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サイコロシアン・ルーレット #8

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それが彼らの出会いだった。ファミリーに迎えられたアイシャは、徐々に無くしたものを取り戻していった。彼女は積極的に危険なヤマに関わり、すぐに頭角を表した。皮肉にも感情の欠落こそが、感情を取り戻すための最大の武器となったのだ。

そして現在、彼女は死のゲームの2番手として堂々と席に着いている。その一方で、彼女を見守り続けたラルフの胸裡には、様々な感情がうずまいていた。誇らしさと喜び。そして疑念と後悔。本当にこれで良かったのか。

アイシャはダイスを投じる。弛み掛けた空気は一瞬で引き締まった。回転が止まり、『3』の目が出る。

「ま、そこそこでしょうね。可もなく不可もなく。でも半々で……」

ミハエルが煽る。アイシャは弾丸を込める。馬鹿な演説が続く中、こめかみに当て、引き金を引く。






カチッ……






クリック音。それで終わりだった。弾丸を抜き取り、席を立つ。安堵のため息と舌打ちの音が聞こえる。

「やれやれ、運が……」

ミハエルが背中に何か言おうとした。アイシャは振り返り、呆れたように言った。

「あんた、さっきの子と同じだね」

「何ですって?」

「少しは落ち着きな。いくらキャンキャン吠えたって、アンタは強く見えないよ」

女傑は笑った。それは後輩に接するような気安さだった。それがかえってミハエルの怒りを買った。

「……何だと」

彼女はもはや構わない。悠々と陣営に戻り、親父に一礼し、列に並ぶ。ミハエルは立ち上がり怒声を上げた。

「待て! このババア……」

「早く進めようぜ。時間がもったいないんだろ?」

老親分は、その怒声を静かに遮った。

「だが……!」

「アイシャ、謝っとけ。言い過ぎだ」

「はい。どうもすみませんでした」

彼女は深々と一礼した。いちいちその意味を問い質しはしない。親父の言うことは絶対だからだ。ミハエルは憎々しげに引き下がる。

「クッ……! ……覚えておくことです。あなたが私の怒りを買ったことを……!」

「申し訳ございません」

沈痛な面持ちを作り、心のうちで舌を出す。手慣れた仕草だ。ヴィーコは腹の底で冷笑した。やがてミハエルは言った。

「……次へ行きましょうか。確かに時間の無駄ですから。後で何とでもできることにね」

震える指先で眼鏡を直す。

「ああ、そうだな」

……スコアが更新される。2つ並んだ『0』の隣に『1』が書き足される。互いに1点づつの互角。両陣営の5番手、キムとリーズは唾を飲む。サッカーのPK戦のように、以降のゲームを行っても結果が覆されない場合、その時点でゲームは終了となる。無用な犠牲者を出さないための紳士的な取り決めである。

すなわち、ここに続くどちらかの2名が連続して当たりを引いた場合。なおかつその相手側が連続して外れを引いた場合。2点のスコア差がつき、次のゲームで1点得たとしても結果は覆らない。そうなれば5番手は馬鹿げたダイスに命を賭けずに済むのだ。

ゆえにゴルデル・ファミリーは良く話し合って順番を決めた。1番手は買って出たエリック。2番手は兄貴分より死んだ時の損害が少ない、と申し出たアイシャ。3番手にヴィーコ、4番手にラルフ。そして満場一致で、まだ若く、未来があると判断されたキムが5番手だ。一方、ブルーオーシャンは適当に決めた。3番手と5番手以外は。

「さて、こちらはヴィーコが行く。そちらは?」

「アルベルトくんが。構いませんね?」

「ああ、いつでもな」

アルベルトは不敵に笑った。ヴィーコは睨めつける。『ブルーオーシャン』の幹部。ミハエルの右腕。クアドンの汚染の実行者を。ヴィーコはサングラスを外した。研ぎ澄ましたナイフのように鋭い眼光が、振り返った怨敵に突き刺さった。アルベルトは一瞬、呼吸を忘れた。

(クアドンにたかる蛆蠅が……!)

狂犬は殺意を叩きつけた。


◆ ◆ ◆


「フーッ……」

スコアの更新を終えたシンシアは『会合の間』への大扉にもたれかかり、ため息を吐いた。部屋の中は息が詰まりそうな緊張感に満ちていて、ただひたすらに恐ろしかった。またこの中に入るかと思うと生きた心地がしない。

「お疲れ、シンシアちゃん」

「楽な仕事だがな」

同僚の黒服、日系のタグチが笑いかけ、ドレッドが余計なことを言った。タグチは即座に抗議を入れる。

「オイ、楽な仕事ってこたないだろ?」

「俺たちに比べりゃよっぽど楽さ。死体を運ばずに済むんだからな。違うか?」

「そりゃ、お前。でも……」

「いいんですタグチさん。ドレッドさんの仰るとおりですから」

シンシアは気丈に笑いかける。彼女は血と、争い事が嫌いだ。今回はその2つが合わさり、最悪の気分だった。初回の殺し合いが終わり、2人の死体に関わることになった時も、彼女はずっと目を逸らしていた。それでも流れてくる血の臭いを嗅ぐだけで気が遠くなった。

「ほら、愛しの彼女もそう言ってるぞ」

ドレッドはニヤニヤ笑った。タグチは慌てて弁解する。

「いと……! お、俺、俺はただ、新人の心配をだな……!」

「だとさ。まあ、こいつの言うことにも一理ある。仕事自体は楽でも、何かヘマをすりゃ何されるか分からんからな」

「……?」

シンシアは同僚の妙な様子を訝しんだが、興味がなかったので追求は避けた。代わりに、彼女は杞憂するもう1人の同僚に笑いかけた。

「そんなに心配なさらずとも。『ブルーオーシャン』の人はともかく、『ゴルデル・ファミリー』の方々は、クアドンの町の人々のために戦われてるんでしょう? 大丈夫ですよ」

「……ハァ?」

ドレッドは足を止めた。タグチは爆発の予兆に身震いした。

【続く】

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。