WSBKのコンセッションルール
今回はWSBKのコンセッションルールについて取扱います。過去の記事でもWSBKのコンセッションルールについて簡単な説明をしたことがありましたが、WSBKの記事でコンセッションについて扱う事が多く、ネット上には海外の記事でも正しく解釈されていないように思えるものが散見されるので改めて詳細な解説をしたいと思います。
WSBKのコンセッションルールとは
WSBKにコンセッションルールが導入されたのは2018年のことでした。基本的にはカムシャフト等特定の部品を「コンセッションパーツ」としてアップデートを原則禁止にし、成績下位のメーカーに対してのみこれを許可するものです。これには、成績下位のメーカーの戦力向上を促し、成績上位のメーカーの開発を停滞させ、戦力格差の均衡を図ろうという意図が見て取れます。そういう意味では、これは一種のBOP(Balance of Performance)、性能調整だと言えるでしょう。
導入当初、2018年はレースの着順に基づくコンセッションポイントのみで運用され、優勝、2位、3位のライダーに各3pt、2pt、1ptのコンセッションポイントを付与、メーカー毎に集計し、3大会終了時点でのコンセッションポイントが最も多いメーカーから9pt以上少ないメーカーに対してシーズン中1回のアップデートを認め、シーズン終了時にも同じく36pt差以上のメーカーに対してはオフシーズン中のアップデートを認めるというものでした。
これが大きく改定されたのが2022年の10月です。この改定からスーパーコンセッションが導入され、コンセッションルールはかなり複雑かつ難解なものになりました。コンセッションポイントの対象を5位まで拡大、コンセッションパーツのアップデートには従来のコンセッションポイント差に加え、ラップタイムに基づいて算出されたメーカー間の相対パフォーマンスである「トークン」が必要になりました。また、これまでシーズン中1回に限られていたアップデートも条件が許せば複数回行えるようになりました。
2024年のコンセッションルール
コンセッションルールは2024年にも改定されています。ここからは2024年、現在のコンセッションルールについて詳しく解説していきたいと思います。
コンセッションポイント
現在のコンセッションルールはコンセッションポイントとコンセッショントークンの組み合わせで運用されています。まずはコンセッションポイントから説明します。以下は2024年版レギュレーションの該当部分の抜粋です。
コンセッションポイントは各レース毎、ライダー毎に加点されこれをメーカー毎に集計します。メーカー毎のコンセッションポイントの取得状況はレース2の公式リザルト最終ページに記載されています。以下の表はその抜粋で、各メーカーが所得したレース毎のコンセッションポイントです。
最も左の列はどのレースであるかを示しており、先頭の数字はラウンド数、”RC1”はレース1、”SPRC”はスーパーポールレース、”RC2”はレース2のことで、()内の数字はコンセッションチェックポイントです。
開幕戦レース1の成績は、1位がドゥカティのブレガ(10pt)、2位がヤマハのロカテッリ(8pt)、3位がドゥカティのイアンノーネ(6pt)、4位がカワサキのロウズ(4pt)、5位がBMWのラズガットリオグル(2pt)でした。これをメーカー毎に集計すると、上記の表1行目のように、ドゥカティ16pt、ヤマハ8pt、カワサキ4pt、BMW2ptとなります。2行目のスーパーポールレースの数値が小さいのは配点がレース1・レース2の半分だからです。
ウエットコンディションのレースはコンセッションポイントの対象外です。この表に"3-RC1(2)"の行が存在しないのはこのレース、即ち第3戦アッセンのレース1がウエットレースだったためです。
この各社のコンセッションポイントをチェックポイント、即ち2大会毎に集計、比較し、コンセッションの対象か否かを判別します。以下の表はチェックポイント毎のコンセッションポイントの小計と首位メーカーとの差です。
上段の緑色のセルはメーカー毎のコンセッションポイントのチェックポイントにおける小計、下段のセルはコンセッションポイント首位メーカーからのポイント差、数字が赤いメーカーはコンセッションの対象であることを表しています。つまり首位のメーカーとの差がコンセッションの対象となる33pt以上あるということです。
