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絵本ver.「スカーフと傘のおはなし」

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子供の頃、雨の日は嫌じゃなかった。
水色のレインコートを着て
黄色いレインシューズを履いて
水たまりも何のその。

ぽちゃんって、わざと水の中に入ったり。
レインコートにあたる雨のリズムを感じたり。


けっこう楽しかったんだよ。
いつもと違う気がしてね。


大人になってから
傘の色も黒になって、レインシューズも履かなくなって
できるだけ革靴を濡らさないように
気がついたら、舗装(ほそう)された道の上を歩いてた。

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毎日、忙しく働いていたから。

普通の毎日、それが一番の毎日。
特別なことはなくてもね。

残業は多いけど、仕事の同僚にも恵まれているし
頼りにされてる。


恋人もいる。
もうすぐ結婚するかもしれないんだ。


きっと、恵まれてる。

それはわかってるんだけど。


でも、この先に待っているはずの
幸せな生活をイメージすればするほど
そこから逃げ出したくなる気がするんだ。
どういうわけかね。


だからいつも答えを、はぐらかしてる。
ほんとは迷いの中にいる。


そんな気持ちってさ
誰にも言えないから、心の中にとじ込めた。


自分に「しあわせなんだ」って
言い聞かせれば言い聞かせるほど
何だかさ、今日の天気みたいに
黒雲がわき上げってきて、心を取り囲むんだ。

おっと、やっぱり降ってきたか。
今日の天気予報は当たりだね、仕方ない。

傘もってきといて、よかったなー。

改札を抜けて、あの角を曲がったら、もう会社だ。
ぐるぐる頭の中を回る悩みは、脇に置いておいて
さー今日も、頑張って仕事してこよう。


その角を曲がった時

体格のいいおじさんが向かいから走って来て

出会い頭にどんっと、ぶつかってしまった。


僕は、そのままふっ飛ばされて、尻もちをついてしまった。
お互いに「すいません」って謝った後
おじさんは、さっといなくなってしまったんだけど
僕は尻もちをついたまま、しばらく動けなかった。


「痛ててて。」


スーツのズボンも靴も
びっしょびしょになってしまっていた。

「あーあ、どうしようかな。
コンビニでTシャツ買うにしても
ズボンどうしよう。っていうか、もう遅刻しちゃうよ」

ため息をひとつついて、
雨空を見上げた時
急に横から、声がしたんだ。

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「ねー、お兄さん、手品を見せてよ」

「え?」

「ねーねー、あの手品を見せて」


そこには、水色のレインコートを着た
小学生くらいの男の子が、笑顔で立っていた。


きっと、誰かと間違えているんだと思うんだけど。


「坊や、誰とまちがえてるのかわからないけど
学校に行きなよ。僕はこれから仕事で忙しいんだ。」


「お兄さん、一人じゃ立てないでしょ」
男の子はそういうと、ひょいっと僕を立たせてから、
とても大きなスカーフを、一枚僕の手に渡したんだ。

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軽々と僕の体を引っ張り上げたことに
僕はびっくりして、渡されたスカーフと男の子を
繰り返し交互に見たまま、言葉をしばらく失ってしまった。


雨つぶが頰(ほお)に当たるのを感じて
はっと我に返って、とりあえず、お礼をした。


「あ、ありがとう。
タオルなら持ってるから大丈夫だよ。」


そういって、恐る恐る男の子に
大きなスカーフを返そうとしたとき
男の子は、続けてこういったんだ。



「それで、傘を作れるでしょ」


「えっ」


「傘だよ。傘を作れるでしょ」


思いもよらない言葉だった。
でも、それは心当たりがある言葉だった。


僕は小さい頃、マジックの虜(とりこ)だったんだ。
最初に見たのは、テレビの中。

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ピエロみたいな不思議な格好をした人が
ステッキを回しながら
ひっくり返した大きなシルクハットの中に手を入れる。

そうすると、そこから
ウサギやハトが出てくるんだけど
それはもうびっくりだったよ。

魔法みたいに見えたし
電気が、ビリビリ走ったような感覚がしたよ。

それから見よう見まねで、
衣装を作ってまねて、遊んでたんだ。


しばらくしてから
マジックにタネとしかけがあることを知って
それを勉強するようになったんだ。
宿題をしているふりをしてね。


ある時、僕が住んでいた街に
マジックショーがやってきた。

その当時一番有名だった、マジシャンがやってくる。
そんな噂を聞きつけて、両親に頼み込んで
連れていってもらったよ。

すごいショーだったよ。
僕の憧れの世界がそこにあった。


ショーの最後で、マジシャンは
来ていた子供達を
ステージに上げてくれたんだ。

僕ももちろん走って、一番に上がったよ。
そこで、マジシャンは目の前で手品を見せてくれたんだ。

大きなスカーフを一枚とり出して
くるくるくるっとそれを僕の目の前で回転させた。
すると、そのスカーフは傘に変わったんだ。
天井から、キラキラと紙吹雪がたくさん舞い落ちてきて

その中で、その傘を開いて、僕に渡してくれたんだよ。

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会場の歓声と、スポットライトで
なんだか自分もスターになったような気分がして
それからドキドキが、何日も収まらなかった。

その傘を渡された時、マジシャンは僕にこういったんだ。
「君も、マジシャンになって世界中のみんなを喜ばせるんだよ。
夢が叶うように。今日、おまじないを君の心にかけておいたから。」


ここまで思い出して、僕はハッとした。
大人になってから、完全に忘れていた記憶だったから。

思春期になってから、マジックを勉強し続けることに
自信が持てなくなってしまったんだ。
みんなに合わせて、学校を選んだとき
心から消してしまった記憶だった。

険しい道だから、実現させることができない
夢物語だと感じるようになってしまったんだよね。

でも振り返って見たとき、これまでの人生の中で、
あんなに強く何かをしたいって思ったことは
後にも先にもなくて。


なんだか思い出したら
ちょっと嬉しいような、胸が締め付けられるような気持ちがしたんだ。

あのときマジシャンにかけられたおまじないは、まだ自分の中で生きてるんだなってことがわかった。


もし、やりたいことにチャレンジして失敗したとしても、
そこから立ち上がれるようになったら、よかったんだよね。

雨に降られたとしても、負けずに「くるくるくる」って
スカーフから傘が出せるようになったら、よかったんだよね。


気がつくと、雨はもう上がっていて
周りを見渡したけど、そこにはあの男の子はもういなかった。


でもあの男の子が、幻じゃなかったってことはわかったよ。
なぜなら僕の手のひらに、あの大きなスカーフが入っていたから。


僕は、空に向かってスカーフを掲げて
それから3回、くるくるくるっと回して見た。
もちろん、傘は出てこなかったけど。

でも今度はちゃんと、スカーフから傘を出せるようになろうって、思ったよ。



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それから数年後、彼は世界でショーをするマジシャンになったんだって。

彼女とも、うまくいっているみたい。
結婚間際でさ、会社を辞めて夢だったマジシャンになるって、告げたみたいなんだけど、普通そんなことしたら、怒られるどころじゃすまないよね。


それでどうやって納得してもらったのか
彼に聞いて見たんだ。
そしたらなんていったと思う?


「僕はマジシャンだから、タネも仕掛けもあるんだよ。秘密だけどね」だってさ。


夢を実現させるためのタネとしかけを、こんど彼に聞いておくね。


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