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スプリントドリルについて(主に腿上げ)

BIG謝謝 もちいたです。

先日、YouTubeにこのような動画がアップロードされていました。

(尾崎先輩は陸上競技の理論と実践~Sprint & Conditioningという日本で1番陸上競技を科学的にわかりやすくまとめているサイトを運営しています。是非)

上記の動画は非常によくまとまっており、腿上げマニア()を自称する私も満足でした。

さて、今回の腿上げマニアを自称する私が、この尾崎さんの動画に補足するような情報、さらには腿上げのみならずスプリントドリルの取り組む際の注意点や自分の体験談をここに書いていこうと思います。

感想はツイートしてもらえると嬉しいです。

腿上げの表記

腿上げですが、英語ではこのようなドリルは「High Knees」と表記します。
呼び方は違えど、中身は大体同じですので同義語として扱って構いません。

呼び方はお好みでどちらでも良いのですが、腿上げの指示だと、マックコーチが「そんな事教えてないよ」と言ったような、誤って覚えた動作をしてしまう選手がいます。

また、腿上げ、High Knees共に身体の部位が名前の一部に入ってるため、動作のなかでその部位が強調されてしまう選手が多いことは現場の指導で見受けられます。(例:腿上げであれば腿が、High Knnesであれば膝の動きが強調されてしまう)


アトランタ五輪400mの銀メダリストコーチのマイク・スミスコーチはHigh Kneesを指導する際、選手の多くが膝を強調してしまうことから、この動きを「Pick Up」 と呼んでいます。こちらも、動作自体も身体の一部を強調したものではなく、腰の位置を高く保つ努力をするなど、尾崎さんの動画にもありましたが動作の一部分ではなく、全体の流れを強調したドリルを推奨しています。(1)

指導や実践する際は、呼び名を工夫することも選択肢としていれてみてはいかがでしょうか。

スプリントドリルで抑えたいポイント

尾崎さんの動画の中でも触れられていましたが、フォームの修正を狙ってスプリントドリルを行う選手がいます。私の体感ですが、殆どの選手がそれを狙ってスプリントドリルを行っています。

ですが、スプリントドリルの動きが、どの程度スプリントの動きに転移するかは私はわかりません。

スプリントドリルをやり込むことにによってスプリント時に好ましい筋発揮、姿勢を覚えるのか。または、やり込んだ結果フィジカル面が向上し、スプリントフォームが変わるのか?

まだ判断材料が少なく(私の不勉強もありますが)転移が起こり得ないとして可能性を潰して行うのはもったいないかと思います。

なので「転移」「フィジカル」を両方得るためのポイントを抑えるべきであると私は考えています。

この記事では、以下のポイントを研究や実体験などをもとに書いています。

1 「内的」ではなく「外的」に意識を置く

2 転移を狙う場合は遅い動作で行わない

3 技術の方向性を確認する


「内的」ではなく「外的」に意識を置く

指導の際、選手どのようにキューイングを行っていますか?

指導の85%は「肘をもっと長く曲げましょう」「力を入れる前に背中をまっすぐにしましょう」「拇指球荷重しましょう」といったインターナルフォーカス(身体内部に意識を向ける)であるとされています。(2)

Walf(3)らのレビュー論文では、被験者が身体の外的に意識するように指示されたときは、身体の内的に意識するように指示されたときよりも効果的であることが明らかになっています。(ジャンプやスプリントといった動作では外的な意識の方がテストの数値が高い)

内的な意識であれば、先程述べたようなものがあげられますが、スプリント中の外的な意識であれば「できるだけ強く速く床を押してください」「膝前の障子を破り続けるイメージで走ってください」とかですかね。

「接地のとき、空き缶を潰すようにしてください」は僕も愛用しているキューイングえす。

また、Wulfらは内的な意識はアスリートの意識的な運動制御を促進するが、意識的な制御にはより大きな集中力が要求されるために自動制御のためのプロセスが妨害されると述べており、これらは「運動制約仮説(constrained actionhypothesis)」として認識されています。

また、「コンテクスチュアルトレーニング」や上記で引用した書籍、「ハイパフォーマンスの科学」で「運動制御の調整」の著書で、運動制御の観点からトレーニング論を展開している「Frans Bosch」氏曰く、この内的に意識を向けたトレーニングでは実際のスポーツ動作にほどんど寄与しないとまで述べています。(Twitterでは M.Y. training @トレーニング理論と実践さんや筑波大出身の方々がBosch氏の運動制御論をわかりやすく発信してくださってます)


この理由については、ゆっくりと処理され、新しく特別な動作を制御するワーキングメモリーと、瞬時に起こる動作や長期的に記憶される自動的動作を無意識に制御するハードドライブの2つの制御システムの観点から、内的な意識はワーキングメモリーで処理されてしまうため、高速の処理が必要とされるスポーツ動作ではワーキングメモリーを経由した意識的な制御にする内的な意識は、実際の求められる動作の時は異なるというのが理由です。

