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フィクションがドキュメンタリーになるとき丨街を読む旅 in 三軒茶屋 縞島

*このnoteは、モテアマス三軒茶屋最後のクリスマスを心待ちにする有志達により執筆される『アドベントカレンダー記事』になります。
クリスマス当日の12月25日まで毎日1記事ずつ住民たちによる独自のエピソードが公開される新企画です。


はじめに:街を読む旅とは

ライターの縞島です。千住のシェア型本屋で小さな書店を運営しながら、地域やコミュニティに関する執筆活動をしています。

わたしは、書を通じて地域を楽しむ「街を読む旅」という新型レジャーを提唱しています。今日は、世田谷区・三軒茶屋に足を運び、この街を舞台に書かれた小説『トワイライライト(畑野智美)』を読みました。

感染症によって一度閉じた世界。大学2年生の森谷未明(もりやみめい)が暮らす2022年の三軒茶屋。作品名にもなっている、実在する書店「twililight」。三茶の街で出会い、すれ違う人々のリアルな生。“自粛”によって失われたものと、それらを取り戻していく小さな成功の記録。

この物語はたしかにフィクションです。しかし、現実のわたしたちは感染症によって抑圧された世界をたしかに共有しています。実際に三軒茶屋の街を歩き、作中に配置された“実在するものたち”に触れることで、フィクションとドキュメンタリーの境界は極めて曖昧になることがわかりました。

「きっと誰もが、この物語の中にいる。」書籍の帯分に書かれたこのメッセージは、まさにそれを表しています。さあ、あなたも三軒茶屋の街に繰り出しませんか。

街を読む旅とは
地域と読書を楽しむ新型レジャーです。街を歩き、街の中で読み、街を通して思索する。実際に使用したメモにタイムスタンプを押して、極力そのままの形で記載しています。これは旅行記であり、また読書感想文でもあります。
・街の書店で本を買い、街の中でその本を読む
・街で見聞きしたこと、読んだ本をきっかけに思考したことを文章にまとめる

旅の記録:2023年12月9日(土)

15:02
北千住の駅に着いた。すでに日は傾きはじめている。夕暮れまであと数時間か。もう少し早く動き出す予定だった。本日は明らかに寝不足、前日は明らかに飲み過ぎだ。千住の忘年会から、かつて住んでいたシェアハウスになだれ込み、帰路についたのは朝の5時。ちゃんと自業自得である。そんなコンディションでも、これから「街を読む旅」をすると思うと晴れ晴れとした気持ちになる。

三軒茶屋が舞台の小説『トワイライライト』。三茶の書店であるtwililightさんから届いたばかり。今回はこれを三茶で読んで思索する。とわいらいらいと。らいらい、の部分で舌が気持ちいい。

「街を読む旅」では実際に街の書店に行ってその場で選書、購入することが多い。ただし、今回はあらかじめ読みたい作品が決まっていた。だから事前にネットショップで購入していたのだ。

北千住から三軒茶屋まで約50分。メトロを乗り継いでいけばもうちょっと短縮できそう。だが、先に挙げた体調もあってのんびり行くことにする。東武線→半蔵門線→田園都市線とすべて直通の電車があるらしい。少し時間はかかるが、これなら乗りっぱなしで良さそうだ。本を読む時間も取れるし、ありがたい。

東武線のホームには、なぜか鳩がいる。たくさんいる。

15:12
目的の電車が来た。北千住でしっかりした人数が降りて、しっかりした人数が乗り込む。残念。座席は空いていなかった。胃のあたりの不快感が蘇る。

網棚にすべての荷物を置いて『トワイライライト』だけを手元に。この網棚、ちゃんと網でできている。普段乗らない電車のおもしろさ。
作者は畑野智美とある。Twitter、今はXか、検索。アイドルを推している方のようだった。

15:21
気づけば座席がガラガラに。ようやく席に座って読書に集中する。

15:43
冒頭は感染症の流行と、福島から出てきた大学生・森谷未明の話。2022年に大学2年生か。青春時代の一部を感染症により失った世代だ。本来あったはずだった何か、当たり前だった何かが足りない。時間は刻一刻と過ぎてゆく。せっかく東京に来たのに、4年間しかない大学生活なのに。未明の焦りがまーまーしんどい。

