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絵本ver.「僕のプルメリア」


また朝が来てカーテンを開けると、まっ白い夏の日差しが、一気に部屋を照らし出した。

テーブルの上に転がる、昨日のビールの缶をかたずけながら、ちょっとずつ起きて来た頭で記憶をたどる。

「あーそうか、昨日も夜中まで仕事が終わらなくて、深夜にタクシーで帰って来たんだったっけ。」

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目をこすりながら、歯磨きをする。


鏡に映るのは、我ながらひどい顔。

体は疲れていても、頭がさえてしまって眠れない時、お酒の力を借りてしまう。
そうすると、翌朝はだいたいこんな感じ。

膨れちゃったなー。

「仕方ない、今日が終われば楽になるから、そこまでがんばろう。っていうより、今日ミスったら、マネージャーから大目玉くらっちゃう。気合い入れよう。」


そう自分に言い聞かせながら、Yシャツに腕を通して、ネクタイを締める。


「あれ、ネクタイって、どうやって結ぶんだったっけ。」

ネクタイの先をくるんって回して輪っかを作って、そこにネクタイの本体を通していくんだけど、順番を間違えると、途端に分からなくなる。
社会人になって、もう5年もたっているんだけど。


「ご愛嬌」ってことで、色々許してもらえる齢でもなくなってきたっていうのは、実感してる。

まだまだこんなことを言う年齢じゃないって分かっていても、やっぱり昔みたいに徹夜はできないし、昨日の無理は、ちゃんと今日に持ち越されてしまう。


生身の体ひとつで、世を生き抜くのはハードだね。

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ちょっとネガティブな気持ちが、むくむくと湧き上がってきたところで、もう出発の時間。

こちらがどんな気分だろうと、バスはおかまいなしにやってくるし、仕事の納期も、待ってはくれない。

ボクは一呼吸して、靴を履いて、カバンを脇にかかえると、玄関から飛びした。

そして、アパートの一階まで、階段を降りたところで気づいた。

「あっ、水やってないや」


パッと振り返って階段を駆け上がると、慌ててベランダに置いてある、一本の植木に水をあげてから、また部屋を出た。


バス停まで全速力で走って、出発寸前のバスに僕は飛び乗った。
さすがに息が上がって、ハーハーしてたから、まわりの人からちょっと変な目で見られちゃったけど。


ギリギリでも、これだけは欠かさないようにしてるんだ。
プルメリアって知ってる?
ハワイの花なんだけど。
僕は、べランダで一本それを育ててるんだ。


ちょうど四年前の冬に買った花でさ。
花屋さんの軒先にダンボールがおかれてて、見切り品みたいにして売られてたんだ。
プルメリアって、赤とか、黄色とか、白とか花の色に種類があるんだけど
これは見切り品だから、「何色が咲くか分かりません」って札に書かれてたんだ。


花を育てたことなんてなかったし、興味もなかったんだけど、「何色が咲くか咲くまで分からない花」なんて「なぞなぞ」見たいで、面白いなって思って。
いたずら心が刺激されて、そのまま買って帰って来たんだ。


それから、そのプルメリアに、毎朝水をあげるのが僕の日課になった。

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最初の夏は、けっこうドキドキしたよ。
買ってきたときは、本当に小さな一本の枝って感じだったんだけど、ネットで色々調べてさ、鉢と土を用意して、そこに植えてあげたら、ぐんぐん大きくなったんだ。


春が来て、夏になって、季節を更新するたびに、面白いくらいに何倍にも背が伸びて行った。

だから、きっとこの夏、花を咲かせてくれるんだろうなって予感があって、楽しみだった。
朝、水をあげるたびに、どこから花をつけるんだろうって眺めてた。



でも一年目は、咲かなかったんだ。



そしてまた冬がやって来て、次の春が来て、相変わらず、ぐんぐんプルメリアは大きく育ってた。

鉢も、大きくなるたびに、サイズを大きいものに変えてあげてたんだ。
社会人になってから、何だかうまくいかないことが多くて、悩んでいた当時の僕にとって、プルメリアがどんどん大きくなる姿は、何だかとても爽快感があったんだ。
水をあげてるだけなんだけど、プルメリアが成長していく姿に元気をもらってた。


そして二年目の夏がやって来た。
今年はきっと咲いてくれるんじゃないかなって、内心とても期待してた。
だって、もう枝っていうより小さな木って感じになってたし
立派な葉っぱも、たくさんつけてたから。

