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じぶんで創り上げた恐れを手放すこと

わたしは今
じぶんを知る旅をしています。

そして知っていきながら

そのじぶんの本質に寄り添う練習をしています。

その旅の途中には色んなことがあるし
これはどっちが本当のわたしに寄り添っているんだろうか?とか

あれ?これはわたしの意見なのかな?
それとも外から知らずに与えられた固定観念なのかな?

そんな風にわからなくなることもあるし迷うし

自信を失くすことだってたくさんある。

でもそうしてくねくね道を間違ったりしながらも

ゆっくりとじぶんのペースで歩んでるなあと感じてる。

そんな中でね

今日メイ先生のマインドフルネスのクラスのアーカイブを

聴いていたら

わたしの中の大きな大きなかさぶたみたいな
なんだろ?かたまりが溶けていく瞬間が訪れたの。

それはさ

わたしは最初にも書いたように
じぶんを知ってそして認めて寄り添うことを
練習しているけど

これまでは社会ではとか、普通はとか、みんなはとか

そういう定規で自分を測ってたんだよね。

みんなと同じようにできない自分はダメだとか
そうできないわたしは普通じゃないんだとか。

で、わたしはこれまでに何度かものすごく落ち込んだ経験があって
生きることが苦しくなったことがあった。

その体験ってわたしにとって
怖い出来事だったし

未だに怖いんだよね。
またあんな状態になったら嫌だ。怖い。

あの時よりもひどくなったら
もうどうしようもないかもしれないという恐怖も抱えてた。

だからそうならないように
ヨガや瞑想で自分を整えてあげようとか
自分にとって良さそうなことをやってきたという
そういう恐れからの動機の一面もあったんだよね。

じぶんの影の部分から逃げるようにしていたところもあった。

メイ先生も似たようなことを感じていたことがあって
やっぱりもうダメだって思った時
インドの友人を訪ねてお話を聞いてもらったんだって。

じぶんはボーダーラインにいると思っているって。
(いわゆる精神病とかそういうものの境目にいるんじゃないかってことだと思います)

その時彼がひとしきり全てお話を聞いてから言ってくれたのは

「君はボーダーラインなんかじゃないよ。だってこれまで何度も
崖っぷちに立たされたんでしょ?でも一度もそこから落ちたことはない。
いつもこうして戻ってきている。それはボーダーラインなんかじゃない。
もし本当に君が言うようにボーダーラインだとしたらとっくに落ちてるんじゃない?」


わたしはこのお話を聞いていて
お料理しながら聞いてたんだけど嗚咽漏らしながら
ぼろぼろ大泣きだった。

間違いなくその涙は嬉しくて、そして浄化されるような涙だった。

わたしの中の何かが溶けていく涙。

わたしに、わたしが一生懸命大丈夫だよって
伝えてきてはいたけど

でもやっぱり誰かの言葉でも言って欲しかったんだ。

「あなたはおかしくなんかない。そのままで大丈夫。」

こうしてわたしが創り上げた創造の恐れを
ひとつ手放せたような気がする。


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