見出し画像

オタクにやさしいギャルを嚙み砕く

「あーし、結構アニメとか漫画読んだりするんだよねー?」
「オタクくんビビりすぎw」
「あーしは別にオタクに偏見ないからー。あ!あーしみたいなギャルにもいい奴いるっしょ?」

みんなの心に必ず一人はいる、オタクにやさしいギャル。
彼女たちはどこからきて、いつ私たちの頭の中に住まうようになったのか。
私の感じたこと、考えを整理しつつ読み解いていこう。

まず、共通認識としての「オタクにやさしいギャル」とはなんなのか。

はじめてのギャルのゆかなは共通概念としてのギャルを見事に体現したキャラクターの一人であろう。
彼女は「オタクに厳しいギャル」→「オタクと心通わすギャル」→「オタクにやさしいギャル」と三段進化して成体へと変貌を遂げる。

と、ここで少し疑問が湧いてくる。
それってギャルと仲良くなったからやさしくなっただけなのでは?

その疑問が出るのも無理はない。
しかし、共通概念としての他の物、例えば「ツンデレ」などもツンツンしてた娘が仲良くなってデレただけだと言えるだろう。

ツンデレの時も提唱したが、ツンデレ状態・オタクにやさしい状態と、瞬間を切り取った表現が所謂「ツンデレ」「オタクにやさしいギャル」なのである。
これらの始祖たる作品では勿論、ツンデレやオタクにやさしいギャルという言葉は出てこない。後の読者が「これってツンデレだ」「オタクにやさしいギャル」だと定義したのだ。

げんしけんは、簡単に内容を説明するならオタクの生態を描いた群像劇だ。
その中にオタク文化には似つかわしくないギャルが登場する。
彼女は片思いのイケメン(オタク)を追う形でオタクサークル(現代視覚文化研究会)に通うことになる。
最初はオタク趣味をやめさせようと奮闘するが、オタク文化に接していくうちその趣味に理解を深め、その中で犬猿の仲だった他のガチオタクとラブストーリーを展開するほどオタクへの理解を示すようになる。

そう、一番最初にギャルとオタクが分かり合えるかもしれないと夢を見させてくれた作品はげんしけんで間違いない。
それほどまでに彼、彼女たちの成長の過程はとても丁寧に描かれ、私たちにリアリティーさえ感じさせてくれたのだ。

すると出てくるのがキャラクターの記号化、簡略化である。
「いろいろ紆余曲折あって、初めは嫌いだったオタク趣味に理解をしめし、オタクくんにやさしいギャル」

概念にするには文字数が多すぎる。
ツンデレは「ツインテール・もうバカしらない!」くらい簡単な方がいい。

なので「金髪、一人称はあーし、ルーズソックス、漫画が好き、オタクに偏見が無い、でもギャル」

これで漫画単行本9冊分のやりとり無しで、登場1コマ目から「オタクにやさしいギャル」の誕生である。


考えが纏らないまま雑多に描いた文章の為、落ちの弱い記事になってしまい申し訳ない。
最後にタイトルにギャルが入っていない作品を一つ紹介して終わりにしたい。

ボールパークでつかまえて!
須賀達郎

オタクにやさしいギャルも多様化し、一般的な平成チックなJK白ギャル、黒ギャル物から令和最新版インナーカラーダウナー系ギャルものまで幅広く世に出回るようになった。

そんな中でこの作品は野球場のビールの売り子をメインに描いた群像劇である。
少し変化球なのだが(野球だけに)野球好きの根暗系お兄さんを元気づける為に奮闘する売り子のルリコちゃんがとにかく可愛い。
1話だけにこの漫画の魅力が全てが凝縮されているといっても過言ではないので、まだ読んでない方は今すぐ読んでほしい。

球場をメーンに話は展開していくが、野球の知識が無くても問題なく読み進めることができる。
話は逸れるが、私は野球、野球中継が親の仇の如く嫌いでこれからも好きになることは無いだろうと生きてきた。
しかしルリコさんが野球好きになっていく描写を見ていくうち、自分の中の野球に対する偏見が緩和されていることに気づいて少し驚いている。

ルリコさんは上で散々書いた、共通概念のギャルとはまた違ったギャルだが制服着崩し谷間どーんのJKばかりで食傷気味だった私の心はルリコさんに洗われたのだ。ボールパークでつかまえて!だけでも1000文字くらい書けそうなので、この話はここいら辺で終わりとさせていただく。

現在、ギャル漫画を連続で10作品ほど読んでいるので、なにか思うことがあったらまたノートに記事として投稿するかもしれません。

Twitter(現X)がとても使える状況ではなくなり駄文投稿サイトを検討中にたまにnoteに投稿された記事を見かけたことから使用してみました。
初投稿につき、仕様等分からず見辛い点があることお詫びいたします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?