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Interview vol.9 藤本高之さん(イスラーム映画祭主宰)映画で知るパレスチナ問題の原点

第9回は、元町映画館で4月27日より1週間に渡り開催される「イスラーム映画祭9」を主宰する藤本高之さんです。


イスラーム映画祭9メインビジュアル

■名古屋会場の見通しを聞き、2024年もやると決断


―――イスラーム映画祭8終了後は、「来年は休むかも…」とおっしゃっていたので、イスラーム映画祭9を続けてやっていただく知らせを聞いたときは、とても嬉しかったです!
藤本:本当は休むつもりだったんです(笑)ただ昨年5月、神戸でのイスラーム映画祭8が終わってすぐに、名古屋会場だった名古屋シネマテークへ行き、支配人の永吉直之さんから7月の閉館や、その後、同館スタッフの仁藤さんと新たにミニシアターを立ち上げる話を聞くことができた。その時点で2024年もやろうかとは思っていました。
 
―――2024年2月にオープンの「ナゴヤキネマ・ノイ」ですね。
藤本:劇場も古かったですし、今は内装も綺麗にしているので、良かったと思います。あと、円安も終わらないでしょうし、イスラーム映画祭10まではやろうと決めていたので、それならばやってしまおうと。だからやると決めたのはそんなに深い意味はないですよ。
 


『ファルハ』(ヨルダン=スウェーデン=サウジアラビア)

■“ナクバ(大災厄)”を一人の少女の目を通して描いた『ファルハ』


―――イスラーム映画祭でも毎年取り上げてきたパレスチナ問題ですが、今も続く(1月末時点で)ハマスとイスラエルの戦闘が激化した昨年10月時点で、映画祭の準備状況はどんな状態だったのですか?

藤本:7〜9月ぐらいまでに作品はもうほとんど決めていました。パレスチナでの緊張状態やイスラエルの国際法を無視した占領に対する抵抗はずっと続いていましたから、ついに風船が破裂してしまった状態です。1948年のイスラエルによるパレスチナの民族浄化、アラビア語で“ナクバ(大災厄)”を一人の少女の目を通して描いた作品『ファルハ』も、元々やろうと決めていました。
 
―――制作年が2021年と、比較的最近の作品ですね。
藤本:2022年のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で上映されたとき鑑賞し、配給がついたり、どこか別の場所で上映会があるならと目を付けていたのですが、どこも上映しなさそうなので、イスラーム映画祭での上映を決めました。


『炎のアンダルシア』(エジプト=フランス)

 
■歌と踊りがいっぱい!90年代のエジプトと12世紀の哲学者を描く『炎のアンダルシア』


―――そうだったんですね。では公式サイトの「2024 上映作品一覧」を見ながら、作品をご紹介いただきましょうか。まずは『炎のアンダルシア』をお願いします。
藤本:1998年に一度劇場公開されているので、26年ぶりに劇場での上映が叶いました。12世紀のスペイン南部、ちょうどイスラームに支配されていた頃の話です。しかも90年代のエジプトも描いているんですよ。当時のエジプトはいわゆるイスラム主義者が独裁政権を倒すために武装闘争をしていたのですが、その一部が過激化し、外国人を狙ったテロ事件が起きていた時代で、97年に日本人10人を含む外国人観光客や現地警官の62名が死亡したルクソール事件も起きています。だからこの時代にエジプトで起きていたイスラム主義者のテロが21世紀のヨーロッパで起きたテロに全部繋がっていきます。
90年代の前となる80年代には、ソ連とアフガニスタンが戦争をしましたが、アフガニスタンだけではなく、エジプトや近隣地域からも戦争に参加しており、戦争に参加した兵士たちが自国に戻って武装闘争に参加していた。アメリカ同時多発テロ事件の首謀者、ウサーマ・ビン・ラーディンの右腕だったアイマン・ザワーヒリーもエジプト出身で、90年代のエジプトのテロとも関わっていたんです。最近アフガニスタン映画をずっと上映してきましたから、80年代のアフガニスタン、90年代のエジプト情勢などを経由して、21世紀はテロが多発する時代になる。そういう流れがあるのです。
 
―――なるほど、テロの歴史がどんどん詳らかにされていきますね。この作品は12世紀の話も並行して語られるわけですが。
藤本:本作の主人公であるアヴェロエスは哲学者ですが、本来は哲学とは相反する信仰と合理主義が両立すると提唱した人なのです。イスラムの世界で思想は自由だと言ったアヴェロエスを主人公にし、一方で90年代のイスラム主義者がテロを起こしている姿を描いているのですが、歌と踊りがいっぱいのインド映画みたいな作品ですよ。
 
