ、HRCは明確にピット回数を決めておらず、途中で戦略を切り替えている様にも見えます。

HRC、YART、ヨシムラSERT、他

 HRCは第1、第2スティントは27周でしたが、第3スティントを担当した名越哲平が28周走行しています。この時点までは7回ピット戦略で行く可能性もあったようですが、その後何らかの理由で8回ピットに切り替えたのでしょう。HRCは最終的に最多周回記録を更新する220周を走りましたが、220周を7回ピットで走り切るには27周のスティントを4回、28周のスティントを4回それぞれ走る必要があるので意外と燃費が厳しかったのでしょうか。また、決勝当日は非常に暑かったのでスティント当たりの周回数が多い7回ピットではライダーの負担が大きすぎると判断したのかもしれません。特に第6スティント以降はスティント当たりの周回数が明らかに減っています。夕方以降は気温の低下と共に空気の密度が上がるため燃費がより厳しくなるという判断があったのかもしれません。

 今年のHRCは予選での爆発的な速さは無かったものの、決勝ではYARTやチームカガヤマよりも速いペースでラップを刻んでいました。ライバル勢が予選までにどれだけ速いラップタイムを刻んでいても決勝ではHRCには届いていません。とはいえ、YARTが同一周回数、HRC側のペナルティで40秒差が埋められリザルト上は7.8秒差に迫っています。一見HRCの横綱相撲のように思えても実際は薄氷の勝利だったりするのでしょうか?ペナルティの原因も給油が完了する前にメカニックが車体に触れてしまったことによるものですが、それによって短縮される時間は1秒にも満たないものです。この時点で50秒近いリードを築いていたのですから、ピット作業をもっと慎重に行えばこのようなペナルティを受けることもなかったでしょう。そう考えると何か焦りがあったのではないかと邪推してしまいます。

 予選までは圧倒的な速さを見せていたYARTでしたが、決勝の速さではHRCに及ばず、総合2位に終わりました。とは言え、EWCフル参戦勢では最上位、優勝したHRCと同一周回、直接のライバルであるヨシムラSERTに1周の差をつけて先着できたのは大きいでしょう。これでEWC年間タイトルでもヨシムラSERTを抜いて首位に立っています。YARTとしては悲願とも言える鈴鹿での初表彰台獲得にはマンディ・カインツ監督も感慨深いのではないでしょうか。

 スパ8耐からYARTとヨシムラSERTの力関係は大きく変わっていないように見えます。地の利はヨシムラSERTにあったのですが、グレッグ・ブラックの欠場が大きかったでしょう。レースにタラ・レバは無いとよく言われますが、もしブラックが走れていれば耐久ビギナーでペースがやや劣るアレナスに頼ることもなかったでしょうし、タンクキャップ未装着のペナルティを受ける事もなかったのではないでしょうか。ライダー間で担当スティント数をもっと分散させることもできたでしょうから、YARTとヨシムラSERTはもっと接戦になっていたかもしれません。

 5位以降のチームに目をやると、ほとんどのチームが8回ピット戦略を採っていました。10位以内では7位のトーホーレーシングが唯一7回ピットで走り切っています。8位に入ったスズキCNチャレンジも8回ピットでした。エルフの環境燃料40%混合ガソリンでは7回ピットは厳しかったようです。

 トーホーレーシング以外のホンダ勢はあまり燃費が良くなかったようです。これはCBR1000RR-Rがモデルチェンジして新型になったことで燃費が若干悪化したのと、車両のデリバリーが遅れて燃費データの採取が不十分だったためでしょう。SDGハルクプロはYARTよりもさらに早い23周で1回目、48周目で2回目のピットインを行っていました。ただ、SDGはHRCとは逆に後半のスティントほど周回数が多くなっています。テストで十分な燃費データが採取できていないため序盤は燃費に慎重になっていたのが実際に走行した事で具体的に走行可能な周回数が判明したのかもしれません。今年の決勝を走った事で燃費データは採取できているでしょうから、来年は7回ピット戦略を採るチームが増えるかもしれません。

ドゥカティチームカガヤマ

 チームカガヤマのドゥカティによる鈴鹿8耐挑戦、その1回目の成績は4位と表彰台にはあと1歩及ばなかったものの、鈴鹿8耐では全くと言って良いほど実績の無い車両でこの成績を挙げたのは大成功と言ってもよいのではないでしょうか。何より8時間走ってほぼノートラブルだったのは驚嘆に値します。心配された燃費もYARTとほぼ同等、速さも遜色のないものでした。チームカガヤマのピットにはドゥカティコルセからパオロ・チャバッティも来ており、レース後に将来のフランチェスコ・バニャイヤなどMotoGPのトップライダーの起用にも前向きなコメントを残しています。近い将来、ドゥカティが鈴鹿8耐を制する日が来るかもしれません。