「大学、通ってるの?」河瀨さんが聞いてくる。
「はい」
「良かったね」

『トワイライライト』畑野智美(twililight、2023)P.25

「白トリュフの塩パン」というアイテムが登場してめちゃくちゃ気になっている。とても美味しそう。調べたらtwililightの向かいにある、実際に存在するパン屋の人気メニューらしい。二日酔いから回復しつつある胃が塩気を欲している。

16:00
三軒茶屋に着いた。さくさくと読み進め、あっという間に残りはあと1/3ほど。物語は進み、パンデミック下で孤独だった未明は三軒茶屋の街で少しずつ人々と出会っている。

さて、まずはtwililightへ。目指すは太子堂4丁目。茶沢通りを下北沢方面に北上する。

ビルの入口に文庫本を並べた本棚があり、店の看板らしき木の板が立てかけられている。
そこには『twililight』と書かれていた。
「……トワイライライト」思わず、口に出す。
ひとつ「ライ」が多い。
入口の奥、階段を上がっていった先には、本屋さんがあるのだろうか。

『トワイライライト』畑野智美(twililight、2023)P.10

16:29
twililight。店内は作中の描写そのままだった。

ドアはアンティークなのか、木枠で上半分がガラス張りになっている。
一息ついてから、ドアを開ける。
(中略)ビルのワンフロアを使っていても、それほど広くない。しかし、大きな窓があり、陽の光がたっぷりと入るからか、狭い感じはしなかった。
壁一面が本棚で、平積みできる台もあるが、ただの本屋というわけではないみたいだ。
テーブルとソファが並び、カフェにもなっている。

『トワイライライト』畑野智美(twililight、2023)P.41

滞在中、本を物色していた人は6人くらい。決して大きな店内ではないものの、じっくり見ている方が多いようだった。

一方、カフェは満席。屋上もあり、そこにも席があるようだがこちらも先客ありとのことだった。店内で小説の残りを読んでしまおうと思ったが、それは別の場所に委ねることにする。気になっていた書籍をいくつか購入して退店。

小説『トワイライライト』は実際の三軒茶屋を舞台にしており、それなりに固有名詞が登場する。TSUTAYA、デニーズ、フレッシュネスバーガー、キャロットタワー、世田谷パブリックシアター。どれも実在する。しかし、このtwililightという書店の存在がひときわリアルだ。フィクションでありながら、この作品が現実の三軒茶屋と強くリンクするのは、ひとえにこのtwililightのリアリティによる。

あるいは、現実のtwililightという書店がやや浮世離れしているからか。大通りにありながらひっそりとしたファサード。雑居ビルの入口に謙虚に立てかけられた看板と、その横に無造作に置かれた文庫本の本棚。ここを抜ければ、何かがはじまりそうな予感をおぼえてしまう感じ。ジブリ作品の導入に似た何かがある。

16:42
twililightの向かいにある「Truffle BAKERY」へ。作中にも登場した、白トリュフの塩パンはここの名物メニューだ。

カウンター1列のシンプルな店内、目的の塩パンはその1/3を占めていた。いまだ人気は健在のようで、わたしの後ろからもひっきりなしに来客が続く。

塩パンを1つだけ購入して、表の道路でかじりつく。うまい。噛む前からトリュフ。粗挽きの塩がしっかり効いていて、パン自体は比較的軽い。2つでも3つでも食べられそう。これだけでワインだって飲めちゃうだろう。

作中では未明たちが「美味しいが、トリュフがわからない」と言っていた。こんなにトリュフなのに。20歳手前で、そもそもトリュフを食べたことがないとかそういうことなのだろうか。こんなにもトリュフだぞ。