―――内容の重さに反して、エンタメ感満載ですね。
藤本:見たらびっくりすると思います(笑)。描かれている内容の奥行きは非常に深いですし、パンフレットでは甲南大学文学部教授の中町信孝さんにコラムを書いていただきましたが、本当に素晴らしいですよ。
 


『私は今も、密かに煙草を吸っている』(フランス=ギリシャ=アルジェリア)

■90年代アルジェリア、公衆浴場ハマムが舞台の鮮烈作『私は今も、密かに煙草を吸っている』


―――アルジェリアの『私は今も、密かに煙草を吸っている』の見どころは?
藤本:実は、『炎のアンダルシア』とこの作品はセットでぜひ観ていただきたいので、公式サイトでも横並びにしているんですよ。まったく違う話のように見えますが、実は『私は今も、密かに煙草を吸っている』も90年代が舞台です。当時のアルジェリアは、エジプト以上にイスラム主義者がテロを行っていた時代なんです。イスラーム映画祭6(2021年開催)で『ラシーダ』という作品を上映しているのですが、カタログをお持ちの方ならP-21〜22のコラム「眼差しの抗議―アルジェリア内戦は何だったのか」(小倉考保/毎日新聞論説委員)を読んでいただければ当時の状況がよくわかります。
 元々アルジェリアは独裁政権が続いており、民衆革命で民主化の道を進み始め、イスラム主義の政党が支持を伸ばし始めたところ、クーデターが起きて内戦になったのがこの時代で、90年代はずっと内戦が続いていました。女性は自由な発言ができない状況下で、公衆浴場ハマムだけを舞台にし、女性たちが外では言えないような話を吐露するのですが、その中にもイスラム主義者がいる…という、とてもインパクトの強い作品です。ライハーナ監督も女性で、アルジェリアでは自由に創作活動ができないので、90年代後半にフランスへ亡命しています。
 
―――今もフランスで活動をされていると?
藤本:そうです。ライハーナ監督はもともと劇作家兼俳優なので、自ら本作の原作となる戯曲を作り、2009年にフランスで上演したのを、今回はアラビア語で映画化したという流れです。
 


『戦禍の下で』(フランス=レバノン=イギリス)

■中東の戦争を疑似体験できる、レバノンが舞台の『戦禍の下で』


―――同じ時代を描いた2本として注目していただきたいですね。次の『戦禍の下で』は、レバノンが舞台です。
藤本:これもSKIPシティ国際Dシネマ映画祭上映作で、当映画祭で上映できることになった矢先に、ハマスとイスラエルの戦闘が起こったものだから、まるでその様子を観ているような作品なんですよ。というのも戦争中に現地でカメラを回して撮った作品で、プロの俳優は4人だけ。あとは出演するのは全員戦争被害者です。日本ではあまり知られていませんが、1982年のイスラエルによるレバノン侵攻に対抗してできたヒズボラというレバノンの政治組織が、2006年にイスラエル兵を拉致し、イスラエルと領土が接しているレバノン南部を爆撃しまくった戦争があったんです。メイン画像の背景が瓦礫の山は本物で、イスラエルが報復する際にどれぐらいの破壊行為を行うかを中東諸国の人は知っているし、本作を観ていると、本当に今のガザでの戦争を観ている気分になります。ただ、血なまぐさい映像は一切映さないように作っており、避難している人たちを映し出しています。イスラム教徒の主人公のゼイナは、停戦になったので、キリスト教徒のタクシー運転手を雇い、行方不明になった息子と妹を探すというロードムービーのような作品です。設定はフィクションですが、息子の消息を知るため、二人が色々な人に尋ね回るところがまるでドキュメンタリーのようになっています。中東は常にどこかで戦争が行われているので、監督たちも機動力がすごいし、映画としてのインパクトも大。ハマスとイスラエルの戦争を疑似体験できる作品ですね。セットで観るとよく状況がわかる作品となると、『ファルハ』でしょう。
 


『憎しみ』(フランス)

■『トレインスポッティング』の元ネタ、バンリュー映画の出発点『憎しみ』


―――フランス映画『憎しみ』もラインナップされていますね。
藤本:日本では96年に公開のいわゆるカルト映画ですが、今まで9年間イスラーム映画祭をやってきて、こんなに反響が大きかった作品はなかったですね。昨年同志社大学社会学部教授の森千香子さんにフランス移民の話をしていただきましたが、これもその流れの作品です。森さんとフランスの都市部の郊外地域(バンリュー)に移民や移民の子ども世代が住んでいるのですが、バンリューの若者たちを描いた映画がこの20年で増えているんです。最近だと『レ・ミゼラブル』(19)がありますが、その原点が『憎しみ』です。この作品以降、バンリューを舞台にした若者映画が作られるようになったわけです。マチュー・カソヴィッツ監督作品でモノクロ映像に撮りかたもアイデア満載で面白い。男の子たちの無軌道な日常を描いているので、公開当時は映画の新鮮さから日本でも有名になったようですね。
 