今季の第2チェックポイントでは、全6レース中第3戦アッセンのレース1がウエットコンディションで行われたのでコンセッションの対象外でした。この場合、残る5つのレースのコンセッションポイントは6レース分に換算するため、実際に獲得したコンセッションポイントの合計よりも多くなっています。
次にコンセッションの資格の有無を判別します。ドライコンディションのレース(スーパーポールレースを除く)で2勝したメーカーはその時点でコンセッションの資格を失い、対象から除外されます。
一つ目の表は今季におけるメーカー毎のドライコンディションレースでの勝利数(SPレースを除く)です。赤文字は2勝以上しておりコンセッションの資格を失っていることを表しています。BMWとドゥカティは今季すでに2勝以上しているのでコンセッション・スーパーコンセッションの資格を喪失しており、以後今季中は成績が低迷したとしてもコンセッションとスーパーコンセッションのアップデートが行えません。
二つ目の表はコンセッションおよびスーパーコンセッションの対象か否かです。前述のコンセッションポイント差とドライコンディションの勝利数を照合してコンセッションの対象か否かを判別した結果です。この表でYES、即ちコンセッションの対象と判定されたメーカーはコンセッショントークンのパフォーマンスカリキュレーターによって分析されます。
コンセッショントークン
ドライコンディションのレースで2勝しておらず、コンセッションポイントのポイント差が首位のメーカーから33以上あってもトークンが足りなければアップデートはできません。
この"トークン"とは一体何でしょうか?レギュレーションの条文は非常にわかりにくいのですが、トークンは "パフォーマンスカリキュレーター"によってメーカー毎のパフォーマンスの相対的な差異を数値化したもので、各レースにおける表彰台登壇3名のラップタイムの平均と各メーカー上位2名のラップタイムの平均の差から算出した物です。この数値が大きいほどパフォーマンスが劣っているということになります。
コンセッションの対象メーカーはチェックポイント毎にトークンの量に応じてアップデートが行う事ができます。トークンが4以上あればコンセッションパーツのアップデートが、8以上あればコンセッションパーツ2項目のアップデートが行え、10以上あればスーパーコンセッションパーツが獲得可能です。以下は今季各メーカーが取得したトークンの表です。
トークンは2つのチェックポイント間で累積することができます。単独のチェックポイントのトークンではアップデートするのに不足していても、前のチェックポイントのトークンと累積することでアップデートが可能になり得ます。例えば、上記の表ではチェックポイント1におけるヤマハとカワサキのトークンは共に4に届いておらず、コンセッションパーツのアップデートは行えない状態でしたが、チェックポイント2においてはチェックポイント1のトークンとの累積でヤマハはコンセッションパーツ2項目のアップデートが、カワサキはさらにスーパーコンセッションパーツの獲得が可能な状態になっていました。
コンセッションの対象であり、一定以上のトークンを所有しているメーカーは、コンセッションパーツのアップデートまたはスーパーコンセッションパーツの獲得を行います。
コンセッションパーツとスーパーコンセッションパーツ
コンセッションパーツは上記c)のi)〜iv)の4項目から選択します。iii)の「スイングアームの仕様の追加」について補足すると、スイングアームはコンセッションに関係なく変更可能な部品なのですが、通常シーズン中1回しかアップデートが認められていません。これを選択すれば2回目のアップデートが可能になるという事です。
スーパーコンセッションパーツを導入する場合、メーカーは導入する大会の1ヶ月前までにFIMに申請し、14日前までにサンプルを提出しなければなりません。なので、スーパーコンセッションパーツを導入し得る状況に至ってもすぐに導入できるわけではないということになります。事前にスーパーコンセッションの対象になるかどうかわかるはずもなく、あらかじめ何をスーパーコンセッションパーツとして申請するかを決めておくこともできないでしょうから、導入までにはそれなりの時間を要するでしょう。
上記レギュレーションの2.4.3.3.b).iii)には、「スーパーコンセッションパーツの仕様は以下のすべての規定に優先する」とありますが、この一文は車両の改造範囲の条文よりも前に記述されています。つまり、スーパーコンセッションパーツはレギュレーションで許される改造範囲に縛られない物で、現行レギュレーションでは禁止されている穴開け・切削加工を施したフレーム、ピストンやコンロッドの変更等、FIMが承認すれば何でもありだと言えます。
