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人生を考える

久しぶりの更新となってしまいました。こんにちは漫画家の望月桜です。

誕生日前後から、人生について考えるきっかけになるようなことが多く起こり、仕事をすこしゆるめて、自分に無理をさせないよう過ごしていました。

わたしは、言葉を選ばずに言えば「漫画を描いて描いて描いて力尽きて描けなくなったら人生を閉じたい」と思って生きてきました。

漫画でなくても、仕事をして、できなくなったら元気なうちに、誰にも迷惑をかけずに、人生の終わり方を選べる国に行きたいと思っていました。

それは自分の中では決してネガティブなことではなく、リアルな人生設計だったのです。親しい友人にも公言していたし、まあもっちーならそうやろな、とも言われていました。

それが、自分を大切にしてくれる人が現れ、「長生きしてほしい」と言われたのです。

人生で「長生きしてほしい」と言われたのははじめてで、世界がひっくり返りました。

その人のことを自分も大切にしたいと思ったので、意見を尊重したい。それには自分の生き方を根本的に変える必要があると思いました。

そんな中、ある日、20年近く封印していたメンタルパンドラの箱が開いて、虐待の記憶をフラッシュバックで全部思い出してしまい、PTSD発作がおきて、一時高校生の自分に戻ってしまった夜がありました。

箱が開くのはあまりに予想外で、本当に具体的になにをされたかは忘れていたので、すべて思い出したことは激しいダメージでした。

いまは医師の指導と薬で落ち着いています。

しかしかなり消耗しました。


そしてその数日後に、がん検診に異常がみつかりできるだけ早く精密検査を受けるようにと検診した病院から連絡がきました。

わたしは生母を同じ部位のがんで50歳で亡くしているので、1年に1度は検診を受けていたのですが、はじめてひっかかりました。

なんだかいいこともよくないこともあまりに連続して起こり、これは一度立ち止まって自分のことを考えろというタイミングなんだろうな、と思いました。人生折り返しの年齢も迎えましたし。

幸い前倒ししていた原稿はあるので、1本休みにしてスケジュールに余裕をとり、この数日はゆったり過ごしました。明日検査が終わったらまたバリバリ(体をいたわりながら)仕事しようと思います。

検査したら結果が出るまでは落ち着くでしょう。できることもありませんしね!

今までの自分なら、悪い結果だとしてもわりと落ち着いていたと思います。残りの命の使い方を冷静に考えて、やりたいことを並べて、燃え尽きるように命を使いたかった。
それはひどく自分勝手なことも理解していて、でも人生の前半ナイトメアモードすぎたので、それくらいのわがままは許して欲しい、と思っていました。

しかし最近は、できるだけ長生きしてほしいと願ってくれる人ができました。
長生きする意味は今のわたしにはまだわかりませんが、それは長生きしてみたときにわかることなのだろうと思います。

わたしは自分勝手に自分の命を扱えなくなったことで、病気が怖くなりました。

死ぬのが怖いという感覚は、わたしには非常にうすいものだったのですが、今は大切な人を悲しませることが怖いと素直に思っています。

それはきっと、しあわせ、なのだと思います。

それがしあわせであるならば、わたしはその先の景色が見てみたい。

そう思うようになったことは、人生折り返しにふさわしい自分の変化でした。

そうかーまだ折り返しなのかー、意外と人生長いんだなあ。なにごともなければ。

なにごとかあっても、できるだけ長く生きたいと思います。

大切な人が、そう願ってくれる限りは。







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