―――当時ミニシアター系で大ヒットした『トレインスポッティング』(96)っぽい!
藤本:『トレインスポッティング』の元ネタというか、この映画の影響を受けて作られているんです。『トレインスポッティング』でのユアン・マクレガーの坊主頭は、『憎しみ』のヴァンサン・カッセルから来ているんですよ。この作品は今回の目玉の一つですね。実は昨年WOWOWで放映しているのですが、劇場ではどこもやらなかったので、上映権を交渉し、念願の本作を今回は2回限定上映(東京・神戸で1回ずつ)します。
 


『私が女になった日』(イラン)

■イラン女性の一生を独特の発想で描いた映画2本『私が女になった日』&『メークアップ・アーティスト』


―――イラン映画『私が女になった日』はオムニバス映画ですね。
藤本: 20年前に作られた映画ですが、今観ても面白い。逆に当時は少し早すぎたのかもしれません。イランはおととしから反スカーフ運動などデモが起きていますから、久しぶりにイラン映画をやろうと思って。もう1本の『メークアップ・アーティスト』も同じくイラン映画で、山形ドキュメンタリー映画祭上映作。どちらもイラン情勢やそこで置かれた人々の立場がよくわかります。『私が女になった日』はモフセン・マフマルバフ(『カンダハール』)の妻、マルズィエ・メシュキニが夫の脚本で監督を務めた作品なんです。イランの南側のペルシア湾にはリゾート地になっているキーシュ島があり、様々な人種が住んでいることがよくわかります。


『メークアップ・アーティスト』(イラン)


『メークアップ・アーティスト』は妻がメークアップの勉強のため大学に行こうとするものの、夫がそれを許さないというドキュメンタリーです。またイランではペルシア人が6割しかおらず、他は別の民族(アラブ人、クルド人、アゼリー人など)で、主人公はバフティヤーリー族という少数民族なので、夫婦のやりとりだけでなく、イランの多民族国家ぶりもわかります。この2本でイランのそういう部分を感じていただけるでしょう。
 


『アユニ/私の目、愛しい人』(シリア=イギリス)

■シリアの強制失踪者家族を追った必見ドキュメンタリー『アユニ/私の目、愛しい人』


―――『アユニ/私の目、愛しい人』は日本初公開です。
藤本:アユニはアラビア語なのですが、パレスチナの隣国、シリアの物語です。シリアもアラブの春で革命が起き、そこから紛争が起きる一方で、警察国家なので反体制的な人を拉致する強制失踪がずっと昔から行われています。既に強制失踪者は10万人以上いると言われており、その残された家族を追ったドキュメンタリー映画です。パレスチナはわかりやすいということもあり注目されますが、シリアは世界からも無視されっぱなしだったので、シリアの映画をご紹介しなければいけないと思っていました。『ファルハ』は動員が多いと思いますが、僕としては『アユニ〜』の方をより観てもらいたい。今、パレスチナを応援する声も日本では多いのですが、シリアはイスラエルと対立しているので基本的にパレスチナ側として発言する一方で、シリアではパレスチナ難民を殺している。シリアの政治をパレスチナの味方のように思っている人が少なからずいる訳ですが、それはとんでもない間違い。今回はそれをわかっている人に集結してもらい、トークなどで全面協力していただきます。74分で、とてもよくできたドキュメンタリーですし、「こんなこと知らなかった」とびっくりされると思います。
 


『ハンズ・アップ!』(フランス)

■ヨーロッパ伝統のレジスタンス映画『ハンズ・アップ!』、恋愛観にアイデンティティの二重性を投影したコメディ『辛口ソースのハンス一丁』


―――『ハンズ・アップ!』と『辛口ソースのハンス一丁』はどちらも2010年代に作られたヨーロッパの映画です。
藤本:この2本は、ヨーロッパの移民の話で先ほどの『憎しみ』と3本がセットになっています。『ハンズ・アップ!』は滞在許可のないチェチェン人の女子が主人公で、彼女が強制送還されそうになり、民族や人種など関係ないと思っている子どもたちがなんとか主人公の女子を、体を張って守ろうとする。子どもたちは主人公を守るため地下にも潜ったりしますし、ナチスのレジスタンス映画みたいなヨーロッパの伝統的なレジスタンス映画の系譜ですね。今、入管の問題があり「不法滞在」という言葉を使いますが、僕の字幕では一切使いません。「非正規滞在」という言い方をしています。


