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絵本ver.「月の恋文(こいぶみ)」

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水平線の向こう側を想像したことがあるかい?

にんげんってやつは、海岸に座って、太陽を眺めたり、潮干狩りをしたり、海の上をヨットやボートで進んでいくことは、得意だよね。

でも俺たちみたいに、ぷかぷか、たゆたうってことは、なかなかできないだろうね。


「たゆたう」っていい言葉だろう?

水面にのぼって行って、光の粒を味わって
それを抱えたまま、また海中に向かって、潜水する。
海の中に差し込む光は、いつだってゆらゆらしてる。
パーフェクトに、ゆらゆらしてる。

光が音になり、音が光になって揺れる。
海の中で溶け合って、一つの壮大な音楽を奏でてるんだ。

たゆたうって、こんな感じさ。

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おっと、申し遅れたけど
俺はこの海の交響楽団の小さな仲間、クラゲだよ。


お嬢さんは、触っちゃいけない
ワルだからね。
ビリビリするよ。


俺はいつも、水平線のあたりで、ぷかぷかたゆたうのが好きなんだ。
っていうか、これが俺の仕事さ。

光の粒を集めて、海の中に潜って
深い海の底まで、そのあかりを届けてる。

それは、海の生き物にとっての
エネルギーになるんだ。


水平線にまっさらな太陽が昇ってくるとき
それから、深いダークブルーの海に、月があかりを落とすとき
その瞬間の光が、一番新鮮だからね。
その時間はいつもちゃんと起きて仕事をしてるよ。

ここぞって時に仕事をするのが、
プロだからさ。

あとは、他の仲間たちに任せて
ぷかぷかたゆたっているけどね。


そんな仕事人の俺なんだけど、
最近おもしろい出来事があったんだ。
それをみんなに今日は話そうと思っている。


ある海風が強く吹く夜に、俺はたゆたっていた。
空には、お月さんが昇っていたんだ。

俺は、いつもよりお月さんが、なんだかしょんぼりして見えたから、ちょっと話しかけてみたんだ。

「お月さん、今日はなんでそんなに元気がないんだい?
海は荒れてるけど、365日の中には、こんな日もあるだろう。」


するとお月さんはこういったんだ。

「気になる人ができたんだ。
その人のことを考えると、夜も眠れないよ。
三日月だった頃、小さく芽生えたこの胸の想いは
もうすぐ満月だろう?
はり裂けそうなんだ。」


そう、お月さんは恋わずらいをしていたんだ。

俺は、驚いたよ。
ずいぶん長くこの仕事をして来たけど
こんなお月さんを見たのは、はじめてだったからね。


いつもそっと、海を照らして、穏やかな音楽を一晩中奏でていくお月さんが、なんだか情熱的だったんだ。
フランメンコダンサーみたいにね。

ほっぺたも赤くなってた。

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俺は身を乗り出して聞いたよ。
「それで、その気になるお相手は誰なんだい?」


するとお月さんは、答えてくれた。

「ちゃんと会ったことはないんだ。
いつもすれ違ってばかり。でも、その人の残り香を思うだけで
心がぎゅっとなるんだ。
ちらっとね、毎日その姿を見る。私が眠りにつく直前にね」


俺はさっぱりわからなくて、もう一度聞いて見た。

「それじゃわからないよ。もっとヒントはないの?」


するとお月様は、恥ずかしそうに、もじもじしながら答えてくれた。


「私の光を、夜、お前は海の中に届けてくれているだろう。
同じように、朝、お前が会って、光をもらっている人さ」


そこまで聞いて、俺はようやく気づいた。
「なるほど、お天道さんだね!確かに、とても綺麗で美しい」

お月さんは太陽に恋をしていたんだ。


それからお月さんは、息急き切ったように
俺にお天道さんのことを、たくさん聞いてきた。
どんな色の空が好きなのか、とか
どんな声をしてるのか、とか。


あまりにも本気だったから、俺も仕事人だからさ
なんとかこのお月さんの想いを、お天道さんに届けられないかなーと、思ったんだ。


二人は、どうしたってすれ違ってしまうからね。

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夜が明ける頃には、お月さんは眠ってしまう。
お天道さんが沈んでから、お月さんは、起きて夜空に登ってくる。

日が落ちて夜のとばりが下りるころには、お天道さんは眠ってしまう。
白んだ空で、お月さんがあくびをしている頃、お天道さんは起きてくる。


どうしたもんかと思ったよ。

それで考えたんだ。


いつもだったら、深い海の底まで届けている光。
それをちょっとだけ俺の中に
残しておくことにしたんだ。


お月さんの光を、お天道さんに渡すんだ。
そう恋文ってやつさ。


そしてその晩、お月さんの光でできた恋文を
俺は受け取った。

やがて夜は明けて朝が来て、いつものように東の空から太陽が、今日一番最初の光で、海を照らした。


俺は何も言わずに、お天道さんからいつものように光を受け取って、その光と交換に、恋文をお天道さんに渡したんだ。


そしたらお天道さんは驚いて、こう言ったよ。

「素敵な光だわ。私もずっと、あの人のように優しい調べを
奏でてみたいと思っていたの
海は記憶しているでしょう。昨日の調べを。」

「ありがとう。あなたの透明の体を使って、あの人に伝えて
優しい調べを、もっと聴きたいわって」

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それからどうなったかって?
みんな知ってるだろう。

二人は永遠に愛し合ってる。
朝と夜が交代でおとづれる。
そのたびに、太陽と月の愛が育まれているんだよ。


俺?

俺の仕事は増えちゃったよ。
恋文屋さんだね。
仕方ない、プロだからね。


(この物語は、南の海の水平線にたゆたう
クラゲの間で伝承されている、昔話だそうです。)


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