16:56
「トリュフがわからない」発言、作中の空気を伝える上で実はこれめちゃくちゃ重要な要素じゃないかと思い直した。

ローテンションで淡々と進む物語の中で、その文章量と比較して食事にまつわるシーンはやや多い印象がある。一人暮らしの未明が1人分の料理を作って、自室でYouTubeを見ながら食べる描写は寂しく、現実的だ。

そんな未明が偶然知り合った、のちの友人となる中島優菜との会話。以前食べた「白トリュフの塩パン」のトリュフっぽさがわからなかったという意見が一致する。この日以降、彼女たちはお互いに気を許していくわけだが、これまでトリュフのわからなさについて話せるのは家族くらいだった。パンデミック下では同居する家族などを除いて、同じ食べ物を食べることも、その感想を言い合うことも難しかったことを思い出した。

「YouTubeで見たパンを買いにいかされた」
「わたしも、行ったよ」
「トリュフ、わからなかった」
「トリュフ、わかんないよね」
ふたりで、笑い合う。

『トワイライライト』畑野智美(twililight、2023)P.35

「同じ食べ物の香りを共有する」というエピソードが、マスクとディスタンスによる無臭の世界に終わりを告げたのだと理解した。わたしたちはまた同じ香りを共有し合えるようになったのだ。

17:24
三軒茶屋は暮らしの街だった。


17:51
キャロットタワーの展望ロビーへ。26階。作中で解説されていたとおり、都心部の東京らしい景色はレストランエリアからしか見えないらしい。無料で入れる側からは、マンションやアパートなど、ひたすら東京の生活の部分が広がっている。それでもいい景色。

同じフロアにあるカフェで本の続きを読む。ここでやっと読み終えた。恋愛小説としては、どうなのだろう。普段あまり読むことがないから、どう捉えたら良いのか難しい。でも、こういう話は現実的にあり得るだろうなと思った。実際に三軒茶屋の街で発生していそうな、感染症下の男女の話。

カフェで引き続きこの原稿を書き進める。

18:34
展望ロビーには、夕方まではカップルと子連れが多かった。今はほとんど誰もいない。夕食の時間が終わると、また人が増えだすのかもしれない。カフェには女性2人組。この人たちはわたしより前からいる。新聞を読む初老の男性。ワインボトルを2本空けて、なお語り続けるヨーロッパ系の男性2人。

街の風景は夜景に変わっていた。日が落ちて、明かりの数だけ人の生活があることがわかる。キャロットタワーの展望ロビーから見えるのは、たしかに東京の「生活」の部分だった。

フィクションがドキュメンタリーになるとき

『トワイライライト』は書店twililightの1周年を記念して刊行された小説だそうです。実際の店舗やランドマークがそこここに配置されているため、フィクションとは言いつつもかなりリアリティがあります。

感染症が流行した2020〜2022年の描写、これはたしかに現実のものです。わたしたちもまた同じように作中の時代を生きています。実際に三軒茶屋の街を歩いて、登場人物たちの暮らしをなぞるように追体験したところ、小説というフィクションがわたしの生活に重なるような感覚になりました。

この物語はフィクションであり、わたしたちのドキュメンタリーです。『トワイライライト』の帯分にある「きっと誰もが、この物語の中にいる。」という言葉は、フィクションを通じてわたしたちがテクストに組み込まれることを暗示しているのだと理解しました。

小説『トワイライライト』、オススメです。その際には、ぜひ書店「twililight」をはじめ、舞台となった三軒茶屋の街へお越しください。

最後に大事なお知らせです

我々モテアマス三軒茶屋は2024年10月末をもちまして、爆破(終了)となります。8周年を待たずモテアマス三軒茶屋は消滅してしまいますが、現在このモテアマス三軒茶屋を映像化して永久保存しようというプロジェクトが進行しています。

モテアマスは無くなってほしくない、モテアマスを応援したい、あわよくば映画に出たい(10月まで撮影しているのでタイミング合えば映り込めます)、等々どんな想いでも結構ですので、ぜひモテアマス三軒茶屋のドキュメンタリー映画制作のご支援をお願いいたします!

きっと胸熱の映画になること間違いなしです!

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by 縞島
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