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囚われなくなるのは回復の兆し

数年前に職場で、周りの誰にも気づいてもらえないパターンの嫌がらせ的なものにあい、トラウマのようになっていた。

こんな出来事、乗り越えられるんだろうか。ハラスメントを受けたということを信用して話せる人がいない。きっと話したところで証拠もないし、なにもしてくれないことが目に見えているし、下手をすれば変な風に言いふらされる。出口のない部屋で窒息しそうな毎日を送っていた。

今日、何がどうなってそうなったのかわからないが、ふっとどうでもよくなった。今まであれだけこだわって、あの人にああいうことをされて、こんなこともされて、とかたくさんいろんなことが許せなくて業務中も思い出したりしてたんだけど、そのすべてが大したことがないように感じられ、別にいいや、それでも私の今日は充実してるし。と思えた。突然に。

ほんとに一瞬感じた境地だったんだけど、あの感覚になれる日が増えたら、たぶんそれが乗り越えたってことになるんだろうなと予感している。時間が解決するってこういうことなんだろうか。

嫌なことをしてきた相手をこらしめることより、そんなことに囚われずに、自分の人生に集中するのがいいんだなと思った。

されたことを数えるんじゃなくて、したいことの方を数える。

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