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サイコロシアン・ルーレット #4

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「ロシアンルーレットだぁ?」

市街地にほどよく面した、散らかった貸しオフィスの一室。アルベルトはそれを聞かされるやいなや、素っ頓狂な声を上げた。

「ええ、件の抗争の件でね。解決にと」

ミハエルは白衣を掛けた社長イスにもたれかかり、スマホを弄りながら言った。公的には小売業の店舗であるはずの室内は、数多のモニターと配線が部屋中に広がり、コミックの詰め込まれた本棚が立ち並ぶ、彼の王国である。アルベルトは空のペットボトルを踏み越え、相棒に近づいた。

「どういうこったよ?」

「落とし所、って奴ですよ。あの抗争は互いにやりすぎた。死傷者が出まくった上に、誰もがいきり立ってる。でもそのノリで共倒れしても困るでしょう? だから互いに適度な血を流して、そこで区切りをつけるんです。残虐性の誇示も兼ねてね」

「それで……それかよ」

アルベルトは眉間に皺を寄せた。

「これだから田舎のギャングってのは……命を何だと思ってんだ。もったいねえ。頭おかしいんじゃねえか?」

「提案したのは僕ですけどね」

「お前が?」

アルベルトは目を丸くした。

「最近、ウチは増えすぎてますからね。管理し切れなくなったら困るでしょ。間引くんですよ」

ミハエルは画面を大袈裟な動作でフリックし、ゾンビの胴体をまとめて寸断した。呻き声とともにリアルな腹わたが溢れ出す。アルベルトはスピーカー越しの嫌な音に顔をしかめた。

「そりゃそうだが……ハァ、にしても唐突だろ。俺に一言相談しろよな」

「すみませんね。研究も忙しかったもので」

「次から気をつけろよな。……ったく」

アルベルトが舌打ちし、窓のカーテンを閉じる。日の光が遮られ、スマホの明度が変わった。ミハエルは画面から目を離さないまま咎めた。

「開けてるんですよ」

「オイオイ、お前は俺たち『ブルーオーシャン』のリーダーだぞ。狙われてるって自覚ねえのか?」

「警戒し過ぎですよ。ここが一番高いんだ」

ミハエルは吐き捨てる。アルベルトは机に音を立てて手をつき、顔を近づけた。

「それでも念には念を入れろ。自覚が足んねえぞ。お前に死なれちゃ、俺たちどころか町の連中も全員共倒れなんだぞ。分かってんのか? ガキじゃねえんだぞ」

彼は語気を強めて叱責した。かつての上司と部下との関係は、今も名残を残している。ミハエルは苦々しげに答えた。

「……ええ、それは十分に」

銃弾がゾンビの頭部を砕く。アルベルトは大袈裟な『やれやれ』のゼスチュアとともに顔を離す。

「本当に分かってんのかね。で、詳細は?」

「互いに5人出して、ロシアンルーレットをさせるんですよ。交互にね。運が良ければ死傷者ゼロで終わります」

「悪ければ?」

「全滅でしょうね、そりゃ」

ブルーオーシャンの長は事もなげに言った。

「……誰を出すんだ?」

「適当に決めて、当日現地に来てもらうつもりです。内容は伏せてね」

「事前に伝えないのか?」

「逃げられたら困るでしょ?」

軽く画面をタップ。逃げ惑う生存者が背中から撃たれた。ミハエルは嬉々として死体からアイテムを剥ぎ取る。アルベルトはゴクリと唾を飲んだ。こういう人間とは知っていたが、それでも異常性を間近にするたび、鳥肌が立つのを感じるのだ。

「ま、そういうことで。一応伝えとこうかと」

「一応じゃねえっての。ハァ……まあいい。とにかく分かった。だが適当は止めろ。死んだらマズい奴のリストを送るから、その外から選べ。いいな?」

「ええ。相棒の言うことは聞きますよ」

「……いつもそのくらい素直ならいいんだがな」

アルベルトは肩をすくめ、空のペットボトルを拾ってゴミ袋に詰め、退室していった。

その十数秒後。ミハエルはスマホを放り出し、監視カメラのモニターの一つを見た。そこには当然、ぶつくさ言いながら降りていく相棒の姿がある。ミハエルは目を細める。

「……最期くらいはね」

小さくなった相棒の頭を、彼は静かにタップした。

【続く】

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。