コンセッションパーツとスーパーコンセッションパーツの導入状況もリザルトの最終ページに記載されています。以下は今季の導入状況です。
"SC"はスーパーコンセッションパーツを意味します。この表からは、BMWとホンダが開幕時から、第2戦からカワサキがスーパーコンセッションパーツを導入しており、カワサキはさらに第7戦から新たなスーパーコンセッションパーツを導入していることがわかります。今季はまだシーズン中にコンセッションパーツをアップデートしたメーカーが無いので表の中にはありませんが、アップデートされたコンセッションパーツが導入された場合は"C"で表されます。
スーパーコンセッションの場合テスト日数の優遇が受けられます。今季のBMWは昨年終了時点で獲得したスーパーコンセッションによりこのテスト日数の優遇を受けていますが、ドライコンディションのレースですでに2勝しているためコンセッションの資格と同時にテスト日数の優遇も失っています。カワサキも昨シーズン終了時に獲得したスーパーコンセッションによりテスト日数の優遇を受けていますが、コンセッションの資格は失われておらず、第7戦より新たなスーパーコンセッションパーツを導入しています。これによるさらなるテスト日数の追加があるかどうかは不明ですが、仮に追加できても実際には使い切る事はできないでしょう。
シーズン終了時点でコンセッションパーツのアップデートおよびスーパーコンセッションパーツの導入が可能な状態であれば、翌シーズンのアップデートに使用できます。今季BMW、ホンダが開幕戦、カワサキが第2戦から導入しているスーパーコンセッションパーツは昨シーズン終了時のトークンを利用して獲得したものです。なお、トークンは翌シーズンへ持ち越すことはできません。
これらとは別に、シーズン終了時にも年間の合計コンセッションポイント差が首位のメーカーから165pt以上あればオフシーズン中にコンセッションパーツのアップデートが可能になります。これについてはトークンは必要ありません。また、これは「シーズン中」のアップデートではないので2勝以上挙げているメーカーでもアップデートが可能です。
成績上位のメーカーはアップデートができない
冒頭にも書きましたが、WSBKのコンセッションルールは成績上位のメーカーのアップデートを制限するためのものです。コンセッションポイント首位のメーカー、あるいはそれと接戦のメーカーはコンセッションポイント差が少ないためアップデートが行えません。今年を例に取ると、BMWとドゥカティがこれに当たります。BMWは第1チェックポイント、即ち第2戦終了時にはコンセッションパーツのアップデートが可能な状態でしたが、このアップデートを行う事無くドライコンディションレースで2勝目を挙げたため以後コンセッションの対象からは除外されています。ドゥカティも第2戦カタルニアまでに2勝を挙げているのでコンセッションの資格を失っています。第3チェックポイントまでのコンセッションポイントの合計は、BMWが130、ドゥカティが206、ホンダが0、カワサキが52、ヤマハが54です。おそらく今季のコンセッションポイントの首位と2位はドゥカティとBMWになるのは確実で、両社の間に165pt以上の差が付くことは無いでしょう。なのでこの両社はオフシーズンのアップデート権を得られない公算が高く、ドゥカティのモデルチェンジは2026年、BMWについてはモデルチェンジの噂も無いので、来季も今季と同じカムシャフトを使用したエンジンで戦う事になるでしょう。
スーパーコンセッションオーバーシュート
レギュレーションの記載順と前後しますが、スーパーコンセッションパーツを使用するメーカーが速くなり過ぎた場合の対策が設けられています。
スーパーコンセッションオーバーシュートについてはドニントンの記事で解説していますのでそちらをご覧ください。
コンセッションルールについてはいくつか疑問も残っており、このようなルールの是非についても色々と考えさせられるものがあります。これについては後日改めて取り上げたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご指摘などございましたらコメント欄でお知らせいただけると幸いです。
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