『辛口ソースのハンス一丁』(ドイツ)


 『辛口ソースのハンス一丁』はドイツのトルコ系移民である三姉妹が主人公の作品でドイツ映画研究者の渋谷哲也さんが好きな作品でもあります。移民の子ども世代の家庭事情や恋愛事情に的を絞って描くコメディで、姉妹の一人が妊娠してしまうのですが、父親は長女が先に結婚するべきだと。妊娠した妹を結婚させるために、姉が結婚相手を探すのですが、彼女は結婚相手にドイツ人がいいと思っている。ただし、中身はトルコ人らしさがほしい。つまりタイトルの『辛口ソースのハンス一丁』は、「辛口ソース」がトルコ男性の情熱の比喩で、「ハンス」というのは日本では「太郎」のようにドイツで一番よくある名前なんです。つまり、「トルコ人みたいなドイツ人、いない?」というニュアンスで、主人公が求める男性像に移民の子ども世代の二重になったアイデンティティが凝縮されているわけです。
 
―――恋愛観にアイデンティティの二重性を投影していますね。
藤本:多分、観た人は父親が悪いと思うでしょうが。そこはイランが舞台の『メークアップ・アーティスト』と似ていますよ。
 


『スターリンへの贈り物』(カザフスタン=ロシア=ポーランド=イスラエル)

■中央アジアが舞台、子どもの映画『スターリンへの贈り物』『ハーミド〜カシミールの少年』


―――最後に、『スターリンへの贈り物』『ハーミド〜カシミールの少年』は歴史映画でもあります。
藤本:あまり中央アジアの作品をしてこなかったので、今回はやりたいと思って。『スターリンへの贈り物』は第二次世界大戦後の話で、当時スターリンはユダヤ人や政治犯、あとは要するにソ連の社会主義に必要ないと思われた民族の人々の強制移住をあちらこちらで行っており、皆、中央アジアへ送られていたんです。ユダヤ人の少年も祖父と一緒に強制移住させられるのですが、電車内で祖父が亡くなってしまい、残された少年を元々カザフスタンに住んでいるムスリムのおじいさんが、同じように強制移住させられてきたクリスチャンの女性やポーランドの政治犯と一緒に面倒を見るという物語です。虐げられた人たちの話である一方で、当時ソ連が核実験をしていたのが中央アジアで、そのことが映画の後半に関係してきます。
 
―――それを聞いて、ちょっとゾッとしました。
藤本:すごい終わり方をする映画です。イスラエルの問題が現在進行形で起きている中で、ユダヤ人の子どもの話を上映しますので、興味深くご覧いただけるのではないでしょうか。


『ハーミド〜カシミールの少年』(インド)


 『ハーミド〜カシミールの少年』は、インドとパキスタンが分離独立して以来、ずっと領有権を争っている北部のカシミールという場所があり、そこを舞台にした作品になります。主人公の少年、ハーミドはインド統治側のカシミールに住んでいるムスリムです。インドはヒンドゥー教の国なので、パレスチナのようにハーミドは虐げられています。そんな中、ハーミドの父親が失踪してしまい、ある日「786」というイスラムが広がるある地域で大事とされる番号が、神様の数字だと知るわけです。ハーミドは10桁を類推し、携帯で神様に電話をしようとしたら、インド統治側のカシミールに駐留しているインド軍の兵士に繋がってしまうんです。電話を通じて交流が始まっていき…という話で、感動もののように見えて、なかなかそうはいかない。この2本もそうですが、今回のイスラーム映画祭は大人の都合で引き裂かれるような子どもの映画が多いというのも特徴ですね。
 
―――たっぷりと作品解説いただき、ありがとうございました。最後に難しいと思いますが、イチ推し作品を教えていただけますか?
藤本:難しいですが…(笑)。やはり、何度観ても面白い『私は今も、密かに煙草を吸っている』ですね。ハマムだけを舞台にしている作品はなかなかありませんし、日本で公開された『ガザの美容室』(15)もワンシチュエーションの物語ですが、絶対こちらの方が面白く、インパクトが強いと思います。今年も神戸へ行きますので、ぜひお越しください!
(2024年1月29日収録)


イスラーム映画祭9神戸編スケジュール


<藤本高之さんプロフィール>


沢木耕太郎の『深夜特急』に憧れて20代の頃に計1年3ヵ月ほどユーラシア大陸を旅し、中でもアジアや中東のイスラーム圏の文化に強い印象を受ける。9.11米同時多発テロ以降、報道されるイスラーム文化圏のイメージに違和感を覚え、非欧米圏の映画に対する知識を活かして2015年、「イスラーム映画祭」を立ち上げる。「全額自己負担」の個人企画。

Text江口由美


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