先程のWulfの意見を補足するような情報ですね。

スプリントはかなり高速で動く動作なので、「これをこう動かして‥身体のここの収縮感を得て…」といった意識では、脳が追かず、動作も遅いものになりがちです。

このような練習ばかり行っていると、結果として自動化された素早い動きができなくなるので、練習の時からか身体の外に意識を置き、自動化された素早い動きを本番でも行えるようにする。というのがBosch氏らの持論ですね。

とはいっても、動作を導入してすぐは外的な意識でおこなってもうまく行かないことが多いので、動作の導入時の意識付けは内的な意識でも良いかと思います。(2019年のスプリント学会で、ハイパフォーマンスの科学でBosch氏の「運動制御の調整」の章の翻訳もしている友岡和彦さんに、外的な意識付けを指示するタイミングを質問した際も、私の意見と似たような回答をいただきました。)

このような観点から、「スプリントドリルをしているのにフォームが一切変わらん…」となっている選手は意識を外的にしてみてはいかがですか?


転移を狙う場合は遅い動作で行わない

スプリントは動作が非常に素早く、フォームの修正は一朝一夕では行きません。これは、多く選手が痛感していることかと思います。

「あれだけ丁寧にフォームを意識してスプリントドリルや、流しをしているのに…フォームは変わらんしタイムも落ちた」

という悩みは短距離選手あるあるの1つです。
「考えて走りなさい」と言われて考えて走った結果こうなることが私にもありました。

この停滞の原因には、先程説明した内的な意識であること以外にも、正確に行おうとしすぎるがあまり、動作が遅いということもありそうです。

スピードー正確性トレードオフ(speed―accuracy tade off)という言葉があり、動きが素早くなればなるほど正確性は損なわれやすくなります。

そのため、フォーム修正を狙うスプリントドリルやスプリントは、動作を正確におこなうため内的意識でやや遅く丁寧に…なんなら、ハムストリングスなどの収縮感を確かめながらおこなっている選手は少なくないのではないでしょうか?

真面目な選手ほど、なにかを考えて動こうとしてしまい、必要以上に身体に問いかけてしまうように思います。

スプリントの動作は非常に素早い動作です。
遅いスプリントドリルの際の力の制御方法は実際のスプリントとかけ離れており、動作の転移は考えにくいです。

例えば、市民ランナー高速プロジェクトの佐渡先生の講義の中でも紹介された、ogawa et al(2015)の歩行の運動学習の研究では、左右違う速さで歩かせると、after effects(その後の動作への影響を表す用語)が歩行では見られても走行では見られないことを報告しています。(3)

(今回はスプリントドリルを紹介しましたが、先程の研究などからミニハードルや坂ダッシュなど走りながらフォームを修正できる練習は、フォーム修正の面では転移が早いかもなんて思いますね…)

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頭を使う選手は速いと聞いたことがありますが、練習の際はシンプルでかつ丁寧にすぎないほうが良い効果をもたらすことがあるかと思います。

再度になりますが、あまりにスプリントとかけ離れた動作だと、転移しないという事であれば、ゆっくりと動作を確認するようにやってもフォーム修正の面では効果が薄い事が考えられるので、慣れてきたら動作が遅すぎる事がないようにしましょう。

技術の方向性を確認する

エリートに関しての情報は、昔と比べてかなり手に入れやすくなりました。
昔は雑誌のインタビューや競技動作の連続写真だったのものが、今では手元のスマートフォンからも情報を得る事ができます。


また、Youtubeでその選手の名前で検索すれば、トレーニング風景やフォームを視聴できたり、最近では自らがチャンネルを持っていることも珍しくなくないのですから凄い時代です。

このように、YouTubeや SNSの影響を強く受けているのが私たちの年代ですが、情報の取り扱いによっては不利益を受けることもあります。

コーチングする野球選手ではこんな話を聞くようになりました。

「フライボールレボリューション※1を意識した練習をしたら試合でも打てなくなった」

※「フライボールレボリューション」
フライボールレボリューションとは、フライが得点力の向上に対して有効的であることから打球の角度を挙げる、フライを打つようにすること。この言葉が広まりはじめた2017年にはMLBでは当時過去最多となる6105本の本塁打を記録した。

過去には、V9を達成した川上監督の影響から、日本では指導方法の鉄板になっていたダウンスイング

と正反対の技術指導になるフライボールレボリューションは、バレルゾーンなど、根拠となるデータから理論的かつ革新的で「正解」の打撃理論のように私も思いました。

しかし、合わずに打てなくなったアマチュア選手が現れてしまったのはなぜでしょう?

理由の中にエリート選手の体力、技術が異なっていることが考えられます。

もともとある程度の打球速度が担保され、スタンドに入れる事ができる体力、技術を持つエリート達が、フライを上げるようにすることによって真価を発揮するのがこの理論であると私は考えています。
体力的要素が乏しく、打球速度が備わっていない選手が、フライを打ち上げる技術を身に着けても、闇雲にフライを打つだけの選手になってしまいます。

フライボールレボリューションを導入して失敗した選手は、情報の精査やそもそもこの前提の能力がなかった選手ではないでしょうか?