何色が咲いたとしても、もう喜ぶ心の準備は万端に整ってた。



でも、やっぱり二年目も咲かなかったんだ。


三年目がやって来て、僕はあいも変わらず自分に自信が持てないまま、会社に通っていたんだけど、会社の中で異動があって、突然アメリカ帰りのマネージャーの下に、配属されることになったんだ。

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彼は鬼のように仕事に厳しい人なんだけど、自由な人でもあって。


都心を避けて海辺の街に暮らしている彼は、朝、通勤の電車の中でノートパソコンを開いて、会社に来る頃には、もうあらかたの仕事を仕上げてしまっているんだ。週末はサーフトリップしてて、たいがい金曜日は休みをとってた。それでも誰にも文句を言わせないくらい、スマートに仕事をこなしていた。


その姿に、憧れたんだ。
僕は初めてこの人みたいに、仕事ができるようになりたいって思ったんだ。

彼は、僕に手加減をしなかったけど、一人前の仕事のメンバーとして扱ってくれた。それがとても、嬉しかったんだよね。

それから必死にさ、いろんな本を読んで、英語も勉強して、彼に追いつこうとがんばったよ。

なんだか人生に少しだけ明かりがさして来たっていうか。

ぐんぐん成長していく葉っぱのプルメリアに、自分を重ねてた。


だから、三年目は、花が咲くことはそこまで期待してなかった。


鉢は、もうホームセンターで買える鉢の中でも、大きいサイズの方になって来ていたけど、まー、いっこうに花をつける気配はなかった。
でも、それでよかったんだ。


一緒に過ごして来た時間が長くなって、何だか「家族」って言ったら言い過ぎかもしれないけど、花は咲かなくても、青々とした葉っぱを元気一杯ベランダで広げてくれてるプルメリアの姿で、僕は十分だった。


そして三年目も、花は咲かなかった。

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そしてまた、冬と春が過ぎて、今年の夏がやって来たってわけ。

今朝も、けっこうバタバタだったけど、そんなこんなで思い入れっていうか、一緒に生活して来た感覚があるから、プルメリアの水やりだけは、どうしたって忘れられないんだ。



会社につくと、もうマネージャーは会議室に入っていた。
僕はカバンから書類を出して、彼にそれを渡した。
今日は、テレビ会議で、お偉いさん方に向かってマネージャーが新しいプロジェクトのプレゼンをする日で、僕はそのための資料を、昨日夜遅くまで作ってたってわけ。

資料を渡す手が震えたよ。一番緊張する瞬間だね。

すると、マネージャーは、ぽんっと僕の肩を叩いて言ったんだ。

「今日はこの資料は、君が使うんだよ。免許皆伝!このプロジェクトは君に任せたからね。」


僕は、込み上げてしまって、一筋の涙が頬を伝うのを止められなかった。
すぐにハンカチでふいてお礼を言って、席に座った。


初めてのプレゼンは、それはもう緊張していて、頭が真っ白になってしまって、正直なところ何を喋ったか、全然覚えてないんだけどさ。あっという間に終わった。それから退勤まで、ずっと、ふわふわした気持ちでいたよ。



そんなこんなで、僕は長いような短いような一日を終えて、部屋に帰った。
いつものように窓を開けて、部屋の空気を入れ替えていて、プルメリアに目がいった。

何だかいつもと様子が違うんだ。
自分の中で、葉っぱの姿がスタンダードになってたから、花の芽が出ているってことに、気がつくのにしばらく時間がかかってしまったんだけど、てっぺんに花の芽がついていた。

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一気に心臓が飛び出すんじゃないかってくらい、ドキドキしたよ。


次の日の朝、僕は四年目にして、ついに「なぞなぞ」の答えを知った。

あの時、花屋さんの軒先で「何色が咲くか分かりません」って、札に書かれていたプルメリアは、赤でも、黄色でも、白でもなくて、その全部がちょっとずつ入っている、世にも不思議な花の色だったんだ。

オンリーワンだった。

花を咲かせてくれたプルメリアに、「ありがとう」って言葉が、自然に出て来たよ。


こんな日ってあるんだね。


その日がいつ来るのかはわからないけれど、このプルメリアみたいに、いつか自分らしい花を咲かせる日がくるって思えたら、明日からまた、がんばれそうだよ。

ありがとね、僕のプルメリア。


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