 ただ、レーススタートやピットアウト時のエンジン始動に時間が掛かったりとまだまだ課題は多そうです。片持ちスイングアームについてもむしろ不利な要素になっており、改善の余地はまだまだあるように思えます。リアスタンドもバイクの進行方向と交わる方向から掛けなければならないので位置合わせに手間取っているように見えました。幸い、スタンドを抜く前に走り出してしまう事はなかったようですが。

 加賀山監督によるとチームとして用意はしていたがそれを使うことでトラブルが起きる可能性を恐れて使用を見送った部品もあったそうです。来年以降はそういった部品も検証が進んで使えるようになるでしょう。

 ドゥカティは7月25日に2025年型パニガーレV4Sを発表しましたが、スイングアームが片持ちから両持ちに変わっています。おそらくこの変更は2026年に行われるであろうV4Rのモデルチェンジにも反映されるでしょうから、2026年以降は他社と同じ条件でピット作業が行えるようになるでしょう。

スズキCNチャレンジ

 スズキCNチャレンジはチームカガヤマと共に今年の鈴鹿8耐最大の話題だったと言っても過言ではないでしょう。スズキはこのCNチャレンジをワークスチームと位置づけています。2022年を最後にあらゆるモータースポーツから撤退したはずのスズキでしたが、どのような形であれ活動を再開できたのですからいわゆる「鈴菌」の方々のみならず、2輪モータースポーツファンにとっても実に喜ばしいことだと思います。とはいえ、一昨年前にあのような判断をしていなければもっと良かったのですが。

 結果は8位完走で、これは快挙と言えますが、車両はほぼヨシムラと同等なので想定の範囲内とも言えるでしょう。外装パーツ等に再生素材等を使用しているのはあまり大きなマイナス要因とは思えません。ブレーキやタイヤにも環境に配慮した素材が使われていますが、これらが一般的な物と遜色ないパフォーマンスだったことが大きいのではないでしょうか。

 以前、CNチャレンジの車両はエクスペリメンタルクラスのため、レギュレーションに照らし合わせるとエンジンはSST相当のほぼ無改造の物だと推測しましたが、ラップタイムや最高速を見るとフォーミュラEWCクラスの車両とそれほど遜色が無く、同じGSX-R1000Rを使用するオートレース宇部にも引けは取っていません。ただ、ヨシムラSERTと比べれば最高速は劣っています。これが環境燃料40%混合によるものなのか、エンジンの仕様によるものなのかははっきりしません。残念ながらエンジンがどのようなものであるかに言及している記事は見つかっておらず、特例でEWC相当のエンジンが使えていたのかどうかはわかりませんが、SST相当のエンジンだったのであればかなりの高性能だと言えるでしょう。

カワサキの存在感の薄さ

 今回の鈴鹿8耐で最も存在感が薄かったメーカーはやはりカワサキではないでしょうか。試作水素車のデモランをやったり、BS12chによる中継番組のスポンサーを務めたりとレース内容以外の部分では存在感を示していたのの、肝心のレースのリザルトが芳しいものではありませんでした。EWCクラス参戦メーカーの中で唯一Top10トライアル進出を逃しており、決勝でもKWTとカワサキプラザレーシングに転倒やトラブルがあり、最高位がKRP三陽工業&RS-ITOHの16位というのは正直寂しい限りです。エントリー数もわずか4チームでBMWより少なくなってしまいました。スズキも4チームでしたが、ヨシムラSERTとオートレース宇部と上位を狙えるチームが揃っているのに加え、CNチャレンジの話題性も十分だったので比べ物になりません。

 レースに参戦するからには、やはりレースで存在感を示すべきです。近年のチームグリーンや2022年までKRTとしてジョナサン・レイらWSBKライダーを起用してワークス参戦していた時はトップクラスの存在感があったのですが、ワークスチームが参戦していないこの2年は大きく後退してしまった感は否めません。

 ワークスチーム不在となったカワサキは、フォーミュラEWCクラスはカワサキWebikeトリックスター(KWT)、SSTクラスはカワサキプラザレーシングチームがそれぞれのトップチームです。KWTは昨年は渡辺一樹を起用していましたが、今年は日本人ライダーはおらず、国内のファンにとっては物足りなさがあるのではないでしょうか。ここまでのレースでも上位に食い込めておらず、同じEWCフル参戦のYARTやヨシムラSERT、TSRに比べ明らかに劣っている印象が否めません。