エリートクラスが行っていることは、参考になりますし、今後の方向性を示すような道筋になりますが、そのまま自分に当てはめることは危険である。ということをこのフライボールレボリューションから私は再度感じる事ができました。

陸上の話に戻ります。

これからみなさんは、スプリントのバイオメカニクスなどの研究、解剖学、生理学やエリート選手の動作を観察し目標とするスプリント動作を設定し、スプリントドリルに落とし込むと思います。

これらは道筋やゴール地点をある程度は教えてくれますが、必ずしもみなさんへの最適解になるとは限りません。

自分を分析し、目標としているものと比べて何が足りないか、足りているかを把握する事で、形だけ真似て失敗するといったことを避ける事ができます。

また実際落とし込んだスプリントドリルを行う際は、行ったスプリントドリルによってどう変化していくかを記録することが、修正やスランプの際に助けになります。練習日誌大事ですね。


実際にスプリントドリルをやりこんで

私は大学2年生のときに400mから100mに種目変更をし、スプリンターを名乗ることができるようになったわけですが、その際やり込んだのがスプリントドリルです。

私は接地後、膝の伸展が目立つ選手でした。
画質は荒いですが、当時の映像です。

修正する中でもっとも力をいれたのが、接地後の「膝」の動きです
色々と調べていくと、100mのタイムが早い選手の特徴の1つに接地後に膝が伸び切らない、曲がっていく(5)という事が分かりましたが、私はというと転向してすぐは、接地時に大きな力を加えようとし脚が伸び切ってしまっていました。

画像2

伊藤ほか(1998)より作成

私と違いエリートはスタートでも膝が曲がったまま蹴っている事が、Justin Gatlin(100m世界歴代5位)の動画からも分かりますね。

膝をロックしていない事でストライド長を稼げていないことや、長過ぎる接地時間、ハムストリングスの負荷の増大などなど…スプリントの動作としてはあまりよろしくありません。

膝をロックしたような動きにするために、地面を蹴りすぎないような意識付けのスプリントドリルや、軽く膝を曲げた状態で接地しその角度をキープしたまま脚をスイングするようにHigh Knnes(腿上げ)を取り組んでいました。
実際、動画内の私のHIgh Kneesはやや膝が曲がっています。

Asafa Powell(100m世界歴代3位)のHighKnnesも同様です。(意識や目的まではわかりませんが)


体感ではあるものの、この手法を取り入れたことが、接地時の膝関節の動きの修正に1番効果的であったかと思っています。また、膝を上げることよりも両膝で素早く「挟み込む」動きを常に意識しました。これは導入時に膝を上げる事を意識しすぎた結果、実際のスプリントでも脚の引き上げが強調されすぎている感覚が強くなり接地が弱くなったためです。(接地時間は短ければ良いというわけではないですし、HighKneesの意識が強調されすぎて、スプリントの際後方へのスイングが極端に小さくなる事も避けるようにしたいです。)

私の修正したい箇所は、HIgh Kneesでかなり改善されたように思えますが、人によってその手法は変わるかと思います。
そして、私は同時並行としてウエイトトレーニングやプライオメトリクス、スプリント練習も人並み以上にはやっていましたので、なにもスプリントドリルだけやっていたわけではありません。むしろスプリントドリルよりも最初はこっちです。

なにより十分に体力的要素がないと、できない技術があることは忘れないようにしましょう。

先程のフライボールレボリューションの話ではないですが、エリートは参考にはしても、そのまま自分に当てはめる必要はありません。外れ値のエリートを真似しすぎずに、自分の体力的要素などと要相談。




さっと書いたわりには言いたいこと言えたと思います。
長文乱文失礼致しました。

また、Twitterで

(1)内山了治, 松本拓, & 五十嵐幸一. (1999). 英国におけるスプリントドリルについて--マイク・スミスコーチの実技指導から. スプリント研究, (9), 70-75.

(2)Joyce, D., Lewindon, D., 野坂和則, & 沼澤秀雄. (2016). ハイパフォーマンスの科学─ トップアスリートを目指すトレーニングガイド─. Nap Limited.p122

(3)Wulf, Gabriele. Attention and motor skill learning. Human Kinetics, 2007.

(4)Ogawa, T., Kawashima, N., Obata, H., Kanosue, K., & Nakazawa, K. (2015). Mode-dependent control of human walking and running as revealed by split-belt locomotor adaptation. Journal of Experimental Biology, jeb-120865

(5)伊藤章, 市川博啓, 斉藤昌久, 佐川和則, 伊藤道郎, & 小林寛道. (1998). 100m 中間疾走局面における疾走動作と速度との関係. 体育学研究, 43(5-6), 260-273.


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