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本部朝基の言葉:十回中八回は負けておけ

上原清吉によると、本部朝勇はよく「右手で勝ったら左手で負けておけ」と言っていた。つまり、いつも勝ちを求めに行くのではなく、たとえば普段の稽古とか練習試合では適当に負けて相手に花を持たせることも大切だという意味である。

実はこれと似た言葉を弟の本部朝基も語っていた。東京大道館の弟子であった丸川謙二氏によると、本部朝基はよく「稽古では10回中8回は負けておけ」と言っていたという。これは自分の本当の技や実力を安易に見せてはいけない、という意味も含まれるが、もう一つは、稽古仲間を痛めつけて怪我をさせたり、自尊心をひどく傷付けてはいけない、という意味でもある。

稽古仲間は、自分の技の向上に付き合ってくれる大切な存在であるから、安易に怪我を負わせたり、むやみに自尊心を傷付けてはいけない。もし相手が稽古を止めれば、それは自分の技の向上にとってもマイナスになる。だから、普段の稽古では、わざと負けてあげて相手に花を持たせるような配慮も必要だというものである。

これは本部御殿の家訓だったのか、昔の沖縄の武士(武術家)に普遍的にあった考えなのかは分からないが、とにかく本部流ではこのような教えが受け継がれている。

言うまでもないが、ここで負けておけというのは型の試合でのことではない。普段の組手稽古とか練習試合(掛け試し)でのことである。言い換えるならば、彼らは組手や掛け試しをしていたからこそ、このことが大切であることを知っていたのである。

昔は掛け試しで負けた相手が仲間を引き連れて、夜道で襲撃することもあった。つまり常に勝ち続けても、それが結果として自らの命に関わることもあった。現代ではそんな心配はしないし、もしそんなことがあれば相手も刑務所行きだが、昔の武術家はこういうことも現実に起こりうることを想定しなければならなかった。

また、本部朝基や上原清吉は普段の稽古でも稽古仲間に怪我をさせるような弟子には容赦なかった。そういう人間に「手」を教えても世のためにならないし、将来問題を起こすかもしれない。以前上原先生の道場にそういう弟子が入門してきたときには、稽古でこっぴどく痛めつけて破門にしていた。

武道は「武」を通して道(真理)へと至ることを目指すのである。稽古仲間を大切にするということは、他者への尊敬の念であり、これは人倫の基本である。武道をする者はそれを身につけていなければならない。


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