 ヤマハは2019年を最後にファクトリーチームの参戦を取りやめており、以後YARTをトップチームに位置づけサポートをしていますが、こちらは圧倒的とも言える速さを持っており、今年はついに2位表彰台を獲得、ファクトリーチーム不在の穴を埋め得る存在と言っても過言ではありません。これに比べると今のKWTはKRT不在の穴を埋めるには全く足りないと言わざるを得ません。

 カワサキモータースとしてはKWTよりもむしろプラザレーシングに重きを置いている様に思えます。プラザレーシングは2022年のNSTクラスで優勝しており、今年のSSTクラスでも優勝候補に数えられていましたが、やはり鈴鹿8耐の主役はフォーミュラEWCクラスであってSSTクラスではありません。特に今年は昨年までのブリヂストンタイヤが使えた鈴鹿ローカルのNSTクラスではなく選手権に組み込まれたSSTクラスとなり、ダンロップタイヤのワンメイクになった事も状況をより困難にしたと言えるでしょう。プラザレーシングのエースライダーである岩戸亮介を筆頭にSSTクラスの有力チームで転倒者が続出したのはSSTクラスに供給されたダンロップタイヤが決勝当日に最も高くなった路面温度に対応できていなかったせいでもあったでしょう。来年以降もダンロップワンメイクのSSTクラスが続くでしょうから、よほど大荒れのレースにでもならない限りSSTクラスで優勝できても総合順位では10位にも入れないのではないでしょうか。

 ファンがメーカー応援席を購入するのはただ応援するメーカーのチームが走ってさえすれば良いというものではなく、少しでも上位を、表彰台を、更には優勝して欲しいと思ってのことです。残念ながら今のKWTにはそれだけの速さが無く、プラザレーシングはクラス優勝は狙えても総合上位は望めません。これではメーカー応援席の売上にも響くでしょう。

 来年のカワサキはWSBK参戦が大きな変革を迎えるのでしばらくは2022年のようなWSBKチームによるスポット参戦的なものは難しいでしょう。ワークスチームの復活は無理でも、プラザレーシングのEWCへの昇格、あるいはKWTへのメーカーサポートの強化、KWTに限らず、プライベーターの底上げも必要です。カワサキプラザは国内ではビモータの販売店でもあるので、プラザレーシングをEWCクラスに昇格させ、使用車両をビモータとの共同開発車両にすれば話題性も十分ではないでしょうか。

真夏の祭典、とはいうものの・・・

 鈴鹿8耐は伝統的に7月最終日曜を決勝日としています。昨年と今年は1週ずつ前後していますが、近年の7月末の暑さは殺人的と言っても過言ではなく、ライダーの肉体的な負担は増える一方です。今年はキャメルバッグからの給水が途絶えたため走行中に意識を失って転倒した選手まで出ており、一歩間違えば大惨事が起きていてもおかしくない状態でした。 他にも複数のチームの選手が脱水症状や熱中症の症状を訴えていました。真夏の炎天下でレースをやるのが鈴鹿8耐だというこだわりをお持ちの方もおられると思いますが、流石にここまで来ると開催時期を見直すべきです。

 SSTクラスで転倒者が続出したのもタイヤがあまりにも高い路面温度に対応できなかったためでもあったでしょう。これはタイヤを改良すれば良いのですが、ライダーの体が心配です。このままでは8耐出場チームのライダーやチームスタッフは消防隊員のように暑熱順化訓練が必須になりかねません。チームによってはすでに採用しているところもあるかもしれません。

 これだけ過酷な環境では観客も極めて過酷な観戦を強いられることになります。スポンサーのコカ・コーラは自社製品が売れてウハウハかもしれませんが、あまりの暑さを理由に現地観戦を見送るファンが増えてもおかしくありません。かく言う私も今年は現地観戦を見送りました。テレビ中継で見る限り、スタート時に日光を遮る物が一切無いアステモシケイン前のスタンド(Q席)がガラガラだったのも当然で、とてもではないですが耐えられたものではありません。あのような環境下ではライブタイミングを見るためのスマホやタブレットも高温のため動作しなくなってしまいます。

 レースというのはある種ストイックなものではありますが、近年の殺人的とも言える高温下での開催はストイックどころかマゾヒスティックですらあります。レースにストイックさを求めるのはまだしもマゾヒスティックさなど誰も求めてはいません。さらに言えば観客にまでそれを求めるのは筋違いも甚だしいもので、集客にも影響は出ているはずです。

 開催時期を変更するにも他の開催地や他の手権との兼ね合いもあり容易ならざるものがあるでしょうが、このままにしておいてよいはずがありません。ディスカバリースポーツとFIM、鈴鹿サーキット他関係者各位には是非とも見直しを求めたいところです。

 最後までお読みいただきありがとうございました。
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